AWC アンドロイドハンター・ヒトミ    By   T.K


        
#59/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (RKC     )  86/11/28  22:20  (211)
アンドロイドハンター・ヒトミ    By   T.K
★内容

           アンドロイドハンター・ヒトミ    第一回

                  ー1ー

その酒場は、喧噪に満ちていた。何処にでもある安酒場だが、客は御世辞にも上品と
は言い難かった。
 そんな店に未だ少女の面影の抜け切らない娘が入って来たのだから、目を引かない
訳はなかった。
 今まで騒ぎに騒いでいた客達は、彼女の回りから汐が引くように静まって行った。
しかしその一瞬後には、前にも増して騒がしくなりそこらじゅうから口笛が響いた。
いまや店の客全員が同じ話題で盛り上がっていた。
 彼女はその小柄な体を真っ赤な繋のスーツに包んでいたがそのよく発達した体のラ
インは隠しようがなかった。その端正な顔は無表情だが、切れ長の目は涼やかで、十
二分に美人だった。
「よぅ、よう、ネーちゃん。彼氏とデートかい」
 通路に近い酔客が下品な声を掛けたが、彼女は見向きもせず、店の奥のカウンター
をめざし歩みを進める。
「おい、こっちへ座んなよ、サービスするぜ」
 又他の客が声を掛け彼女の手を掴もうとした。しかしその手は彼女の手前で止まっ
た。彼女の腰に下がっているものをその男が見つけたからだ。
 それは大口径のレーザーガンだった。とても女性の扱える代物ではなかった。
 ふたたひ、喧噪はそこから汐が引くように静まって行ったが、こんどはそのままで
次の騒ぎは起こらなかった。
 娘は、そこから邪魔される事もなく、すんなりとカウンターに近付くと腕時計を見
るような仕草をして、そこで飲んでいる男達の中から、彼女に気付きもせず一人で背
を丸めグラスをかかえている男の後ろに立った。その男は巨大だった。回りの肉体で
は誰にもひけをとらない男達に比べても抜きん出ていた。
 彼女は男の肩を叩き話しかけた。
「あなた、RKC96870でしょ」
 男は、静かに振り向いて彼女を見た。その岩から直接削り取ったような顔は無表情
で、そこからは何の反応も見いだせなかった。背を延ばした時の男は背丈も、巾も娘
の倍はあろうかと思われた。
「何の事だ」と、男が言った。その声は地獄から響いてくるようだった。常人なら、
それだけて震え上がっただろう。しかし彼女は、それに動じた様子もなく笑顔さえ見
「だめよ、このAR・センサーは胡麻かせないのよ」
 彼女は左腕を挙げて、その腕時計の様なものを見せ、まるで子供を諭すように言っ
た。
 男はいきなり彼女に左ストレートを突き出した。それは誰の目にも止まらぬほどの
スピードがあり、体重も充分に載っていた。次の瞬間には彼女の血まみれの死体が床
に横たわる事は確実と思われた。
 しかし男の拳が彼女との衝突点に到達したときには、そこは何もない空間に変わっ
ていた。止める物のなくなった拳は、そのまま慣性の法則で前進を続けようとする。
男の体もそれについて前進したが、足だけはその突発的事象に対処できなかった。
 よって男はたたらを踏む事に成った。普通の人間ならそれで、ひっくり返るところ
だが男の巨体は伊達ではなく、片膝を付くだけで何とか持ちこたえた。
 男はカウンターに片手を付くとゆっくりと立上ろうとしながら、彼女を捜して、そ
ちらの方に顔を向けた。
 男はそこに、靴の爪先を見た。いや、見たと思った。次の瞬間には、それは男の顔
 男は、そのまま3メートル程飛ばされ、この様子に気付かずに酒を酌み交わしてい
た客達を巻き込んで彼等のテーブルの上に着地した。テーブルは激しい音と供に潰れ
た。回りにいた者の内不運な者は一瞬のうちに吹き飛ばされた。好運にも被害を被ら
なかった者は、何事が起こったのかと、飛んで来た男を見て息を飲んだ。
 男の顔が無くなっていた。それがあった所には破れた皮膚の中から電子回路の様な
物が覗いておりそこそこでショートの火花を散らしていた。男はアンドロイドだった
。それはそれでも立ち上がろうとしてもがき、視力を失っている目でカウンターの方
を見た。
 その上にはあの娘が立っていた。彼女は男の、目にも止まらぬ拳をカウンターに飛
び上がる事で避けたのだ。そして、男が起き上がって来る所を、足蹴りに依って顔面
を粉砕した事になる。
「オマエハ・・」
 人口声帯が壊れたのかアンドロイドが、機械的な声を発した。
「オマエモ、ニンゲンジャ・・」
 男はそこまでしか言えなかった。言おうとしても喋る口が無くなっていた。
 その時、娘がレーザーガンを抜き撃ちで発射しアンドロイドの頭部をふき飛ばした
からた。
 制御部を失ったアンドロイドはその手足をまるで子供がだだをこねているかのよう
に勝手知らずに激しく動かして暴れた。
「修復不能。廃棄処分」
 娘がはき捨てるように言うとレーザーガンの出力を絞りアンドロイドの胸をめがけ
て発射した。その光条は見事に核動力炉の緊急停止装置のストッパーを打ち砕きそれ
を停止させた。その瞬間かってアンドロイドであったものは、首のないでく人形に変
「店長、この店の店長は何処」
「証明してちょうだい。私はアンドロイド・ハンターの#011ヒトミよ。ここで逃
亡アンドロイドRKC96870を発見捕獲したが抵抗されたためやむなく廃棄処分
 彼女はそう言うと、きびすを返し入って来た戸口へと来た道を歩みだした。
 そこには今やもう彼女を引き留める何ものも存在しなかった。あれ程騒いでいた客
達は、みな立上り静かに彼女を見送っていた。その顔は一様に酔いも覚め果て、恐怖
にひき吊っているようだ。

 21世紀に飛躍的発展を見せたロボット工学は22世紀に入ると、外見上は人間と
寸分違わぬロボット、すなわちアンドロイドを出現させるまでになった。最初は単純
な労働で満足していた彼等も、その陽電子脳の発達により、どんどん高度な仕事もこ
なすようになってきたが、自分達の立場を奪われるど危惧した人間達によって程度の
低い仕事しか与えられなかった。アンドロイド達のなかでそれに不満を持った者が持
主から逃亡を企てり、人間に反抗する様になってきた。彼等は電子脳内の抑制回路で
あるアシモフ回路を自ら破壊して、人間に対し危害を加えられるようにも成っていた
。そうなればもともと人間の何倍もの体力を持つ彼等である。従来の警察や軍隊がか
なう訳がなかった。そこてここにアンドロイドハンターと呼ばれる、逃亡アンドロイ
ドの捕獲を専門とする特殊な人間が出現する事に成った。彼女もその中の一人である。

                   ー2ー

 ここは警視庁アンドロイド捜査課課長室である。10メートル四方の部屋に広い窓
が一つ、それを背に時代物のデスク。そのデスクの椅子に座って、書類を読んでいる
のは、この部屋の主、モリシタ課長である。まだ30代を越えたばかりの若さでこの
地位を獲たという事実は彼が相当のやり手である事を物語っている。
 彼は、読み終えたのか書類を机に置き目頭をもんだ。その精悍な顔に陰鬱な影を宿
「呼んでくれ」
 彼は一言そう言うと、椅子の背にもたれ掛かった。
 すぐにドアにノックがあった。
「入れ」
 モリシタ課長がドアに向かって言う。
「#011ヒトミ、入ります」
 ドアを開けて入ってきたのは、あの娘である。いまは普通の娘らしい白いワンピー
スに着替えていて。肩を被っていた分量の多い髪を後ろで束ねている。彼女は現在あ
の精悍な雰囲気は見られず、いやにしおらしく女らしいはじらいさえ見せている。
「あの・・」
 彼女は課長のデスクの前に立ち何か言おうとして戸惑った。
「報告は読ませて貰った」
 課長が、その後を引き継ぐように言った。
「はぁ、どうも・・」
 彼女の話方はどうも歯切れが悪い。
「で、何故やった」
「え、なんです?」
「何故、破壊したかと聞いているんだ」
 課長は、身を乗り出すと彼女を下からねめつけた。
「あの、それは報告書にも書きました様に、抵抗したから」
「そうかな、あの店の親父の話では、それほどの抵抗は見せなかったと言っていたが」
 課長がしたり顔でいう。彼は、さすがにやり手らしく部下の報告にも信用せずに他
から情報を得ているらしい。
 彼女はぐうのねも出ないらしく、体を小さくした。
「で、本当の理由は何なのだ」
「言ったから・・・」
 彼女が消え入るような声で言った。
「何だって、何て言ったんだ」
 課長は自分の耳に手をあてて、聴こえなかったといいたげな仕草をする。なかなか
しつこい。
「あいつ、言ったんです」
 彼女は顔を上げる。
「だから、何て言ったんだ」
「わたしが、人間じゃないって」
 それだけ言うとまた下を向いてしまう。
「それだけか」
 課長は、ため息をついて背を椅子に持たれさす。彼女はますます小さくなる。
「それだけで、何十億もするアンドロイドを屑鉄に変えたと言うのか」
「ご、ごめんなさい、でもあれを言われるとどうしても我慢できなくて」
「言い訳はいい、あの親父の話がアンドロイドの持主の耳に入って見ろ。また訴訟騒
ぎた。そんな事に成ったら、お前の給料どころか退職金もなくなるぞ」
「ごめんなさい。今度からは注意しますから」
 彼女は、かわいそうなくらいに何度も頭を下げて謝っている。課長は苦虫を噛み潰
したような顔をして眺めているだけだ。多分にサド的な性格があるらしい。
「もう、いい。その事はこちらで何とかする。しかし、今度のボーナスは期待せんほ
うがいいぞ」
「はい、判っています」
 彼女はやっと針の筵から降りれるのかと安堵のため息をつく。
「これが次の仕事だ」
 と、課長は引出しから大判の封筒を出して机の上に投げた。
「あのぅ・・」
 彼女はおどおどと切り出す。
「なんだ」
 課長は彼女をにらみつけた。
「わ、わたし、そろそろ、お休みが欲しいんですけど」
「休みだぁ、理由は」
「あ、あの、このごろ働きづめで、すこし疲れたもので」
「疲れた?、お前でも疲れる事があるのか」
 課長は憎々しげに、言う。
「し、失礼ですわ。わたしでも疲れます」
「そうか、ま、いいだろう」と、課長が表情を和らげる。
「ほんとですかぁ」
 彼女は小踊りしそうなくらいに喜びの表情を見せる。
「はぁ・・」と、彼女はちょっとがっかりした様子だ。
どころか、数年間のボーナスが消えると思え」
 彼女は、急いで机の上の封筒を取って中を引っ張りだした。中には二組の書類と写
「今度は二人ですか」
「大きい方が、KAZ33256、工場主任アンドロイト。小さい方はTKA338
77、組み立て作業用だ。どちらもセイデン工業の本社工場から逃亡した」
 写真には、どちらも金属光沢もまぶしいロボット然としたアンドロイドが写ってい
た。最近は工場や倉庫など、あまり人の目に触れない所で使うアンドロイドはすぐに
それと判るように、余り人間に似せないように作っている。その方が安価であるし逃
亡しても捕獲し安いからである。
 しかし、逃亡アンドロイドにも地下組織が出来ており、そこではこういうアンドロ
イドに人工皮膚やかつら等を付けさせ、素人では区別の付けられないほどに人間に似
せて、町に潜伏させると言う。その時にアシモフ回路を外して人間に自由に危害を加
えられる様にしてしまう。そうなればアンドロイド・ハンターでなければ捕らえる事
は難しい。
「この二人は・・」と、彼女は写真から目を外し課長に何か尋ねようとした。
「二体だと言っただろう」と、また彼がしつこく訂正する。
「あ、ごめんなさい。その、二体は一緒に逃げているんですか」
「そうらしい。最近の報告では、オオテ地区で目撃されている」
「オオテ地区ですか」
「そうだ。お前なら恐れる事はないだろう」
「はぁー」
 彼女は何故か頼りなげに返事をした。
「よし、すぐ掛かれ」
 と、言うや否や、課長は椅子の背を倒し体を沈み込ませると、足をデスクの上にほ
おりだす。もはや彼女に対しては何の興味も失せてしまったようだ。
「あの・・」
 彼女が何かを言おうとした時、いきなり部屋の回りから激しいリズムの音楽が大音
響で流れてきた。彼がいつも好んで聞いている二百年も前に流行ったJAZZという
音楽である。現在ではすたれてしまい、もはやこれを聞くのは彼以外にはいないであ
ろう。
 これが掛かっている時には、課長に何を言っても無駄だと彼女は知っていた。もっ
ともこの音量では耳のそばて叫ばぬ限り何も他の音は聴こえないだろう。
 彼女は書類を封筒にしまい、それを抱えていちおう課長に向かってぺこりと御辞儀
をすると部屋を辞した。
 彼女はそのまま律儀にも仕事に掛かるべくロッカールームに向いながら考える。
(何故、わたしは課長の前では、あんなに卑屈になるんでしょう。頭に抑制回路でも
埋め込まれているんじゃないかしら。きっと、そうよ、そうに決っているわ、あの課
長のやりそうな事よ、一度調べて貰わなきゃ)
 ヒトミの疑うのも無理はなかった。もし彼女がその気になれは、課長など片手で絶
命させることができただろう。
 ここで読者ももはやお気付きだろが、彼女は普通の人間ではない。と、書くと彼女
に失礼かもしれないから、言い替えれば、彼女の体には普通の人間と違った所がある。
もっともその違っている所は普通の所よりも格段に多いのだが。
 勿論、ヒトミも産まれたときは普通の人間だった。なぜこうなったのか。また、ア
ンドロイド・ハンターなどという仕事を遣る様に成ったのかを語るには少し時間を過
去に戻さねばならない。

                                                以下次回
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