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★タイトル (CKG ) 99/ 2/10 19:13 ( 71)
@コラムbS0 痴ほう症 ヨウジ
★内容
一昨年秋に体調を崩したことを切っ掛けにして
私の母が痴ほう症になってから解ったのですが
痴ほう症になると聞き分けがなくなります。
例えば母が体力がなくなり一人でトイレへ行くと転んで危ないので
ベッドの脇に移動トイレを置いてからのことです。
家族が見ていない間にこれまでのトイレへ行こうとして転び
身体のあちこちにあざを作ったことがありました。
それで「お母さん、トイレはここにあるから」と言うと
その時は「あ、そうか」と言うのですが、
すぐ忘れてしまい次にはまた今までのトイレに行こうとしまた転びます。
何度言っても同じ間違いを繰り返すのです。
やがて次第に移動トイレにも慣れて来て
ほとんどは間違えずに移動トイレでするようになって行きました。
しかしその後更に体力が弱くなって
移動トイレでするにも家族の介護が必要になりました。
いつも付き切りではいられないので
ベッドの手すりにブザーを取り付け呼ぶように言いましたが
忘れてまた自分で元のトイレに行こうとすることが度々ありました。
夜中に物音がしたので目が覚め行って見ると
タンスの引き出しを抜き出していて
部屋中に下着が散乱していました。
せっかく着替えた下着がびしょ濡れになっていました。
それでもう危ないのでベッドの脇に布団を敷いて家族が付き添うようにしました。
しかし、トイレは頻繁で水も何度も欲しがるのでほとんど眠れず
2週間、3週間と続ける内に家族が参り昼も働けなくなりました。
それで紙オムツを付けるようにし夜は家族が付き添わなくても良いようにしました。
例によってオムツだからトイレに行かないで良いからと何度も言い聞かせましたが
夜中にこれまで通り呼ばれたり、忘れてまた一人で元のトイレに行こうとして
転んだり、また下着が散乱したりということを繰り返しました。
また昼は良く眠るのに夜遅くなると大声を出して呼ぶことが多くなり
行って見ると「ご飯食べてないよ」「水飲みたい」「スーパーでパン買ってきて」
などの言葉を繰り返しました。
「ご飯はもう食べたよ。忘れたの」と言っても納得しませんでした。
「今、夜中の2時だから明日ね」と言ってまた寝かせても
すぐにまた「ご飯食べてないよ」「水飲みたい」「スーパーでパン買ってきて」
を繰り返しました。いい加減疲れイライラし
怒って叩いたりつねったりすることもありました。
すると「痛いよ」「殺す気か」と大声で怒鳴りました。
毎日毎日のことでまた叫び声が家中に聞こえるので
家族皆が睡眠不足になりました。
それでもう限界なので医師に相談して夜だけは大人しく眠るよう
徘徊を抑えたり良く眠れるようにする薬を処方して貰いました。
薬を飲ませてもなおかつ大声を出す時もありましたが
おおむね落ち着き朝まで眠るようになり
家族も夜の睡眠だけは取れるようになりました。
後は昼の世話だけになりました。
朝のオムツ替えと着替えとトイレの掃除と3度の食事とトイレをやらせることと。
薬を処方して貰ってからは昼も比較的落ち着いて過ごせるようになりました。
ただ、食事も自分で食べられなくなったので
赤ん坊のようにスプーンで食べさせました。
それから1週間に1度位は夫婦が協力してお風呂に入れました。
二人で抱えるように連れて行き入浴自体はいつも私が世話をしました。
妻も戸の隙から覗いてずっと最後まで見ていました。
浴室が狭いせいか腰が異常に疲れる作業なのですが
とても気持ち良さそうにし「ちょうど良い湯加減だよ」
「こんな良い湯入ったことない」「有り難う」などと言い
いつもとは違い穏やかな表情で感謝してくれました。
こういう生活が数カ月続きましたが
昨年4月末になりいつものように朝起こしに行くと
いつもと様子が違い目が開かず
トイレに座らせても身体がぐにゃぐにゃして
いつまで経っても終わりませんでした。
それで具合が悪いのだと解りまたそっと寝かせました。
この後は98年6月1日に書いた
●『続・権力の陰謀』母はもうすぐ殺される@
に続きます。
以後、母は二度と意識の戻らない帰らぬ人となりました。
ヨウジ