#534/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (LAG ) 87/12/ 2 23:23 (121)
『殺しとキスとセーラー服』(5)旅烏
★内容
「ちょっと入っていいか?」
隣の芳夫君が来たようだ・・・
6畳の私の部屋・・・そう、8階の小原和江さんが死んでいたのと同じ部屋である。
この5階上で、あの酸鼻な事件が起こったのであるから、それを思えば少し気味が悪い
「今、オフクロに聞いたら一階の植え込みに、例の被害者の首がころがっていたそうだ
ぜ・・・たまんねぇな」
私のいれた紅茶を旨そうに飲みながら、トレーナーにジーパン姿の芳夫君は話を続けた
・・・
「それで、警察では凶器が分からないので必死に捜索したらしいんだけど、どうやって
被害者の首をああも見事に切り落としたか分からないらしい。
あの時、室内には血の跡が全然無かったもんなぁ・・・あの窓のとこで首を切られたの
かなぁ?」
「ふーーん、そうよね・・でも魔法使いじゃあるまいし人間が窓の外に浮かんでいて凶
器を振るったって言うのもどうもねぇ」
「犯人は、この棟に居るのかな?」
「絶対この棟の住人よ・・・だって、血が滴ってきてから、私はすぐ外に出たし降りる
階段は私の部屋の前だから、人が降りればすぐ気がつくわ」
「エレベーターで逃げたかも知れないだろ?」
「一階に管理人さんが居たから不審な人はすぐ分かるでしょ?丁度トイレに行ってたっ
て言うし、この棟の回りに隠れる場所なんて無いもの」
たしかに、この棟は立ち並ぶ団地の真ん中辺りに位置し、回りはガランとした通路と、
棟の回りの低い植え込みに囲まれた花壇だけである。
切り落とされた首は、8階からまっすぐ落ちてきて柔らかい花壇の土ではずんだらしく
大して損傷も無かったと聞いている。
「じゃあ、犯人はこの棟の屋上からロープで部屋の外までロッククライミングみたいに
降りてきて、日本刀みたいなもので首を切ったという推理はどうだい?」
私は首を振りながら、芳夫君の推理を否定した。
「駄目よ、また屋上まで登ってロープを外していては逃げる時間は無いわ・・
それに屋上は踊り場までは行けるけど、外に出るドアにチェーンと鍵が掛かってて、
管理人さんでもそこの鍵だけは持ってないのよ。
踊り場に窓は有るけど、はめ殺しの30センチ四方だもの、とっても無理・・」
「そんな事よく知ってるな?」
「中間試験の時、星空の下で勉強しようと思って管理人さんに聞いた事が有るのよ、
この棟の屋上って水銀灯で明るいじゃない・・ロマンチックでしょ?」
「じ、じゃ被害者の部屋のすぐ上の9階の住人か10階の住人なら・・・」
「駄目駄目、その二つの部屋はいま空き部屋になってて入れないわ。
それに日本刀だって、人間の首なんて片手じゃ切り落とせないわよ。
そううまく窓を開けて首を出してくれるとは限らないし」
「うーーん、やっぱり不思議な事件だなぁ・・」
確かに、すっかり寒くなったこの季節に被害者が薄いネグリジェだけで、しかも深夜に
そううまく窓を開けるとは思えない。
「殺された小原さんはリビングルームで、お酒を飲んでたみたいだったわね?芳夫君も
ウイスキーの瓶とグラスを見たでしょ?」
「ああ、少し残ってて旨そうだったな」
お酒の話をきっかけに、いつのまにか話が脱線していった・・・
「不良!今からお酒なんて飲んでるの?」
「サッカー部の先輩に、お別れ会で飲まされたんだ・・わが校伝統の行事だぜ」
私は「そんな事してて来年の大学入試は大丈夫なの?」と、お皿に載せたチョコレート
をつまみながら芳夫君に聞いた。
「俺は、久美子と違って成績で大学は行けないから、サッカーで行くのさ」
確かに芳夫君はインターハイでも屈指のサッカー選手であり、推薦入学も夢では無い。
運動部の花形選手は結構女の子に人気も有るのだ・・・
「じゃあ、芳夫君は私と同じ大学に行きたくないんだ・・」
「だって久美子の志望校は国立だろ?俺の頭じゃ志望じゃなくて無謀っつうんだ、
そういうのは」
学校で私の成績は、かなり優秀な方で国立大学も十分射程内にある。
「違うわよ、れっきとした私立大学よ」
「そ、そうか?これでも私立なら大抵は推薦が貰えそうだから・・・どこなんだ?」
「お茶の水女子大」
「この、人をかつぎやがって!」
「キャア!ごめん、ごめん・・・痛いったら!」
ふざけて掴みあっているうちに、私が芳夫君の胸に抱かれる形になった・・
急に二人の動作が止まると、お互いの顔が至近距離に有って、私の胸の奥で鈴のような
音がチリンと鳴ったような気がした。
「す、すまん・・俺ぁもう帰るから・・じゃあな」
芳夫君は私を離すと、ぎこちなく立ち上がった・・・
「もう帰っちゃうの?」
「いや、もう少し居たいんだけど、俺の理性があてにならなくてな・・
また来るから・・・バイバイ」
気まずそうにドアを閉めて出ていった芳夫君を見送って玄関に出た私の顔に微笑みが広
がった。
「ふふ・・・あいつも結構いいとこ有るのね」
試験勉強の大事な時期だと言うのに、なんとなく勉強も手につかず、お煎餅を食べなが
らテレビでオーメンという古い恐怖映画を見ていると、玄関のチャイムが鳴って、兄の
疲れた声が「おーーい、久美子開けてくれ」とドアの向こうから聞こえた。