#220/1850 CFM「空中分解」
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術師の手鏡 (2) えるえる
★内容
「キム、行きましょう。」
そう言って、ルアは彼の手を取った。 ルアの、これはくすんだような金髪のポ
ニーテールが揺れて、愛らしい。
家を出てしばらく行った所で、キムは振り返った。 妹が戸口からひょこっと顔
を出して、
「兄さん、二、三日帰ってこなくても、あたし大丈夫だから!」
などと、明らかに聞こえよがしに叫ぶところをみると、どうやら妹は自分の事には
気付いていないようだ。 そう思いつつも、キムは妹の言葉に対して、さっそうと
Vサインをかまし、ルアに思いっきりつねられるていたらくである。
「全く…。 人間なんかの、何がいいのかしらね。 さ、寝ようかしら。」
人間を馬鹿にしながら、兄とは逆に、人間と似たり寄ったりのパターンで生活して
いるのだから、ミラもいい気なものだ。
着替えようと、ミラは収納壁を開いた。 開いた扉の内側には鏡が付いていた。
が、そこに写るべき彼女の姿は無い。 ミラの瞳が大きく見開かれ、ついで衝撃と
恐怖の色が走った。
空が白み始めた頃、キムはようやく家路についていた。 今日も遅くなってしま
った。 森の木々に、ルアの事を思い切り自慢していたのだ。
大欠伸をしつつ、扉を開けたキムの前に、ミラが、立っていた。 目をはらして
いるのは、寝不足の為だけでは無論ない。
キムは、何も言わない。 言う必要はなかった。
「兄さん…。 あ、あた、し…。」
あとは話し声にならない。 瞳から、せきを切ったように涙があふれてくる…。
「分かってる。 何も言わないでいい。」
ずっと我慢していたのを、こらえ切れなくなったのだろう。 ミラは、やにわに子
供のように泣きじゃくり始めた。 弱々しい泣き声が、耳を通して兄の心を絞めあ
げた。
キムは、口の中で何やらぶつぶつ言いながら、そっと妹の肩を抱いた。 ああ、
この子もやはり人の子なんだ。 母の産んだ子なんだ…。
彼女は、手を火傷していた。 何とか影を作ろうと、色んな事を試したのだろう。
そして新たに二つの事を学んだに違いない。 無から有は作れないという事と…無
くしたら戻らない物があるという事を。
キムがミラを部屋に呼んだのは、しばらくしての事だった。 妹を落ち着かせる
必要があったし、キム自身も、決心するのに手間どったのだ。
彼の部屋に入った時、表面的には少女は落ち着いていた。 唇を小さく結び、伏
せ目がちに歩いて来る妹を見やり、沈んだ顔の彼女も以外といいな、などと兄らし
からぬ思いを浮かべたキムである。 多少ぶっきらぼうな口調になったのは、その
せいもあったのかも知れない。
「あの、な。 これ、やるよ。 月の光をハゴログモの糸で編んだ手鏡だ。 これ
なら、影が無くても、姿が映るから…。 今度、大きいのを作るから、しばらく
それで我慢してくれ。」
「兄さん…。 これ、ルアさんに贈るって言ってた手鏡じゃない。 こんな大事な
もの、受け取れない。」
「眠い。 俺は寝る。」
…ミラは、言葉が無かった。
一度閉まった扉だったが、しばらくして、また開いた。 そしてミラが顔を出し
て言った。
「兄さん、有難う。 …大好きよ。」
彼は、寝たふりをするしか無かった。 窓の外は晴れわたっていた。