AWC 「透き徹ったガラスの向こう...」 File #3


        
#109/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (KUC     )  87/ 2/ 8  14:46  ( 94)
「透き徹ったガラスの向こう...」 File #3
★内容

「おせじなんかいっちゃったりして、でも、嬉しかったりして。ついでに、音楽
なんかあったりするといいのに」
 ちゃっかりしたミム。何やら古びた機械を引っぱってきた僕を見て目をまある
くする。
「なぁーに、それ。カビのはえた機械のチーズさん。メカのカツオブシかな。そ
ーよ、二十世紀のゴミさんね」
「まあ、いいから、聞きけよ」
 古びた機械がギーコギーコいいながらまわりだした。
「まあ、音楽に波の音。でも、この景色に波の音はあわないわね」
「それは、ノイズ。面白いいだろ。音の溝を高密度炭素結晶の針がトレースして、
音を出すんだ。僕のお気にいりの骨董品さ。モ−ツァルトの曲なんだ」
「そう。曲名は?」
「知らない」
 カビのはえた古いモーツァルトの音楽とノイズ、そして、今は失われてしまっ
た地球の大自然の立体映像が奇妙にあった。
「こーゆうの、セラが聞いたらびっくりするだろうな。セラはちょっとかわって
るのよ。だから、こーゆうのきっと気にいるわ。最近セラは元気ないのよね、落
ち込んじゃって。私がちょっと落ちこぼれらしくなくなったでしょう、だから。
以前のように落ちこぼれ同士うまくいかないわけ。気にすることないのに」
 ふと、ため息をつくミム。
「友達なんだろ。今度、連れてくればいい。いっしょに聞かせてやるよ」
「だめよ。セラはこないわ。セラは生体転送機が嫌いなのよ。体がバラバラにな
るって、いうのよ」
「じゃあ、しょうがないなぁ。僕も、転送機は好きじゃない。あれは、気分よく
ないよ」
「私も、好きじゃないわ。転送中に生体データをモニターされているっていう、
うわさがあるのよ」
「完全管理体制だからな、管理者のやりそうなこった」
「生体データをどうするのかしら」
「さあな。結婚もコンピュータで適性管理されてるんだから、遺伝子の適性組合
わせでも調べるんだろ」
「やだわ」
「よし。そのうち、転送回線に割り込んで調べてやるよ」
「危ないわ。もし、事故ったらどーするの。首から足がはえたりしちゃってさ」
「だいじょーぶ。これでも、もと電子工学科の大学院生だったんだから。マスタ
ー一年の時、クビになっちゃったけどね。まあ、いろいろあってね、今は古道具
屋さ」
「どうりでね。この3Dデータパックも古道具屋の商品なんでしょ」
「立体絵葉書といってほしいね。ほかにも、いいもんがあるんだ。3Dスキャナ
ー」
 そういって、僕は自分自身をスキャナーにかけた。僕の影形が回線を通って、
ミムのもとへ送られた。砂浜の景色とともに。
 びっくりして、僕の体に手をやるミム。だが、実体のない僕をつかめるはずが
ない。
「何よ。こんなのって、ないわ。波は冷たくないし、私の手は体を通りぬけてし
まうわ」
「ふんいきを楽しむんだから、いいじゃないか。けち、つけるなよ」
「ふんいきねぇー。ムードのことかしら。それだったら、もっといい方法がある
わ。ディスプレイパネルのガラスに手をあてて」
「ガラスじゃないぞ」
「何でもいいから、さあ」
 しかたなく、腹立たしいのをがまんして、パネルに手をつけた。ミムも向こう
で手をあてた。
「こうしてると、あなたのぬくもりが伝わってくるようだわ」
「何いってんだい。ディスプレイパネルの発熱じゃないか。温度センサーがつい
てるわけじゃあるまいし、熱が伝わるわけないだろ」
「もうー。目をつぶって。何か感じない? これはセラのアイデアなのよ。ガラ
スごしに手と手をあわせて、感じあうのよ」
 ミムのお遊びにつきあっているうちに、ふと、本当にガラス越しに手と手をあ
わせているような気になるから不思議だ。八十六光年の隔たりを感じさせないほ
ど近くに思える。
 バカバカしいと思いつつもミムのペースにまき込まれていく自分が、なんとな
く不可解だ。さめた心に妙な感情が芽生え、空々しい時の流れに空間も意識も押
し流されてゆく。
 新しく覚醒された意識が宇宙にひろがってゆく。赤い光、緑の輝き、青い閃光、
黄色い発光。強く、弱く、弱く、強く。
 光の渦がすべて呑み込み、やがて、押し寄せる光の洪水。溢れた光の珠が、大
きく、小さく、小さく、大きく、弾け散る。
 それは光の矢となって、暗黒の大宇宙の闇を切り裂く。崩れゆく、暗黒の壁。
悲鳴をあげて崩壊する意識の壁。暗黒の硬い殻が破られ、淋しい心の無垢な光が
こぼれ出す。
 虹色の光の触手が遠く暗黒の海を隔てて、からみあう。時も空間も意味を失い、
闇さえも影をなくす。
 光の風が、心の湖に波紋をおとし、生命の息吹がひろがってゆく。
 隠やかな、静かな流れのなかで、生命は萌え、そして、その小さな小さな灯は
次から次へと燃えひろがっては、消えてゆく。
 生命の時は永遠の炎の中で萌え、心の種子を蒔く。限りないくりかえしのうち
に、心は何かを失い、何かを求める・・・・・・・
 あれから何日かたった。めずらしく、夕暮れ時でない時間にかかってきたミム
からの電話。突然の事だった。
「セラが死んだ。アハハハ、死んじゃった。死んだのよ。死んだんだわ。なんで?
」
 うつろな渇いた笑い。普通でないミム。かすかに震えている肩。それでも、笑
ってみせる彼女の顔。もともと青い彼女の皮膚が、さらに、透き徹るように冷た
い。凍りついた青い血。緑色の髪までが、震えている。
「どうしたの?」
「セラが自殺したの。死んじゃったの」
「なぜ?」
「わからないわ。でも、私がいけないの。私が悪いんだわ」
「どうして?」
「どしてもよ。私が殺したんだわ」

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