AWC 詩篇 空中の書13     直江屋緑字斎


        
#320/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (QJJ     )  87/ 9/ 8  10:23  ( 35)
詩篇 空中の書13     直江屋緑字斎
★内容
<脣(くちびる)の赤い少女 35行>

   脣(くちびる)の赤い少女

睡りの前に少女のかかとを見る ガラスのように尖った神秘が眼
の中を疾る ほそい骨とアンスリウム、夢を充たす妖しい香り
階段は世界の貌 風とともに日々を駈ける えたいの知れない白
い影が背中を蔽う 喉が渇く 手を伸ばして冷たい水を啜(す
す)る ビールは明方のためにとっておこう 烟草(たばこ)が
沁(しみ)る 隣には裸の女が眠っているので音楽は流せない
あなたのために父の通夜を準備するわ、死者の肉を刺身にすると
魂は永劫(えいごう)不滅よ 扉を敲(たた)く音は精神に悪い
掌は手首のために造られ、指は心臓を掴むためにある 電車の中
で黄色のブラウスを着た娘を眺め、返された視線に頭がかすむ
西瓜の種が絨緞(じゅうたん)に埋っている 鳩尾の疼(うず)
き、力のない咳 ほそい露地で自殺した男の密葬が行われる 夏
らしくもない長い雨、一人三合と書かれた貼紙を見ては独酌の手
もふるえる あたたかな女児の膝に触れて見上げると、童女は死
体を刺身にしている 澄んだ瞳と真赤な脣(くちびる)の童女の
首はない 羽蟻が涌き出し建物は水蜜桃のように朽ちてゆく 夜
明の晩、後ろの正面、童女の群が不吉な輪を作る 教室で食事を
している子供らの前で、禿頭の男がコッペパンを御幣にして神妙
に坐っている 扇風機から洩れる古い風、呼吸をおびやかす風
絨緞(じゅうたん)に埋った骨は見つからない 戸棚から銅貨を
盗み出した少年は翌日まで帰らない 化石を採りに山へ登ると強
姦現場に達していた ハンカチーフには血のしみがつき、後ろに
置かれた少女の指先には涙 睡魔とともに雨が降る 軒下の下着
が盗まれる 少女の膝は成長にしたがい冷えてゆく 地下鉄のホ
ームで会ったときには疲労の色が濃い 緋色の衣裳が翻る 顕微
鏡を覗くと、尻尾のある無数の悪魔が蠢(うごめ)いている 教
師は少女を集めて秘密の講義をする 数日後、辞令が出て僻村に
逼塞する 色の黒い女生徒が後をつける ほそい脚には投げやり
な愛、シャツを破ってからは二度と出会わない 漁港で身を持ち
崩しているに違いない 肌色の鳥が四肢を広げて夢の空を翔けて
ゆく 醜くもあり美しくもあり、眼の中はいびつに 




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