#60/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (RKC ) 86/11/28 22:44 (238)
アンドロイドハンター・ヒトミ 第二回 By T.K
★内容
アント゛ロイト゛ハンター・ヒトミ 第二回
ー3ー
話は一年前に遡る。その頃ヒトミの家は、アンドロイド・ショップを営んでいた。
父親が社長で母親が専務と言う小さな店で彼女はそこで店員として店を手伝っていた。
ほかには店員はいなかった。
アンドロイド・ショップとは、家庭用や業務用のアンドロイドを売る店だが、彼女の
家のような小さな店では、それが売れるのはまれで修理を請け負ったり部品などを商
うのが主である。
また彼女には兄弟姉妹はいなかったが、それだけになににもまして両親の深い愛に
包まれて充実した毎日を送る夢多き乙女であった。
そんなある日の閉店間際、父は店先に出してあった。特価品のアンドロイドの足や
手を積み上げたワゴンを店内に仕舞始めていた。彼女もそろそろレジを締めようとカ
ウンターの中に入った。
「ヒトミ、そんな事は私が遣るから、早く着替えて支度をしないとナカダさんが呼びに来るわよ」
カウンターの奥のドアから顔を出した母親が彼女に声を掛けた。
「はぁい」
彼女は少し照れながら、母親と入れ代り店の裏につながっている住宅の自室へと向
かう。
ナカダとは彼女の恋人であり両親公認の婚約者である。一ヶ月後には、彼との結婚
式が待っていた。その為のこまごまとした手続きも殆ど終り、今は二人で残り少ない
独身生活を楽しんでいた。
今日は軽く食事してから映画を楽しみ、ほどほどのお酒を飲み、後は気分しだい。
しかし、彼女は最後の一線は越えるつもりはなかった。時々彼の攻勢に負けそうにな
る時もあったが強い意志でそれを切り抜けてきた。清い体のままで結婚式にのぞむの
が彼女の夢であった。そうでなければ白無垢は着れないと思っていた。
彼女は洋服を選びバックをかかえると、両親に挨拶をするために店へと向かった。
住宅と店とをつなぐ戸口に近づいた時、店がいやに騒々しいのに気付いた。
「いやだわ。こんな時にお客さんかしら」
彼女はそうつぶやくと、戸口を開けてのぞき込んだ。
最初に目に入ったのはカウンターの中に倒れている母親だった。
ヒトミは母親のそばにしゃがみこんで肩を揺すってみた。彼女は何の反応も見せな
かった。首が異常な方向に曲っていた。彼女は完全にこと切れていた。
「こ、これはどう言うこと」
ヒトミは動転して、母親から手を放した。
その声のした方を見るとカウンター越の店内に三人の人物が立っていた。一人は売
れ残っていたメイド用アンドロイドのマーサだった。いつもはスイッチを切ってある
のだが、今は誰が入れたのか目を覚ましていた。
「マーサ、これはどう言うこと。これは貴方が遣ったの」
ヒトミは母親を指さして言った。
「とんでもございません、お嬢様。おらが目を覚ましたときにはすでに奥方様はその
ような御姿に」と、マーサが手を振って弁解する。
「その人間は、我々が破壊した。ここにいる人間と一緒に」
今まで、黙っていた二人の男の内小柄な方が自分の足元を指さした。そこにはヒト
ミの父親が血の海のなかに倒れていた。
「お父さん!」
彼女は、カウンターを出て父親の方の倒れている所まで行こうとしたが途中でもう
一人のでかい男に阻止された。その男は、彼女の首を片手でつかむと凄い力で締め上
げた。彼女は、その手を剥そうと両手を使ったがびくともしなかった。
「あんたたちは何もの・・」
苦しい息の中でやっとそれだけ言った。
「我々はALOの者だ。ここにはこの他にアンドロイドはいないのか」
小柄な方の男が言った。ALOとはアンドロイド解放戦線。逃亡アンドロイドの地
下組織である。
「お嬢様に乱暴しないでけろ。ここにはおら以外にいる訳ないだ」
マーサがヒトミを締め挙げている男、それもアンドロイドだったか、その男にしが
みついて腕を彼女の首からはがそうとした。
ヒトミは、息ができず頭が割れそうに痛んだがなんとか意識を保っていた。
「なんだ、我々はお前を解放しに来て遣ったのだぞ」
小柄な方が、マーサを引きはがした。
「おらはどこへも行かないだ。ここで満足しているだ。みんなやさしくしてくれたの
に、あんたらひどい事をするだ」
「ちっ、こんな中古のうすのろを連れて帰っても役にたたん。無駄足だったようだな。
おい、帰るぞ」
小柄な方がでかいのに言った。でかいのは、それを聞くとヒトミから手を放した。
彼女はその男の足元に崩れ折れた。激しい咳が立て続けに襲ってきた。目の前が真っ
暗になり掛けたか、不思議と意識は冴え渡っていた。
「俺の名はヤスてんだ。元は人間共にYAS16464なんて番号を付けられてたが
よ。何処かでまた会おうぜ。もしあんたが、生きてればの話だが」
小柄の方の男が彼女を覗きこんで、それだけ言うとでかい男を連れだって、店を出
て行った。彼女はその男の名前を深く心のなかに刻み込んだ。
ヒトミは床にうつ伏せに倒れている父親のそばににじり寄った。触って見るまでも
なく彼は息絶えていた。頭部を叩き割られており、血の海のそこそこに飛び散った脳
のかけらが浮いていた。
「お父さん・・」
状態を理解し始めた彼女の胸に、やっと悲しみが襲って来たようだ。
「お父さん、お母さん・・」
ヒトミは、父親の死骸の背中にしがみついて泣いた。激しく泣きじゃくった。
その時、店のショー・ウインドウが割れる音と供に何かが店内に投げこまれた。
「あぶない!」
それを見たマーサは、ヒトミの上に被いかぶさった。それと同時に投げ込まれたも
のは大爆発を起こし店ごと全てを吹き飛ばし、一瞬でヒトミと彼女の両親の住んでい
た家を瓦礫の山にした。
彼女の店を襲ったアンドロイド達は、証拠を消すために、帰り際に爆弾をほおりこ
んで行ったのだ。見ての通りの強力な爆弾だった。それでヒトミもマーサもこの世か
ら消滅する筈であった。マーサの献身的行為がなければ。
ー4ー
救急車が遣って来て、ヒトミは瓦礫の山から掘り出された。
彼女は何とか生きていた。顔面は大火傷を負って崩れマーサが覆い隠し切れなかっ
た両腕と腰から下は吹き飛ばされていたが、止血を施し人工心肺をつなげるまで、彼
女の心臓はなんとが動いてくれた。
両腕と両足は義手義足を付ければすむがその焼けただれた顔面はどんな整形外科医
でも完全な修復は不可能に思えた。そうこうしている内に損傷を受けた内臓が細菌感
染により機能障害を起こし初め、残り少ない肉体を維持仕切れなく成ってきた。この
ままでは彼女は死を待つばかりだった。
どの医者も匙を投げ意識を回復しない侭、死が訪れるのを待っていたそんな彼女に、
一つの光明を投げかけた者がいた。
名を伏せたある機関が、最新の医学によって、アンドロイドへ彼女の脳を移植しよ
うと言って来たのだ。そのアンドロイドも提供すると言う。
まだ誰も成功した事のない脳移植。それも人対人ではなく人対アンドロイドである。
どの医者も自信がなかったが、その報酬と成功したときの名声には魅力があった。
それに彼女には、係累がなかった。両親は死んでおり、いままで親戚だと名乗って
来る者もいなかった。彼女の事は、大々的にマスコミに取り上げられた筈なのに。
たった一人友人だと言う男が一度だけ来た事があったが、彼女の病状を聞くと、全
て先生に御委せすると言ったきり二度と現れなかった。その男はナカダと名乗ったが
連絡先も告げずじまいだった。
そう言う訳で、誰の反対も受けぬ侭に彼女は臨終の床から引きずりだされ、歴史的
な手術が実行された。そしてそれは奇跡的な大成功を収めた。手術を行った医者は多
額の報酬を手に入れたが、望んでいた名声は手に入れられなかった。アンドロイドを
提供した機関が手術の公表を拒否したからだ。ヒトミは表向きには、死亡したと発表
された。
その移植を受けたアンドロイドは、全体を人工皮膚で覆い、誰が見ても気付かぬほ
ど生身の人間と寸分たがわぬすばらしい物であったが、できあいの物を流用したのか
背丈は彼女にそっくりだが顔立ちだけは違っていた。どちらが美人であるかは一概に
は言いがたいが。それでもこれを作り出すには相当の資金を必要としただろう事がそ
の機関が相当のものである事を語っていた。
こうしてヒトミが意識を回復したときには、彼女はサイボーク。それも脳だけが人
間の究極のサイボーグとして生まれ変わっていた。それは自分でも気付かぬほどだっ
た。戸籍も失っていたが彼女の記憶だけは失っていなかった。
両親の死を認識するのに三日かかった。その間涙一滴流れ出さない自分の瞳が不思
議だったが、事故の後遺症たろうと思っていた。それにしても他にも色々と自分の体
におかしな点があった。それを病室に診察に遣って来た主治医に聞いて見ることにし
た。主治医はシロダと言う若い男だった。
「先生、私の体、少しおかしな所があるんですけど」
彼女がそう切り出すとシロダは困惑げな顔をした。
「と、どういう点がだね」
「全然おなかが空かないしです。その為か食事を運んでも来ないし」
「それは、毎日の注射で、栄養が事足りてるからだよ」
「あぁ、そうですか」
彼女はなんとなく納得したようだ。しかしいくら栄養が足りているとは言え、胃が
空なら空腹を感じる筈なのだが、それを知らないのは医者にとって好運だった。
「それと、わたし、何処をつねっても傷みを感じないんですけど」
「あ、あぁ、それも薬のせいだよ。ま、医者に委せておきなさい。そんなに疑ってい
ると治る物も治らないぞ」
「はい判りました。全部、お委せます」
彼女は、納得したかのように晴ればれとした顔になった。
「じゃ、くよくよしない事だよ」
シロダはそう言って病室を出た。いつかは彼女に伝えねばならない事だが、彼はそ
の機会を逸していた。ひょっとしたら今のがその機会ではなかったのかと思った。し
かしそれを知った彼女がどんな顔をするか、それを思うともうひとつ決心が付かなか
った。まだ不治の病の病人に死を宣告する方がましだと感じた。どうして彼女にお前
は機械人形だ。アンドロイドと変わらないと伝えられよう。手術を決行した偉いさん
は、こういう事を若い医者に押し付けて逃げている。こういう仕事は若い者の役目だ
と決めているのだろう。彼等は名誉は取るが苦労は取らない。いつの世も若い医者は
ー5ー
ヒトミは寂しかった。意識を回復してから数週間、誰一人見舞いに訪れるものはな
かった。皆忙しいのかも知れないが、それでも自分の婚約者であるナカダだけは来て
くれてもいいのではないかと思った。彼女は話相手が欲しかった。自分の過去を知る
者と思い出を語り合いたかった。
「そうだ。一度電話して見よう」
さいわい部屋の角にテレビ電話が設置されていた。彼女は未だ医者から歩く事を許
されていなかったが、少しくらいの距離なら大丈夫だろうと思った。
彼女は注意深くベッドを降りると、ふらつく足で電話の前まで何とかたどり着き、
椅子に座ると、おもむろに受話器をとってナカダの家の番号を回した。
数回の呼出音の後電話は継がり、TVのスクリーンに懐かしい彼の顔が写った。
「はい、ナカダですが」
受話器からは聞き慣れた声が聴こえてきた。
「あの、わたし、ヒトミですけど」
「ヒトミ?、前にそういう名の子はいたけど、君、顔が違うようだよ」
「それは、顔を怪我したので整形して変わったんです」
「何か、勘違いじゃないかな。彼女は死んだよ」
彼女はそれを聞いて愕然となって、後の言葉が続かなかった。
「なあにあなた、誰から電話なの」
それに追い打ちを掛けるように、向こうの電話の横あいからなまめかしい若い女の
声が聴こえてきた。
「いや、何かいたずら電話らしい」
ナカダはTVの中で横を向き、女に答えるとこちらを向き直って少し憤慨したよう
な顔をした。
「馬鹿な電話を掛けるな。もう切るぞ」
そう言うや否や、TVスクリーンは真っ白になり受話器からは回線の切れた事を告
げる発信音が響いた。
ヒトミはあまりのショックにそのまま動けなかった。自然と受話器を持つ手に力が
入った。とたんに受話器は手の中で激しい音を立てて砕けた。
彼女はそれを虚ろな目で眺めて、しばらくはその残った受話器のかけらを片手で握
りつぶすのに専念していた。それはまるでウエハースで出来ているかのように簡単に
潰れた。
彼女はそれを見て何もかも理解したような顔をして立ち上がると、眼の前のTV電
話を両手で持つとその手に力を加えた。電話は大きな音と供に潰れて、割れたスクリ
ーンのガラスが彼女の顔にも飛んで来たが、その顔になんの傷も付けられなかった。
彼女はその電話機を床に打ち付けた。
「何故よ、何故なの」
と、つぶやきながら素足で何度も何度も踏みつけると跡形もなく粉々にしてしまった。
それでに気が済まないのか今度は壁に近付き、彼女は拳を壁に叩き付ける。一撃事
にコンクリートの壁が大きく崩れる。
「どうして、どうして・・・」
彼女のつぶやきはいつしか悲鳴に替わっていた。
その騒ぎを聞き付けた看護婦が部屋へ飛んできた。
「止めなさい。ヒトミさん、落ち着いて」
興奮状態の彼女を見るとその剣幕に手を出す事もできずに遠くから叫ぶだけだ。
「ヒトミさん、やめないか。どうしたんだ」
知らせを聞いたシロダが部屋にやってきて叫んだ。ヒトミはその声を聞くと拳を止
めて彼の方を振り向いた。彼女が止めなければもう少しで壁全体が崩れ落ちただろう。
「先生、わたしの体はどうしたの。これはわたしの体じゃないわ」
そう言うと彼女はシロダの方へ慣れない足取りで一歩一歩近付いて来る
これを恐れていたのだと、彼は思った。彼女がその驚異的な力をコントロール仕切
れない侭それを使い始めたら軍隊でも止める事は出来ないだろう。そうなれば彼女は
怪物に成り代わってしまう。もはや彼女にはどんな嘘も通らないだろう。いまは正直
に彼女の境遇を語って、理解して貰うしかない。
「落ち着いて聞いてくれ、ヒトミさん。君の本当の体はもう使いものにならなかった
のだ。君の命を救う為には、脳だけを取り出す事しかなかった。そして脳をアンドロ
イドの中へ収めたのだ。その体はアンドロイドだ」
「アンドロイド?」
彼女は、それが理解出来ないかのようにぼんやりした顔で聞いていたが、いきなり
両手を耳に当てると叫び声を上げた。
「いやー!」
そのまま窓へ走るとガラスに向かって体当りした。割れる筈のない超強化ガラスが
粉々に砕け、ヒトミは三十階の高さの何もない空間へ躍り出た。そして百メートル下
のアスファルトの地面へと弾丸のような早さで落下していった。
その高さも地面に巨大なクレーターを穿っただけで彼女には傷一つ与える事は出来
なかった。もっとも彼女の精神はそんな環境に持つ訳がなく、落下の途中で意識を失
ったが、小脳の替りをする補助電子脳が役割を引き継ぎ、まるで猫が自然に身を建て
直すように最小の衝撃体系を彼女の体に取らせた。衝撃吸収樹脂に厚く包まれた今や
彼女の最後の肉体と言える大脳には何の衝撃も伝わって来なかった。彼女に与えられ
た体は最強の戦闘用アンドロイドだった。十メガトンの水爆の爆心地にいても掠り傷
一つ付かなかっただろう。
彼女は、全てを失ったが、たった一つだけ得たものがある。それは自分の力ではど
う遣っても傷一つ付ける事の出来ない体である。彼女が死にたいと思えば、時が脳を
老化させるのを待つ以外になかった。
彼女はそのクレーターから掘り出され病室に移された。勿論以前の病室は使用不能
に成っていたので別のがあてがわれた。
彼女の意識はすぐに回復したが、あまりの精神的ショックに三日三晩熱に浮かされ
た。
しかしヒトミは今だ、か弱い女性である。それだけの力を得た事を知っても、それ
を悪用しようと言う気は起こらなかった。しようにもそのか細い神経の方が持たなか
ったろう。一般の女性は常に平和を望ものだ。それよりも彼女は生身の体を返して欲
しかった。叶わぬ事と判ってはいても元の体に戻りたかった。しかし彼女もそう哀し
んではいられなかった。その日以来、彼女は毎日新しい体に慣れる為の訓練にあけく
れたからだ。
以下次回