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★タイトル (BKX ) 97/ 1/21 23: 1 ( 45)
イノセントなもの、失われゆくもの#1−2 なつめまこと
★内容
部屋に入り、私が冷蔵庫からビールを出して飲んでいる間にユリは浴室のバ
スタブに湯を張った。ビールを持ち込んで浴槽に身を沈めて待っていると、裸
のユリが照明を落として浴室に入ってきた。脚の間にユリの身体を据え、彼女
の胸を愛撫しながら湯気に霞む暗がりを見つめていると、八年前に『トランス
パーソナル心理学』講座て紹介されて体験してみたフローティングタンクを思
い出す。生理食塩水を体温と同じ温度にして天蓋付きのプール状のタンクに入
れ、その中で耳栓をして身体を浮かべる。蓋を閉じて六十分、暗闇の中で浮遊
する。身体が羊水の中に溶け出し、意識だけが暖かい虚無の中を漂う。そのま
ま半睡状態でいると、音楽が流れ、終了時刻を知らせる。
「ねぇ、しよう?」というユリの声が私を目覚めさせる。身体を拭き、ベッド
に入れば、私の酔いもいくらか醒め、あらためて二人してハイになり、肉体の
向こう側にある深淵めざして落ちていく。薄明かりに浮かぶユリの顔を窺えば、
その閉じた瞳で快楽の根源深奥を探求し、味わい尽くそうとしている。
思えば、教え子と肌を重ねるのは二度目だが、最初は十五年前の初秋。十歳
の時にレイプされたことから心理的トラウマ(外傷)を持つティーンエイジャ
ーと私は深みにはまった。幼な子のように丸めたこぶしを顔の横に置いて、仰
向けになった少女の姿を想い起こし、ユリの因業な姿態と比べる。アルコール
のためか悲哀のためか、私が果てずにいると、ユリがおっくうがって寝息を立
て始める。身体を離して、しばらく彼女の意外と広い背中を眺めていたが、空
虚さに責め立てられ、ユリの両脚を持ち上げ再度挿入する。脱力したユリの心
身を道具として私は果て、苦い眠りに落ちていった。
翌朝目覚めて、ユリを起こそうとすれば、敵はすっかり熟睡していて、まっ
たくラチが開かない。ままよとトイレに立ち、下着を付けて再び寝に入った。
一眠りして目を開ければ、ユリはこちらに背を向けて顔を直している。私が伸
びをしたのに気がつき、振り返って、
「もう、自分だけ先にパンツなんか穿いて、ずるいんだから。」などと娼婦じ
みた挨拶を投げてよこす。私は相手にしないで、身支度を整え、ユリの出勤準
備の終了を待った。五歳の娘の母親を家に帰さず、肉欲の苫屋から身過ぎ世過
ぎの仕事場に見送る中年男には、気の効いたセリフは何も思い浮かばなかった。
白々とした祭日の昼と朝の間を、倫理観にもまれた中学教師を助手席に乗せ
て、ユリの営業用に支給されたライトバンが走る。自宅近くのコンビニで車を
止めさせ、別れを告げる。「ユリは先生とこうなるなんて、何だか恥ずかしい。」
と今さら頬を染め、十代顔になる。私はドアを閉め、手のひらを振るだけであ
る。オニギリとウーロン茶の朝食ををすませ、道徳の授業に疲れた心身を独り
寝の寝床に休める。
そして寝入りばなに電話のベルが鳴った。ぐずぐずしながらも起きて受話器
を取るとユリの声。
「ユリだげど、寝ていた?」
「ああ、どうした?」
「ううん、ちょっとかけてみただけ。じゃあ」と切れる。後朝(きぬぎぬ)
の便りという訳か。たいした手管と感心する。
それから一週間後、私はユリの会社に電話をしてみた。ユリは出たが、私の
誘いに応じもせず、切り捨てもしない。私は自分の情動を鎮めにかかる。
ユリはユリの人生を。私は私の……
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