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海鷲の宴(16−3) Vol
★内容
1942年11月5日 ニューカレドニア島 ヌーメア海軍基地
「既に判っているとは思うが、貴官の任務は、ソロモン諸島戦域の防衛、特に、
ガダルカナル島への艦砲射撃を狙ってくる日本軍の補足撃滅だ」
南太平洋戦域司令長官のゴームリー中将は、戦艦部隊を率いるジェス・オルデ
ンドルフ少将に説明した。
先月末以来、三度に渡って日本軍が行っている、戦艦による夜間艦砲射撃は、
致命的なほどではないものの、無視できない大損害をもたらした。特に、陸軍兵
士の中には戦場神経症を患って本国に送還される者があとを絶たず、この被害が
なかなか馬鹿にならないのだ。無論、これを座して待つなどということはできな
いから、何らかの対策を打つ必要があるのだが、陸上航空隊の攻撃機や爆撃機は、
夜間は使用できない。水上艦艇で守ろうにも、日本軍の夜戦部隊は、ろくなレー
ダーも無いくせに、信じられないような遠距離から、信じられないほど高速で威
力の大きい無航跡魚雷を撃ち込んでくる。これを迎え撃つには、巡洋艦程度の戦
力では到底防ぎきれないのだ。最新式のSG対水上射撃レーダーを積んだ戦艦に
よる迎撃が、最も有効な手段だと思われた。
----だが、ゴームリーは一つ失念していた。ソロモン諸島海域は、基本的に大
小多数の島嶼が密集した多島海域であり、主戦場と想定される海域の視界上には、
水平線付近に多数の陸地が見える。そして、レーダーとは、「探知波が届く範囲
内の物体には、すべて反応してしまう」という代物なのだ。高性能のレーダーの
開発には成功した合衆国だが、運用について理解のある指揮官の養成は、まだま
だ立ち遅れていた。
11月7日 1900時 ソロモン海 イサベル島南方
午後から曇りはじめた空は、この時間になってもまだ晴れる兆候を見せず、水
平線付近は漆黒の暗闇に閉ざされていた。
「これでは、見張りもあまり効果がないかもしれんな……」
旗艦「榛名」に座乗する近藤信竹中将は、空と海の区別も付かない窓の外を見
やりながら呟いた。夜戦艦橋の中もまた闇に包まれており、海図を照らしている
黒いシェードの掛けられた明かりだけが、この空間で唯一の光源だった。星明か
りさえあれば20000メートル先まで見通せる日本海軍自慢の夜戦見張員も、
この条件では運がよくても8000〜12000メートルがやっとだ(これはこ
れで驚異的な数字なのだが……)。
「転回点まで1時間」
航海艦橋からの報告が入る。
「水偵の用意をしておけ。吊光弾を使うことになるかもしれん」
近藤が命じたその直後、見張員からの報告が入った。
「大型艦発見! 右舷45度、距離9000!」
オルデンドルフ率いる第37任務部隊は、戦艦「ニューヨーク」を旗艦に、姉
妹艦の「テキサス」と、重巡「ノーザンプトン」、軽巡「オマハ」「トレントン」
「メンフィス」「ミルウォーキー」、駆逐艦8隻から構成されていた。旗艦の
「ニューヨーク」は合衆国海軍で初めてレーダーを搭載した艦として知られてお
り、現在ではそのレーダーは、対水上捜索用のタイプSCを経て、射撃管制も可
能なタイプSGへと換装されていた。
だが、その自慢のレーダーも、この時は効果を発揮できなかった。日本軍はイ
サベル島を背にする恰好で接近しており、その姿はスコープ上では、島影の反射
に紛れて識別できなかったのだ。必然的に戦闘のイニシアティブは、日本側が握
ることになった。第37任務部隊の将兵は、至近距離で発砲炎が閃いて日本艦隊
のシルエットを浮かび上がらせるまで、その接近に気付かなかった。
「左舷6000に敵艦隊! 戦艦3、巡洋艦4!」
見張り員の声は、報告と言うより、もはや悲鳴そのものだった。
金剛級戦艦が装備する45口径14インチ砲の最大射程は、約33000メー
トル。実際の決戦距離は、それよりもやや短い25000〜28000メートル
だが、それでも6000と言う距離は、戦艦の主砲にしてみれば至近距離どころ
か、砲口を標的に押し当てて撃つに等しい。各艦は主砲を水平に構え、目標を直
接照準で捉えていた。
最初に命中したのは、先頭の「榛名」が発射した8発のうちの2発だった。米
艦隊と日本艦隊は、互いに接近して行くような形で同航しており、目標となった
のは、第37任務部隊の2番艦「テキサス」だ。命中と共に、暗闇の中で閃光と
爆炎が踊り、青白く光る破片が夜空に光の航跡を残して四散する。命中弾の片方
は、艦橋脇の副砲群を直撃し、ケースメイトの砲塔を叩き潰し、砲身を引き千切
り、砲郭そのものも廃墟へと変貌させた。もう一弾は、第四砲塔のバーベットを
真横から叩き割り、砲塔そのものも大きく傾斜させて、これを旋回不能に陥らせ
た。
続いて、「比叡」「霧島」が発射した16発の14インチ砲弾が、重巡「ノー
ザンプトン」を襲った。見張り員が、この艦を戦艦と誤認したため、重巡一隻に
対してこれほどの苛烈な砲撃が見舞われたのだ。この結果、「ノーザンプトン」
は実に6発もの巨弾に舷側や艦上構造物を打ち砕かれ、一瞬で浮かべる廃墟と化
して激しく炎上し始めた。総員退艦命令が発せられたのか、甲板上に現れた将兵
が次々と海に飛び込み始める。
4隻の伊吹級重巡は、同じく4隻のオマハ級軽巡に対して、8インチ砲40門
の猛射を浴びせた。先頭艦の「メンフィス」は、「鳥海」の射撃を受け、四本の
煙突を次々と蹴倒され、2基の主砲塔を爆砕され、艦橋に直撃弾を受けて艦長以
下の艦首脳部を抹殺され、水中弾に舵とスクリューをまとめてもぎ取られ、スク
ラップ運搬船のような姿となって漂流を始めた。
「トレントン」は、「摩耶」の主砲弾を喫水線付近に食らい、ここに大穴を空
けられて、大傾斜を生じていた。
「ミルウォーキー」は、「伊吹」から艦中央部に3発以上の8インチ砲弾を叩
き込まれ、上甲板に激しい火災を起こした。応急班が掛けつけて消火にあたった
が、カタパルト上の水上機の燃料に火が回り、作業は難航していた。
そして最後尾の「オマハ」は、「鞍馬」から砲撃を受けて、後檣を半ばでへし
折られ、カタパルトをその上の水上機ごと吹き飛ばされ、小規模な火災を起こし
ていた。戦闘開始から僅か5分の間に、旗艦「ニューヨーク」を除く第37任務
部隊の巡洋艦以上の艦で、無傷のものは一隻もなくなっていた。「ノーザンプト
ン」のように、早くも沈み始めた艦すらある。
「何をしておるのだ!」
オルデンドルフにしてみれば、悪夢を見る思いだったろう。麾下の艦隊が一方
的に叩かれているのに、対する日本艦隊には、まだ一発の命中弾も与えていない
のだ。炎上する損傷艦の火災は、夜闇の中にくっきりと米軍各艦の姿を浮き上が
らせ、日本軍に対して格好の射撃目標を提供する形になっている。対する第37
任務部隊の砲撃は、光源を背に闇の中に向かって射撃する格好となっており、照
準精度が著しく低下していた。
(このままでは……マーシャル沖の二の舞だぞ)
オルデンドルフが焦りを覚え始めたそのとき、彼の旗艦「ニューヨーク」を、
目の眩むような二条の光条が照らし出した。彼は反射的にTBS(隊内電話)の
送話機を掴むと、叫んだ。
「あのサーチライトを点けたジャップを殺れ!」
数十秒後、サーチライトの光源----「比叡」「霧島」に向かって、「ニューヨ
ーク」「テキサス」の合計18門の14インチ砲が火を吹いた。日本軍の一方的
な砲撃で開始された戦闘は、この瞬間から闇の中での殴り合いとなった。
サーチライトで照射された「ニューヨーク」には、「比叡」「霧島」からしこ
たま14インチ弾が見舞われた。たちまち3発が直撃し、艦中央部と艦首で火災
が発生した。残る一弾は煙突基部を直撃し、これを根元から大きく傾けた。亀裂
から漏れ出した排煙が艦後部へ伝わり、中甲板で消火作業中の応急班がばたばた
と倒れる。だが、連装5基10門の主砲は未だ健在で、サーチライトを点けてい
る「比叡」目掛けて次々と巨弾を送りこんでいる。
「テキサス」は、先の命中弾に加えてさらに2発を「榛名」から叩きこまれ、
一弾は舷側装甲帯が弾き返したものの、もう一弾がボート甲板上部で炸裂し、昔
の後檣の名残であった煙突後方の籠状構造物をへし折り、海面に落下させた。
サーチライトを点けた「比叡」「霧島」も無事では済まない。
「比叡」は、「ニューヨーク」からの3斉射で5発の命中を受けた。一弾は艦
橋基部後方で炸裂し、周辺の高角砲座やケースメイトの副砲をまとめて叩き潰し、
第一煙突の基部にまでざっくりと大きな亀裂を生じさせた。もう一弾は艦首の非
装甲部分を撃ち抜き、兵員居住区の一部を破壊して小規模な火災を発生させた。
三発目は第三砲塔後方の舷側で炸裂して水上機用のクレーンを倒壊させ、四発目
は第二砲塔を正面から直撃して2本の砲身の内1本を付け根からひん曲げ、最後
の五発目は後檣を直撃して、建造時から残る三脚檣の高さを半減させた。
「霧島」は「比叡」よりもさらに状況が悪かった。この艦は、既に主砲火力に
損害を受けた「テキサス」から射撃を受けたのだが、復讐の意気に燃える「テキ
サス」乗組員の念が天に通じたのか、「ニューヨーク」よりも少ない3斉射24
発のうち、実に7発が直撃弾となったのだ。一発目と二発目は、相次いで第四砲
塔前楯に命中してこれを叩き割り、第四砲塔を使用不能に陥れた。三発目は夜戦
艦橋を直撃し、艦長以下の艦首脳部を跡形もなく吹き飛ばした。四発目は舷側装
甲帯に命中して弾かれたが、五発目は舳先を叩き潰し、菊の紋章を消滅させた。
六発目は第二煙突後方の主砲予備射撃指揮所に命中して要員を殺傷し、七発目は
第二砲塔を直撃して、砲塔側面の測距儀をもぎ取った。
これに対する米軍二戦艦への報復は、それと殆ど同時に行われた。「ニューヨ
ーク」には、「比叡」「霧島」の射撃が集中した。主砲のみならず、副砲や高角
砲までを動員しての猛射だ。この結果、「ニューヨーク」は大小合わせて40発
以上の砲弾を全艦に渡って叩き込まれ、艦上至るところで火災を発生し、満身創
痍の体を成していた。中央部で炎相手に奮闘していた応急班は、直撃弾に吹き飛
ばされ、弾片に薙ぎ倒され、殆どが甲板上から姿を消している。非装甲部は大口
径砲弾に貫通され、中小口径砲弾に抉り取られ、害虫に食い荒らされた木の葉を
思わせるほど穴だらけになっている。堅固に装甲されている筈の主砲塔ですら、
正面や側面にしこたま命中弾を食らい、木槌で乱打したブリキ板の如き惨状を呈
しているものが少なくない。5基の主砲塔のうち、2基がこうして使用不能とな
った。
「テキサス」は、引き続き「榛名」から射撃を受けた。こちらも、副砲・高角
砲を巻き込んでの全火力投入である。命中弾は大小合わせて十数発を数え、特に
前檣頂部を直撃した14インチ砲弾は、主砲射撃指揮所を粉砕して、「テキサス」
から砲撃管制能力を瞬時に奪い去った。「テキサス」の運命は、これで決まった。
主砲の射撃が一時的にストップしたのだ。嵩にかかったように、「榛名」が射撃
を集中する。最初の目標をあらかた片付けた伊吹級重巡「鳥海」「摩耶」までが
砲列に加わった。戦艦・重巡3隻による集中射撃は完全な十字砲火となり、殆ど
沈黙状態となった「テキサス」を痛めつけた。副砲で反撃しようにも、肝心の砲
自体が、先に「榛名」の猛射を受けてあらかた破壊されてしまっている。ありと
あらゆる艦砲でめった撃ちにされた「テキサス」は、ついに耐え切れず隊列から
落伍し始めた。上構の被害のみならず、浸水による損害も相当響いていた。傾斜
を生じ、戦闘力を喪失した「テキサス」は、なおもしばらく浮いていたが、第二
水雷戦隊の駆逐艦が魚雷3本を撃ち込むと、倒れこむように転覆して沈んでいっ
た。後に日米の戦闘記録を照合した結果判明したところによると、この日一日で
の「テキサス」の被弾内訳は、直撃だけでも14インチ砲弾15発、8インチ砲
弾9発、6インチ砲弾16発、5インチ砲弾20発以上に及んだという。1290
名の乗組員のうち、生存者は僅か200名足らずだった。
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大変長らくお待たせしました。決して書くの忘れてた訳じゃないんですが……
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