#26/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (LAG ) 86/10/23 18:25 (196)
『殺人告知...(1)』
★内容
開け放した二階の窓から蒼い空に盛り上がった入道雲が見える。
「あっついわねーーーっ!」
東京の短大に通う結城泉はタンクトップにショートパンツという軽快?すぎる
スタイル にもかかわらず、シャツの前をめくりあげてパタパタさせ風を入れた...
19才で背の高い泉は前作の由利の妹で、夏休みを名古屋の姉夫婦のもとに
遊びに来ている。
姉の由利に似て、なかなか愛らしい顔立ちの娘で正座より
ワープロやパソコンのほうが 得意の現代娘である。
いま義兄の貴志の98VM2を使って名古屋市内のBBSを一渡り見て回ったところだ。
やはり地方のBBSはローカル色が強く、加藤清正の祭りとか稲葉地プールだより
なんて東京から来ている泉には、何の事かさっぱり分からない
メッセージばかりであった。
ちょうどその時、玄関に人の気配がしてドアが閉まる音がした。
姉の由利が新聞社から帰って来たのだろう....
泉は相変わらずシャツを半分めくりあげてパタパタさせながら階段をおりていく...
「お帰りなさい、姉さん早いのね?」
「失礼します...」
「キャッ!痴漢!」
玄関に半袖シャツとネクタイの、27−8才の背の高い男が立っているのを見て、
泉はノーブラのタンクトップを引き下げながら驚きの声を上げた。
「あっ!こ、これは失礼!」
男は階段を下から見上げたので、泉の発育のいいふくらみをまともに見る事になり、
真っ赤になってうろたえている...
しばらくして、居間で二人が話をしている。
「ふぅーーーん、貴方は刑事さんなの?」
「はぁ、自分は県警の高村一雄という警察官で有ります。」
『立花恵美殺害事件』で貴志と親しくなった高村一雄は、
これからはコンピュータの知識が必要だと思い知らされて、
暇があると貴志の家にきてコンピュータを教えてもらっていることを説明した。
「コンピュータなら私が教えてあげるわよ!」
「いいのかい?」
由利の妹だという可愛い娘に言われて、一雄の心臓はピッチがあがったようだ...
コーヒーを入れてから、二階の部屋で一時間ほどBASICの初歩を教えて、
それからコンピュータ通信の概要を説明しながら泉はレジャーマップという有料の
BBSに貴志のIDとパスワードでログインした。
ここは最近CHATという、ホストコンピュータにアクセスしている者同士が
オンラインで会話できるシステムに変わったばかりである。
「ほら刑事さん、これがブリテンボードシステム略してBBSって言われる
コンピュータ通信よ....」
30才近い男を小学生のように扱って、
いちいち説明しながら泉は器用な手付きでBBSに入ってWHOとキーを叩き、
現在オンライン上に誰がいるのか確かめた。
「こうすると今、誰が居るのか分かるのよ..」
会員は本名でなくBBSネームと呼ばれるニックネームを使うことが多い。
KTB00396 .NAOBE −−−CHATROOM1
KTB00308 ZEEK −−−−−CHATROOM1
KTB00085 Shig −−−−−CHATROOM1
KTB00261 IZUMI−−−−−WHO
「あら!こんな昼間に3人もいるわ...名古屋って遊び人が多いのねぇ!」
自分だってこんな昼間っから遊んでいるのに勝手な事を言って、
泉はそばに立っている 一雄を見上げた。
「ぼ、僕は今日非番で..昨日まで徹夜で仕事してたから....」
自分の事を言われたと思った一雄は必死に説明する。
「刑事さんの事じゃないわよ!この人たちの事よ!」
それでなくても刺激的なタンクトップとショートパンツ姿に、
目のやり場に困っている一雄はハンカチを取り出して汗を拭いた...
CHATに入って3人のメンバーとしばらく取り留めない話をしていると、
突然新しいメンバーが入ってきた...
KTB00320 殺人者 LOGIN
[ZEEK] BOPPOさん、今日は!BBSネーム変えたの?
どうやらこのIDはBOPPOと呼ばれる男の物らしい...
[殺人者] 1時間ほど前にBOPPOは殺した。
[.NAOBE] またまた、冗談が好きだなぁ!
[殺人者] これはジョークではない、警察に電話して確かめてみろ。
KTB00320 殺人者 LOGOFF
それまで退屈そうにCRTを見ていた一雄は、
いつのまにか泉の肩に肘をおいて食い入るように画面を見ている...
それはいいのだが、ちょうど手のひらが泉のバストにさわって.....
「ちょっとぉ!どこさわってるの!警察に訴えるわよっ!」
泉は憤然として言った。
「あっ!し、失礼!!」
一雄はまるで熱湯に手を入れたように反射的に手を引っこめて、
ブルブル振った...
鼻の頭にも汗が吹き出て人の良さそうな憎めない顔に、泉は吹き出しそうになった。
「それより、このままにしといていいの?」
上司に言われたかのように、直立の姿勢で一雄は答える。
「すぐ県警本部に連絡して、パトカーを呼びます...」
「刑事さん、パトカー呼ぶより私が車で送ってあげるわ!そのほうがずっと早いわよ」
泉はその場にいたメンバーにCHATでBOPPOと呼ばれる男の住所を聞きだし、
本棚から名古屋市の地図を取り出すと住所を確認して、階段を降りた。
貴志のアコードに乗ってエンジンをかけ、助手席のドアを開けて一雄を乗せた。
クーラーがまだ効かない車内はうだるような暑さだ。
時間は午後4時である....
まだ明るい街をかなりのスピードで走りながら泉は話しかける。
「いたずらかも知れないわね..」
「そうならいいんだけどね...スピード違反しないでくれよ」
「罰金は貴方もちでしょ?」
やっと落ち着きを取り戻した一雄は緊張した顔でハンドルを握っている
泉の横顔を見て、ちょっとタレントの南野陽子に似ていると思った...
しかし自分の先ほどからの態度はどうもだらしない...
こんな小娘に、いいようにあしらわれて居るようでは
捜査一課の鬼刑事が泣くと言うものだ...
貴志の家から30分程でBOPPO氏の家に着いた。
マンションの5階で鉄のドア には鍵がかかっている。
表札を見るとBOPPO氏の本名は金沢弘と言うらしい。
何度も繰り返しドアチャイムを鳴らしたが何の返事も返ってこない???
「ほらぁ!早く管理人さんからキーを借りて来てよ!」
一雄は警察官の威厳を見せて、このいたずら好きの娘を追い返そうと試みた。
「君はもう帰ったほうがいい、これからは警察の領分だ..」
「いいじゃないの、そんな意地悪いわなくっても..
私、ミステリー大好きなんだから」
大きな目をクリクリさせて興味しんしんの泉を見て一雄は苦りきって言った。
「素人が考えるようなミステリーは実際には起こらないんだよ、
変装とか密室殺人なんてほとんど夢物語だね」
「そんなこと言ってるから、ちょっとミステリーっぽい
3億円事件とかグリコ事件なんて、みーーーんな迷宮入りになるんだわ...
ここはまだ警察のお世話になるかどうか分からないじゃないの、
早くキーを借りてきてよぉ!」
平気な顔で泉は答えた、どうでも居座る気らしい...
一雄はぐっとつまった...
「死体を見てひっくり返ってもしらないぞ!」
1Fの管理人からキーを借りてドアを開けると、
ガッチリしたドアチェーンがかかっている。
「チェーンがかかっているという事は誰か中にいるのね」
大声で呼んでも誰も出ないので、ペンチでチェーンを切る事にした...
どうもただ事ではなさそうだ。
「こりゃ、中に誰かいるとしても昼寝という訳じゃあなさそうだな?」
汗だくになって、やっとの思いでチェーンを切り、
室内に入ると奥の6畳の洋間の鍵が掛かっている。
「おかしいわね?こんなに厳重に鍵が掛かってるなんて...」
泉が名探偵よろしくつぶやいた...
どっちが刑事なのかわからないな、と思いながら
一雄はドアに何度も体当りして鍵を壊すと、室内はムッとする熱気と血の匂いが
鼻をついた。
部屋の中は引出しが開けられて、本なども散乱し、ひどく荒されている。
クーラーが止まって密閉された室内に中年の男が仰向けに倒れているのが目に入った..
犯人と争ったのか眼鏡が割れて死体のそばにころがっている。
鼻血の跡らしく鼻から半開きの口の辺りまで黒くこびり着いた血の跡があった。
胸には大きなナイフが、殆ど柄のところまで突き刺さっている。