#221/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (UCB ) 87/ 7/16 1:22 ( 67)
衝突 えるえる
★内容
深く遠い漆黒の中。 小さな星々の悲しげな光だけが、そこにはあった。
何もなく、誰も受け入れず、時だけがいたずらに過ぎていったであろうその領
域に、小さなシャトルと、それを追うミサイルの軌跡が走った。
その二つの物体の距離は、じわじわと短縮されつつあった。
逃げるシャトル。 追うミサイル。 名もない惑星が近付いた時、シャトルは
星の重力を利用し、ミサイルを振り切ろうと試みた。 しかし、距離は開いたも
のの、冷酷な軌道計算は、シャトルの逃亡を許さなかったのである。
ミサイルには、標的を捕捉し、周囲の状況を得る為のセンサーや索敵システム、
そして軌道計算の為の計算機が搭載されていた。 敵を絶対に逃がさぬ必殺の装
備である。 それらはさしあたり、それを意図した者の計画通りに働いていた。
ミサイルは考えられる限りの正確さをもって自ら軌道を計算し、標的を完ぺきに
捕捉するまで、疲れる事も疑う事もなく計算を続ける。 数多くの観測、索敵シ
ステムの枝がごてごてと突き出したその姿は、見る者に機能美よりも奇怪さを与
えた事だろう。 それは、足を前にして宇宙を飛ぶ、金属製の巨大なクラゲを思
わせた。
逃げるシャトル。 追うミサイル。 無駄と知りつつ、シャトルは赤外線かく
乱を行なった。 ジャミングを起こした。 太陽弾を放った。 しかし、その全
てが看破された。 そして距離は詰まりつつあった。 シャトルに乗り組む者に
とって、そこは宇宙空間でなく、生きながらの地獄であったろう。
いま、ミサイルの計算機は全ての計算を終え、射程をシャトルに固定し、弾頭
を切り離した。 この後ミサイルの「本体」は発射された場所に帰還し、再使用
される。 最初に比べてスマートになり、標的に似た外観となった弾頭に、星々
の光が反射した。 核融合によるその破壊力は、「広島型」の2倍にも及ぶもの
だった…。
そしていよいよ衝突しようという時、シャトルは最後の、そして最悪の手段に
より、事態の回避を望んだ。
いきなり亜空間に潜行し、行き先も決めず、すぐにそこから脱出したのだ。
これは、異文明との接触に於いて、勝ち目が無いと悟った武装宇宙船がよく使
う手である。 タイミングにより、それは時に成功をもたらす。 しかし、今回
は、双方の距離が近すぎた。 弾頭は、シャトルと共に亜空間に吸い込まれた。
シャトルはミサイルを置きざりにして脱出し、弾頭は死刑囚を見失って、亜空間
に取り残されてしまった…。
そして、亜空の切れ目から、弾頭は現世に踊り出た!
弾頭が踊り出た場所が場所だった。 地球の大気圏内、それも、世界で最初に、
新しい概念による破壊と殺りくの道具(リトルボーイと呼ばれた)が放たれた場
所その時間であったのだ!
「リトルボーイ」とその弾頭は、衝突した。
めくるめく光の泡は、月世界からでも確認が可能だったのではないだろうか。
正視のはばかられるその光を追って、赤い煙と大音響と熱風とそれ以外の物が
走りめぐった。
金属と非金属が、今や姿の無い魔物に噛みさかれて消え去った。 光と熱の浸
蝕に耐えられたのは、影だけだった。 大田川の下流に築かれた町は、廃墟と化
した。
時を同じくして、中国山地を挟んだ島根県で、人々は山の峰遠く光る虹を見た。
美しくも不気味なその光景が忘れられず、絵に描いた画家もいた。 その絵が異
常に重く感じられたのは、彼の画才でなく、後世の人々の先入観によるものであ
ろう。 虹の一筋一筋が、何千人もの同胞の命を必要としていた事を知って
いれば、彼はその時、絵筆を握れたかどうか。
もはやそこに自分達の居場所はないと思ったのだろう、軍機はきびすを返し、
祖国へと還って行った。 貴重な記録と短い報告を抱えて…。
本当の事は誰も知らない。
しかし…もしも、あの弾頭が僅かでも−−時間的でも、空間的でもいいが−−
それて出現していたら…。
同じ時、同じ場所で衝突した為、核融合と核分裂がぶつかり、爆縮とでも言う
べき現象が起こったからこそ、結局何も変わらなかったのではないか。 あの時、
神か仏が気まぐれでなく、かんしゃくを起こしていたら、その結果は、人間の想
像の範囲に存在する事をよしとしただろうか。 少なくとも、原爆資料館で観光
客が悲惨な模型や標本を前にして腕を組む、といった未来は、望み得なかったの
ではなかろうか。
広島は、助かったのだ。