AWC 詩篇 空中の書12     直江屋緑字斎


        
#319/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (QJJ     )  87/ 9/ 8  10:21  ( 24)
詩篇 空中の書12     直江屋緑字斎
★内容
<道 24行>

   道

夕暮どきともなると、樹々のざわめきの奥に見え隠れする獣の対
になった姿をみとめることもある。
館まで小一時間ほどの細い道を、そんな獣たちの挙動を盗み見し
ながら登りつめてゆくと、さほど高くない丘の頂が手の届くよう
な近さにあると思われて、つい手を伸ばして、届かぬ肉体の限界
と飛びゆけぬ精神の力の足りなさに歯がゆい心持ちが生じ、軽や
かな足どりの障碍とさえなる。人には住むべき処と見うべき性質
の夢など、歴然として何もないのだということに立腹してみても、
さしたる問題にもなろうとは思われぬが、かといって、翼が生え
て蒼穹(そうきゅう)にはばたこうなどとは考えてみた試しすら
ない。
古代、青い、あまりにも深い碧の内海で水底に舞い落ちた慢心の
少年がいたという話は有名だが、そのような慢心のありようもわ
からぬではない。
獣道のような、わが眷属(けんぞく)が拓いたこの道を淡々とし
た思いで進んでいると、いつしかこの道の絶ゆる先は弓のように
反り返って、ちょうどスキーの跳躍台のように、限りのない大空
の彼方にしなってゆくのではないかという妄想に捉われるのだが、
心の奥底では、あながちそれが幼児的な空想でもないのでは、と
いう一種不吉な病が頭を擡(もた)げはじめる。




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