AWC 長篇散文詩 魔の満月8   直江屋緑字斎


        
#198/1850 CFM「空中分解」
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長篇散文詩 魔の満月8   直江屋緑字斎
★内容
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     長篇散文詩 魔の満月    直江屋緑字斎
              昭和52年9月書肆山田刊 改訂版
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2   (*3)

天幕を裁断する玲瓏(れいろう)な光がエルドレの微睡(まどろ
み)を破る  俄(にわか)に空は掻(か)き曇り 凄じい稲妻が
縦横無尽に走り廻る  暗黒の帳を裂き艫(とも)を掠めた青白い
稲光の只中に 一糸纏(まと)わぬ 逞(たくま)しい肢体も露わ
なアルゴナウテースの栽尾の姿が照らし出される  眩(まばゆ)
い閃電が甲板で緩やかに偏光し 口淫する綺麗な咽喉の曲線を映す
ごうという音響とともに迸(ほとばし)る二叉(ふたまた)に岐れ
た黄金の火箭(ひや)が舳先(へさき)に注ぎ 深い接吻(せっぷ
ん)のぶ厚い唇から滴る唾液を燦(きらめ)かす  その向う 闇
に擁かれた行手を見ると 光の波に洗われた蒼白な島影がくっきり
姿を現す  轟きわたる雷電は激しい嵐を湧出する  白帆は千々
に引き裂かれ 荒々しい高波が船を叩き伏す  容赦なく降りしき
る豪雨が甲板に溢(あふ)れる  帆檣(ほばしら)がみしみし不
吉な叫びをあげると 天辺で水夫がもんどりうつ  自然の悪意に
翻弄されて船から振り落とされる  大沈没寸前のガレー船よ
乗組員のほとんどが荒海に潔く身を任せようと我勝ちに宙に躍る
数十人の男の投身の姿勢よ  このまま海に呑まれてなるものかと
エルドレは巻上機の赤錆(さ)びた歯車止めを外す  からから心
棒が音をたてて回転し 深い海底に君臨するポセイドーンの胸めが
けて錨(いかり)が落下してゆく  おびただしい光の乱舞の紡ぎ
出すありとある風景はいかなる誤植に匹敵するのだろう  運命の
糸は世界を転変させる  強健な肉体を宿しながら 哀れにも海の
藻屑に成り果てんと中宇に躍る武士たちは 様々の投身の姿勢のま
ま 蝋燭(ろうそく)の炎のごとくぷっつりと掻(か)き消える
亡霊は光の彼方に帰還する  我が主人公“物質の幻惑”は誰に夢
みられているのだろう  エルドレを迎え入れる帰還の途とは
時を一にして 天を蔽(おお)い闇黒の海洋を専制支配していた雷
雲はみるみる退き 一瞬のうちに水平線の彼方に没する  ヴォワ
イヤンにとって一瞬の眩暈(げんうん)こそ最高の至福である
おお いかなるカルマとその秘法が彼らを律するのか  暖かな陽
光が充ち溢(あふ)れ 波は静かに辷(すべ)り 緑に囲繞(いに
ょう)されたおだやかな海洋が蘇る  エルドレは目前に迫る島に
向おうと 滑らかな琥珀(こはく)の海面に優雅秀麗な弧を描いて
飛び込む  船首に金箔で記された“蒼白の勝利”という銘を見な
がら  飛沫(ひまつ)が虹を織り清涼な水が快い  蛸や烏賊
(いか)や飛魚が鮮やかな抜手を切るエルドレの白い裸身に添って
泳ぐが それ以上忖度(そんたく)することなく 潮の流れに従い
離れてゆく  ムーサーの九人の女神なによりもエウテルペーの宝
石箱を開けると 金属の表紙で綴じられた“霊魂の受胎”が発見さ
れる  外套(がいとう)と帽子を纏(まと)って灰色の町に消え
る  扁桃型の酔眼を瞬かせ交番の前で悪夢を吐き おもむろにズ
ボンを脱ぐ  それから清晨(せいしん)の明るみに向ってマラソ
ンを始める  夜にはまたまた深酒し肉離れだ  栴檀(せんだ
ん)の香を薫じる口髭を撫で女児の華奢な膝に触れて屈み込むと
白亜紀の葉紋を宿した化石が手に入る  山奥の小さな泥沼で塩辛
蜻蛉(とんぼ)や鬼蜻蜒(やんま)が尻尾を水面に叩きつける
瓢箪(ひょうたん)池でずぶ濡れになって愛した少女が歯切れのい
い声でイシスとホルスの来歴を諳(そらん)じる  おお忘却を冀
(こいねがう)う神々の連祷(れんとう)  風籟(ふうらい)の
ように他愛ないアグリッパよ  神父が聖地巡礼の旅からマントを
持ち帰る  少年記者はバスに乗ってこの不審な男を尾行し 三番
目の停留所を過ぎたあたりで額に虻の埒(らち)を頂戴する  薔
薇(ばら)の花を頭に咲かせ膕(ひかがみ)にもうひとふんばりさ
せようエルドレよ  海鞘(ほや)の筋膜体で北の楽園を生食する
翼沙蚕(ツバサゴカイ)が発光すると内臓に毒をもって黄金時代は
皺(しわ)苦茶になる  怒鳴りつけると白眼を剥(む)いて抜衣
紋だ  ドアをばたんと閉めると もはや生命の片鱗すらも残って
いない  机上の髑髏(どくろ)に接吻(せっぷん)すると 惑星
間の真の虚空を横切ることさえ可能である  進捗すべき詩藻に足
を取られて諛言(ゆげん)を呈するなど秒忽(びょうこつ)なこと
だ  洗濯女の狂った瞳孔を覗いて母親の背に隠れる  さし乳の
女が乳石を献上すると取るに足らない痩削(そうさく)な老婆にな
る  殴りつけると半身瘡蓋(かさぶた)を貰い翌日の水浴びは苦
痛だ  雑草の生い茂るスタディオンで涸いた野犬の糞を蹴る
踊るつもりなら肉の毒素を取り除かなくては  釣るしんぼうを着
て酒瓶片手に散歩しよう 満月の下で女に平手打ちを喰らうから
ヒステリックな罵声と一緒に突き出される包丁  おお海に臨める
オベリスク  階段の左右に大理石で彫られたAからZまでの巨大
な文字  赤条々の艶聞なんか口づけに清涼水を含ませてさよなら
だ  沛然(はいぜん)たる迅雨に打たれ乾坤(けんこん)は健全
なアムブロシアを育む  リンネルの縁なし帽を冠るほっそりした
美女と 濃紺の肌に吸いつく薄絹を着た美男子の和合する水の都
あの太陽と親しい叡智(えいち)の王国は何処に匿(かく)されて
いるのだろう  未練たらしい詮索など法界悋気(ほっかいりん
き)である  審美的な考古学者が氷柱(つらら)を抱くとすぐさ
ま融けだし その流れを這(は)い上がる蟇(がま)にひんむかれ
悲惨な最期が訪れる  魁然(かいぜん)として死の十全の保証を
受けよ  おお国家の盥(たらい)は足で一杯だ  黒い岩礁のよ
うに連なる海岸から突き出た岬の下に到達する  葡萄(ぶどう)
色のなだらかな海原に囲繞(いにょう)された美しく豊沃な島
九十の諸都市と最古の海軍の眠る土地よ  入江を中心に放射状に
拡がる最大の町に至るには 獅子の彫刻が守護する城門を潜らねば
ならない  エルドレは皎々(こうこう)と燦(きらめ)く太陽と
乾燥し透明な青空を眺めながら濡れた躯(からだ)を休めると 屹
立(きつりつ)する岩山に挟まれ屈曲した渓谷へと向う  鬱蒼
(うっそう)と生い茂る樹々が橈(たわ)わな枝を撓垂(しなだ)
れて行手を阻む場所を通り抜け 赤褐色の岩肌の迫りくる狭隘(き
ょうあい)な道が途切れると ぽっかり目の中に低いなだらかな丘
が薄墨色の重なり合う建物の影を載せて飛び込んでくる  丘を囲
む半ば壊れた城壁を過ぎ 広い埃っぽい道が拡がるその向こうに
糸杉の慰安の木立ちに包まれた墓地が続く  遠征から帰還し祝宴
の後に殺されたと伝えられる英雄たちは この静寂な眠りの園から
追放され 海泡とともに消滅した亡霊たちと等しい宿業に魅入られ
何処を徨(さまよ)っているのだろう  微風が小さな旋風を織り
出し軽々と朽葉を舞い上げる  歴史の呟きが侵入者を追いたてる
ゆるやかな起伏を登り詰めると 斜面一帯にオリーブや葡萄(ぶど
う)畑がむんむんと緑の息を吐く  道の尽きるあたりでは 爽風
(そうふう)に針葉を翻し陽光の銀色の矢を射返す松の樹々が両側
に並び その奥に高い主門が聳(そび)える  巨きな切石を丹念
に積み上げた迫持(せりもち)送りの門の上から 鬣(ひかがみ)
を逆立て爛々たる眼光をもつ獅子の浮彫が 入城する者ことごとく
を睨(にら)みつけている  だがエルドレは誰に出会うこともな
い  人影もその気配もなく森閑とした城市の中央に 十三メート
ルの高さに及ぶ大円堂ががらがらと鐘を鳴らしている  幻惑は幻
惑を惹起するとはいえ 果たして三層オールのガレー船の出来事と
逆の事態が進行しているのだろうか  だとすれば 道広く民を迎
え 蟻塚のように栄え 黄金に富む都市は 素裸のエルドレを夢見
ているのだ  大円堂の外壁には戦車に騎乗した戦士たちの狩猟す
る様子が描かれている  円堂の内壁には海洋文明最古のゴルティ
ンの法典が繞(めぐ)らされ 内部の数々の部屋には 黄金のマス
クや胸甲や岩水晶の頭飾りをつけた鍍金(めっき)の王笏(おうし
ゃく)や黄金の槓杆(こうかん)に黒真珠を象嵌(ぞうがん)した
見覚えのある宝剣や諸々の美麗な容器や装身具や飾り帯に数百枚の
黄金小板やら黄金の匣(こばこ)などがぎっしり蔵われている
物質の栄光は死者の安置された地下深い奥津城(おくつき)から放
たれる  グルシアの蛸壷(たこつぼ)に海洋民族の足が詰められ
る  凍石で作られた角坏(かくはい)には栄誉が盛られる
“キクラデス諸島とエーゲ海に面する本土のうちスニオン岬はアッ
ティカの地から突きでている”と誌すギリシア周遊記の著者ならば
雷をも轟かすメアンダー文の罫に飾られた丸天井に“文明の源と未
来は柩(ひつぎ)の中に突きでている”と書き記すだろう  エル
ドレは背中にひやりとしたものを覚えるとそそくさとこの宝庫を後
にして その裏手で絢爛と咲き乱れる広い花園に赴く  大地母神
ケレースやサテュロスの祝福を受け 花神フローラの戯れる苑
意を尽くし巧を凝らした未曾有(みぞう)の数の花壇が大自然の統
一とともに豪華無類の饗宴を演出している  薔薇(ばら)やヘリ
オトロープが甘い香りを漂わせ 石楠花(しゃくなげ)やデージー
が桃色の花弁を小刻みに顫(ふる)わせる  天帝の花といわれる
瞿麦(なでしこ)が鳳仙花の中に混じって可憐な頬を覗かせる
ジギタリスや飛燕草に囲まれて乳白の百合が眩い  虹のごときア
イリスの花びらが宙を舞う  その下を葡萄(ぶどう)酒やミルク
を湛(たた)えた清澄な細流(せせらぎ)が横たわり 月桂樹や橄
欖(オリーブ)の枝を洗って飛沫(ひまつ)をあげる  孔雀が舞
い降り 沐浴(もくよく)する清楚な白鳥と黄金の林檎(りんご)
を競い合う  季節外れの南天の実が浮かぶ  瑪瑙(めのう)や
角礫石(かくれきせき)などの素晴しい光をもつ小さなフィーレや
置石が小川沿いに点々と並ぶ  黄色い蜂蜜を滴らせる樫や白い粉
を吹いた扁桃の木蔭(こかげ)に泉が湧き その周りを囲んだ半円
形のエクセドラもある  粗面岩で舗装された遊歩道の彎曲(わん
きょく)するあたりに 白赤緑黄の化粧煉瓦(れんが)でできた尖
塔が聳(そび)える  煙立つ湯と涼しい水の流れも清いと謳(う
た)われたアルティスはミルトの叢林(そうりん)の向こうに拡が
る  “聖なるアルカディア人の純正なる者”の奉納した神像を入
口に備えたデルフォイや またフィディアスの破風(はふ)彫像を
もつオリンピアにも匹敵する神域  エルドレはその広袤(こうぼ
う)とした景観を一望しながら 灰青色でところどころに錆(さ
び)色がかった断崖の方に向う  すでに庭園は尽き 左手に望め
る入江に白い帆を萎(しお)れさせた船が碇泊(ていはく)してい
る  平坦(へいたん)な道をさらに進むと 右手の方に二万数千
平方の丘が隆起している  エルドレは丘の斜面に不思議な形をし
た宮殿を認める  それは四つの大きな建物が屋根続きに相接し
増改築を含めて 時代の異なる幾つもの建物が重層しているかのご
とき外観を呈している  エルドレは迂曲(うきょく)した道に従
って丘の中腹に登り 宮殿の南側に至る  宮殿は紺碧(こんぺ
き)の大海原を背景に 右側に緩やかな丘を遇(あし)らい 繊細
華麗かつ複雑奇怪な姿を現す  周囲には簡単な小宮殿やロイヤ
ル・ヴィラや高僧の邸(やしき)が建てられている  エルドレは
そのうちの一つ 宮殿に続いているカラヴァンセライに入る  壁
面には大きな鏡が嵌(は)め込まれ 中央には水晶を鏤(ちりば)
めた雪花石膏(せっこう)の池が設けられている  粘土で作られ
た導管が丘の頂から清新な水を運ぶのである  エルドレは涼しい
水を浴びる  なんという甘い禊(みそぎ)の液よ  鏡に裸体を
映すと青味さえも帯びる  幅五メートルに及ぶ大階段が正面に伸
びる  その両翼に下細の柱が頭上高く並ぶ  エルドレは階段を
昇り切ると宮殿の広く長い廊下に至る  陽光は弱まり奥は一段と
薄暗い  天鵞絨(ビロード)の紫色の絨緞(じゅうたん)の光沢
が闇に呑(の)まれるさらに向こうで ちらちらと妖しい光が舞う
通廊が中庭と西玄関に分かれる辺りで ひたひたひたと床を這
(は)う音がする  光が左の方に消えるのを認めると エルドレ
はなにものかに魅入られでもしたように陶酔の面持で後を追う
二股になったところから左側は下り階段になる  直角に旋回する
階段の片側は壮大な木柱が明層を作っている  このとき 不思議
に軽快な気分になる  あの清水の魔力に依るのだろうか  階下
に降りると角坏(かくはい)を抱えた暗紅の肌をもつ廷臣たちが迫
り来る  だが それは数千年もの間を壁の中で暮らした影なのだ
明るい光が差し込む  玄関から外にあの大円堂の聳(そび)える
丘の起伏が見える  エルドレは憑(つ)かれたかのごとく 華や
かに彩られ四階まで打ち抜かれた柱廊の階段に引き返す  吹き抜
けになった柱列の間から小さな庭が覗(のぞ)く  二階の部屋を
ことごとく調べているうちに 入り組んだ廊下に惑わされ方向が解
らなくなる  双斧(そうふ)の間などは三度も出入りしている
それで右手を壁につけて歩き ようやく階段に戻る  だがそれも
最初のものかどうか定かではない  再び旋回する階段を昇り三階
に達する  いやここは四階であろうか  そのときあのひたひた
という気味の悪い音が明瞭に聞こえる  薄暗い廊下で迷わぬため
に右手を壁から離さない  人身牛頭のミノタウロスの棲む王宮な
らば道順を記憶しておくのが肝要だから  様々の壁画を飾った部
屋やポーチを順繰りに通り 曲がりくねった廻廊を辿(たど)る
途中幾つかの不規則な階段を昇り降りする  両扉を備えた大きな
部屋に入ると あの不気味な音が途絶える  しんと静まりかえっ
た広い室内の奥には背凭(せもた)れの付いた石膏(せっこう)石
の玉座が厳(おごそ)かに据えられ その背後に鉤爪(かぎづめ)
を尖(とが)らせ翼を拡げて相対する二頭の金箔(きんぱく)のグ
リュフォンが睨(にら)みつけている  エルドレはこの玉座の上
に蒼白に燦(きらめ)く一対の黄金のサンダルが置かれているのに
気づく  そのサンダルの甲当てには雲の模様と翼の模様が彫られ
ている  いかなる力 いかなる神意なのだろう  何の前ぶれも
なく このサンダルは玉座から飛び上がる そして狼狽(ろうば
い)するエルドレの傍を掠(かす)め 暗い通廊の中に妖(あや)
しい光を放って消えてゆくのである  ひたひたひたという音を伴
って  エルドレは生命を吹き込まれたサンダルの残す微かな光芒
(こうぼう)を頼りに追い駈(か)ける  ダイダロスの建造した
迷路はエルドレを奈落の淵(ふち)に誘うだろう  屈曲した建物
を我をも忘れて徘徊(はいかい)し ついに一切の光が射し込まな
い場所に到達するのである  上下左右前後方はことごとく意味を
なさない  時間を眠らせるような黴(かび)の澱(よど)んだ臭
い  ぼろぼろに崩れたかのような空気  あの奇怪な光が嘲(あ
ざけ)るごとく点滅する  地底深く迷い込んだエルドレをこのア
リアドネーの糸巻きは何処に導くというのか  寂黙の苛重(かじ
ゅう)の底で 一角獣やらキマイラやらゴルゴーンなどの恐ろしい
化物が舌舐(したなめず)りしているに違いない  黄金のサンダ
ルは地面に降りると闇の中を青白い光でぼんやりと照らす  あの
冥府の入口に咲くといわれるネモフィラの斑点(はんてん)のある
紫色の釣鐘  黒い根と乳白色の花とをもつモーリューの魔除けの
匂いが漂う  ミュルラの木が不吉な枝を伸ばしている  艶かし
い色をした罌粟(けし)が眠りの神ピュプノスを招いている  ま
さしくかつて太陽神が姿を顕現させたことのない秘境  エルドレ
はぞくぞくする  恐怖の囁(ささや)きに唆(そその)されると
サンダルめがけて飛びかかる  期待が捉える空しい光  エルド
レは暗闇に輝くサンダルを素足に履いてみる  躯(からだ)がい
っそう軽くなる  耳を澄ますと あの魂をひきずるような剣呑
(けんのん)な音とは異なった優しい水音が闇の奥から聞こえる
エルドレは中宇を浮游(ふゆう)しながら打ち寄せる水音を求めて
進む  漆黒(しっこく)の洞窟(どうくつ)に風が戦(そよ)ぐ
徐々に潮の香りがする  向こうから光が射し込む  宮殿の北の
玄関は彼処に違いない  洞窟(どうくつ)は水分を帯び始め ガ
レー船の碇泊(ていはく)する入江は近い  エルドレは眩(まば
ゆ)い光の彼方に飛び込もうとする  だが洞窟(どうくつ)の向
うに見える海は潮が引き 濡れた岩盤が露出しているのだ フネは
何処へ消えたのだ  洞窟(どうくつ)の縁を囲む暗褐色の岩が産
み落とす円い光華の世界を見て眩暈(げんうん)する  おお 光
の環の中枢で あの大鷲の短剣がおびただしい光輝を放つ  風化
層のひときわ青い巌(いわお)を突いて
                                            (つづく)





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