AWC 〔〔〔〔〔長篇散文詩 魔の満月2  直江屋緑字斎〕〕〕〕〕


        
#130/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (QJJ     )  87/ 2/21   1: 2  (159)
〔〔〔〔〔長篇散文詩 魔の満月2  直江屋緑字斎〕〕〕〕〕
★内容
==============================
          長篇散文詩  魔の満月      直江屋緑字斎
==============================

1      (*1)

岩窟に刻まれた扉は開き戸ではない    灯影の妖し気な揺らめきに
も似た地下への最初の踏査はとうにダイナモの白熱的な好景気にな
る    我が主人公“物質の幻惑”は古代史のうちをさまよっている
ポラリザシオンに関する諸々の作品行は  すでに皆既蝕(しょく)
のただなかでペンギンどもとともに金環をみせて結晶している
百数十種の奇態な動植物の浮彫に装飾されている自然石    象牙製
の角坏(はい)に巣くうグリュフォンやミトラ  または爪先立ち両
手を差し伸べるエロスを高々と頭上に掲げる勇者の宴は祭奠(さい
てん)の頌歌をあふれ出させている    おお  これら象形のガータ
ーよ    鍵穴や錠前や暗号もなく  重力のちょっとしたつりあいに
よって轟音とともに財宝を示すのは母なるイシスの言葉である
言葉はさらに言葉を喰いながら大いなる衍文(えんぶん)に興じて
いる    未来的な断言に憑(つ)かれている網膜反応は何という風
呂屋の安っぽい鏡なのだ    火葬場の竃(かまど)の高熱状態へと
なだらかな上昇曲線を遂げてゆく地面の火照りと  魚のような臭気
を発する硫黄ガスが肢体を充分に浸してゆくと  それに伴い  エル
ドレの緑の望郷は寸断される    白紙の平原の縁辺はそれほどに鋭
く剣呑(のん)な切り口となっていて  活動期の火山の証拠が叙述
されている    だがそれもこの断崖を中心に数百メートル四方の凹
凸(おうとつ)の部分だけであり  右方の崖下には白雪に洗われた
古代樹木  たとえば月桂樹の幹や枝が骨を剥き出しにしている
左側は漆黒(しっこく)の緞帳(どんちょう)を垂らし  忌しくも
危険な儀式を執り行う祭壇を思わせるように  鬼気凄々とした濛気
(もうき)が漂っている    そしてエルドレの真下では  茹(ゆ)
だった血潮が炎を噴きながらどろどろ渦を巻いている    谷底のそ
れらの境界がどのような魔法によって織り分けられているのかは知
る術もない    だがその妖婆の鍋底から弾け飛んだに違いない巨石
は  火山岩でも火成岩でもましてアルケミーの産物でもない    丸
くつるつるとしてひとときの安らぎを与えてくれた巨石は  古代か
ら宇宙の衰退を凝視ていた白亜の卵なのである    それは主の誕生
とともにあり  そのまま孵(かえ)ることなくその悲しみを充溢
(じゅういつ)させて石化したのである    石の周囲を歩いてみる
と歩数にして十三の聖なる数を得ることができる    表面には無数
の図形と目盛り  それに記号が細密に刻まれている    離れて眺め
ると神々の造りたもうた生命の種々相が蔓草(つるくさ)の絡まり
のように綴(つづ)られ  まさしくあの百科全書の扉となっている
のだ    この北極の位置にはピラミッド型の小さな突起がついてい
て  雪の積もっている側から這(は)い上がって覗き込むと数行に
分かれたアラビア文字を認めることができる    これこそ名高い最
初のアストロラビウムであろうか    表面を蔽(おお)っている雪
の膜を払いのけると耳を塞(ふた)ぐような大音響とともに突風が
襲い  谷底の灼熱地獄へと誘(いざな)おうとする    エルドレは
“黄金なる永遠の液体激しくも迸(ほとばし)り”という第一行を
読み取る    これはあのアル・ファザーリ父子の父親の手によるカ
シータの詩行に相違ない    さらに素早く読み継いでゆく    “×
×に夢の只中彷徨いて”“魔の声音なるか酔いどれの××……”
そのときこの巨大な天文器械は千二百年の静止を破ってぐらりと揺
れる    熔(よう)鉱炉の熱と渦の吸引力が崖の際を侵蝕(しょ
く)し始めているのだ    卵石はだが一メートルほど転がったに過
ぎない    まだ一メートルの余裕が残されている    エルドレは反
対側の底に潜り込み  持ち上がった一メートルの球面を調べる
その面には“星の知識の書”というキリスト教徒の作成したアラビ
ア暦表とともに放物面鏡や円 (えんとう)鏡の図とが並べられて
いて  上方に“アルハーゼンの問題の単純化は世界の明解である”
という命題が記されている    おおアルハーゼン    光学の父よ
眼球の発見者よ    なんというメールヒェン    匿されていた箇所
は今なおぴかぴかに磨き上げられた平面である    エルドレは食糧
袋のいちばん手前のポケットからネクトルの入った小壜(びん)を
取り出し  その中身を平面の細部にまで塗りつける    それからか
じかんだ手で雪原に対して六十度  つまり謎の一メートル四方のぴ
かぴかの面に直角に対する穴を掘る    巨石はみるまに谷底の血の
池と同じ色までに赤く膿(う)んでゆく    地面がぐらぐら揺れ
その裂目からは熱湯とともに激しい勢いで蒸気が吐かれている
侵蝕(しょく)はさらに劇(はげ)しく  執拗(よう)に次なる獲
物を待ち設けている    エルドレは穴の中に潜り込むと  真っ直ぐ
に岩を正視する    あのぴかぴかの箇所が正面に輝いている    何
という冬眠    何という冷徹で静寂な磁力なのか    またそれゆえ
に澄明で永劫(ごう)の底なしの智の泉と見紛うほどの透明な光が
充ちあふれているのだろう    灼(しゃく)熱に燃え上がり  いま
巨大な火の星辰に膨れようとしているこの天球の裏面にナルシスの
豊かな泉があふれている    その清幽の底から  驚きを顔中にあふ
れ出させたあの愛しきエレアが現れる    おお  この驚きと驚きの
身をも引き千切る歓びと歓びの  そして耐え難き悲しみと悲しみの
相乗作用が一瞬のうちに生じたときに  扉の謎(なぞ)は明るみに
出され  エルドレは胸の裂目に封じられ  その空洞へと羽撃(はば
た)いてゆくのである    聖地ラドルは塩水湖であろうか    諸々
の族(うから)がアメリカーリアの長い脚と丈夫な爪をもつ    海
豹は悖(はい)徳の第一印象であり  紫羅欄花(あらせいとう)や
金蓮花の密生するゴム製保護具の波しぶきを冠る    眼がまず入口
である    光は栗毛色から青色への跳躍  さらにオレンジの地中海
的綜合へと結ばれる    海棲類の絶大なる栄光の輪に承諾された媾
(まぐわ)い    もしくは謀り事のとめどない満潮    言葉を仮り
たメロディはいつしか波々を病ませ  水底の爽(さわ)やかな藻や
憎しみを封入した貝たちの上に妖しき緞帳(どんちょう)を垂して
ゆく    そこにはアルバの粘土製模型やテルメズの彩釉(さいゆ
う)陶器や  また鉛の容器に載せられた甜瓜(まくわうり)が華や
かに密封されている    紙上の運命と題する三面記事には警戒厳重
な鉄道を二人の嬰(えい)児が転覆させたと誌されている    聖地
ラドルの王であるオルリー公は長い白髪を背に垂し  黄金のこれも
長い鬚(ひげ)を逆立て  珍華な宝石をあしらった儀礼用サーベル
を天に掲げて湿潤期の生命を祝(ことほ)いでいる    “終りは始
められここより初めは始められる  ぬかるみのこの季この丘は栄え
ある眷(けん)族の激動の嵐のために設(しつら)えられ  永(と
こし)えの邂逅(かいこう)に則って至福に充ちたこの日より半
歳の間  この輝かしき威沢に喜びと涙と漿(しょう)液をとめども
なくあふれださせよ”    輪廻の絆(きずな)ともいうべきこの祝
詞は果ても知れぬ神の代より引き継がれ  王の逞(たくま)しい首
には以前に流通させようと企んで頓挫(とんざ)したポッパーの金
貨が罪の輝きをもって揺れている    叡智(えいち)に充ちた眉間
の広場また催眠の大通りは若く馨(かぐわ)しい雌雄の高い鬨(と
き)の声にわきかえっている    儀式はアルカナのまま七色に変幻
する優しい叢(くさむら)の中で続けられる    ボウが神の光を浴
びて嫋(しな)やかな茵(しとね)をつくると  その中に横たわる
娘の七色の光沢をもつ髪はボウの魔力によっていっそう美事なもの
になり  娘はその長い柔らかな繊維を燦々(さんさん)たる陽光に
靡(なび)かせ惜し気もなく白い裸体を開き聡明な水晶の眼を輝か
せる    オルリー公の愛玩しているそれぞれ毛色の異なった七匹の
猫が上気した深い緑の眼を大きく開いて進み寄る    ボウの七色の
波がさわさわと揺れ始めると  その奥の方からたたたたたたと次第
に速度を増してゆく煽(せん)情的な原始のリズムが拡がる    王
家の指環を管理するように長い尾をぴいんと突き立てて歩み寄る牝
猫どもは  尻と口から甘酸っぱい匂いを撒(ま)く粘液をしたたら
せている    そうして一斉に白い腕(かいな)の娘の柔らかな中枢
へ赤く怒張させた舌をぶらさげて挑みかかるのである    生後十七
日目の幼児を盗んで人形ごっこやボール投げに用いたりままごとの
材料にしたりした三歳の女の子のように  温かな母の夢をみる
これは母性の夢の形象また花売りに女装して母親の営む酒場を訪れ
るトルソーだ    カランチョや狐や有翼のスフィンクスに混じって
巨大な尻を揺すりながら  聖地の一方の守護者である真っ黒な象が
灰色の牙を天に突き上げる    そのときオルリー公の屈強な七人の
従者が大樽に封入されている秘薬を  口腔といわず眼孔といわず長
い鼻の通路といわず尻の穴も含めてあらゆる襞(ひだ)の奥にぶち
まける    おおどうだ    つぶらな瞳がいっそう優しく潤み  白い
腕(かいな)の娘の頭上に何ともいえぬ不思議な匂いを落として
すでに大きく口を開けている母なる象の女陰がかの娘を呑(の)み
込もうと誘(いざな)っているのである    誘惑の作法に則って激
しく脈動する血節を腫(は)れ上がらせた華奢(きゃしゃ)な娘の
首が  二つに割れた固い岩の柔らかな芯に吸い込まれてゆく    こ
の光景に魅せられいたく感動したオルリー公は堰(せき)を切った
情欲の虜となって  長い鞭(むち)のような舌をもつ犬どもと黒人
とを相手に自分に課せられた儀式の一齣(ひとこま)を存分に堪能
する    ひと通りの悦楽が頂上に達しようとすると  ボウの苑の最
もぼんやりと霞んでいる場所からエレクトラム製の耳輪をつけたア
ンドロギュヌスのテラコッタが引き出される    人々はその台座の
周囲に拝跪(はいき)し特殊な振動数で作曲された讃美歌を唱う
ラドルの全貌が共鳴し  人々とボウの音楽が神聖な調和を生み  聖
地の輝かしき秘法が純白の像の謎の箇所を唯一の輪廻へと結びつけ
るのである    あの若い王妃  白い腕(かいな)のひときわ美しい
巫女(ふじょ)は人々にエレアと称ばれている    おおエレーア
エルドレは暗箱の冷えた洞窟の中で叫ぶ    その声のぶつかる向う
から水晶のように燦(きらめ)く人物がまた叫びながらエルドレの
方に駈(か)け寄ってくる    かくして邂逅(かいこう)は異郷の
地でなされるのであろうか    呪われた恋人たちは今や相手の躯
(からだ)に触れんばかりである    おお悪夢はどのような精神作
用の変化を促すのだろう    恋人たちがともに相抱こうとする寸前
胸と胸との間には非情な壁がきって落とされる    厚みのない極度
に硬く氷のように凍結し透き通った壁    エルドレは硝子を通した
向うに貼(は)りつき絶望の眼を見開いている人物がエレアではな
く  エレアにそっくりの  それも女ではなく男であることに気がつ
かねばならない    (つづく)







前のメッセージ 次のメッセージ 
「CFM「空中分解」」一覧 直江屋緑字斎の作品
修正・削除する コメントを書く 


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE