AWC alive(3)      佐藤水美


        
#252/1160 ●連載    *** コメント #251 ***
★タイトル (pot     )  04/04/22  12:25  ( 71)
alive(3)      佐藤水美
★内容
          3

 アパートに戻って荷物を置き、僕は近所のコンビニに出かけた。そこで自分の食
料と瞬の日用品を調達して部屋に戻ったときは、すでに午後8時を回っていた。
 売れ残っていた弁当を電子レンジで温めている間に、ビール缶のタブを起こす。
忘年会や新年会のシーズン以外はほとんど口にしないけれど、今夜ばかりは飲まず
にいられない。空きっ腹に落ちる液体が、昔の痛みを少しでもやわらげてくれるよ
うにと願ってみる。
 結局、弁当はおかずの一部をつまみ代わりに食べただけで、後は残してしまった。
もったいないよなあ、なんて他人ごとのように思いつつ、弱いくせにビールの空き
缶ばかりを増やしていく。
 ローテーブルの上に空き缶を4本並べ、5本めのビールを飲みながら、僕は瞬の
リュックサックを手元に引き寄せた。衣類が入っているほうは、臭いが漏れないよ
うゴミ用のビニール袋で二重にくるみ、キッチンに置いてある。
 ファスナーを開けて、一番気になる物を取り出す。例のスナップ写真だ。外側の
ビニールと紙をはがす前に、心を落ち着けるべく深呼吸を数回繰り返す。心臓の鼓
動がやけに早く感じるのは、きっとビールのせいだ。
 覚悟を決め、外装部分をはがして1枚めの写真を見る。
「瞬、こいつ誰だよぅ?」
 写真を持っているくらいだから、特別な関係だったのかもしれない。モデルかタ
レントのような顔立ちをしたこの男が、僕の知らない瞬を知っているのだと思うと、
悔しくてならない。
「くそっ!」
 ビールを一気にあおり、缶をテーブルに叩きつける。空き缶は耳障りな音を立て
て転がり、底に残っていた黄色い液体がじゅうたんの上にこぼれた。
「バカヤロウ……」
 せめて名前だけでも知りたい。僕は試しに写真を裏返してみた。
「……ん?」
 裏側には、文字のようなものがひとつ書かれていた。半ば消えかかっていて、見
えにくい。僕は、焦点が合わなくなりつつある目をこらした。
「希望の望?」
 いくら何でも「ボウ」だけじゃ変だ。男の名前だから、「のぞむ」になるのかな。
待てよ、必ずしも名前とは限らないか。
 僕はめまいのようなものを感じ、いったん写真から目を離した。座椅子の背もた
れに寄りかかって上を向く。天井がゆっくりと回っていた。
 飲み過ぎたな……。
 僕は小さなため息をついて、再び写真に目を落とす。次のやつは、見るのも辛い。
 肩を組んで写っている、瞬と僕。瞬は真新しい中学の制服を着て、僕は県立高校
の学ラン姿だ。ふたりとも、あきれるほど屈託のない笑顔じゃないか。
 これは確か、瞬の入学式の日に伯父の家の庭で撮ったものだ。シャッターを押し
てくれたのは、瞬の姉の冴子だったと思う。まるで本物の兄弟みたいだと言って、
彼女は笑っていた。
 この写真を撮ったとき、すでに僕たちは橋を渡りきっていた。セックスがオープ
ンになり、カミングアウトという言葉の意味が知れ渡るようになっても、秘め続け
隠さねばならない関係。
 後悔は、していない。
 でも僕は、結果として瞬をひどく傷つけた。
 彼の人生を破壊するほど。
「瞬……」
 目の奥が熱くなった。ここは自分ひとりの部屋だ、遠慮などいらない。でも僕は
そのとき、写真の厚みが不自然なのに気づいた。
「あれ、くっついてるのかな?」
 いじっているうちに、写真の角がふたつに割れた。どうやら、裏にもう1枚ある
らしい。画像面を痛めないよう、ゆっくり慎重にはがしていく。
 現れたのは、退色しかかった古い写真だった。
「これって、まさか……」
 砂だらけの子供がふたり、大きな口を開けて笑っている。彼らの後ろにいて、優
しく微笑んでいるのは……。
「父さん……母さん……」
 涙が堰を切って溢れ出す。僕はメガネを外し、震える手で目を覆った。火事と共
に失った思い出のひとつが、今この手の中にある。
 瞬は学校が長い休みに入ると、決まって僕の家に泊まりに来た。歳は少し離れて
いたが、なぜか気が合って、兄弟みたいに仲が良かった。
 B海岸へ海水浴に行ったのは、瞬が小学1年生で、僕が5年生のときだ。あのと
き泊まった民宿では、ふたりともはしゃぎすぎて父さんに叱られたっけ。母さんは
日焼けしてヒリヒリする背中に、クールローションをたっぷりつけてくれた。
 写真ちょうだい。瞬の求めに応じて、これをあげたのは僕だ。毎日が楽しくて、
未来はすべて輝いているのだと信じていた。炎に飲み込まれた、あの夜までは。
 僕は写真を握りしめたまま、声を上げて泣いた。

                      to be continued




元文書 #251 alive(1・2)      佐藤水美
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