#4889/7701 連載
★タイトル (UYD ) 97/ 1/19 20:29 ( 28)
雑談日記 KEKE
★内容
前の続きだが、よく考えると、歌い続けているうちに、だんだんへたに
なっていくというのは、べつにへんでもなんでもないことに気がついた。
要するに才能というものは、そういうものだろう。最初へたで、だんだん
うまくなり、やがてピークに達して、やがて衰えていく。いかなる才能
といえど、このコースをたどる。このコースをたどらない、すなわち
ある技術水準をずーっと保ち続けているとすると、それは才能というより、
技能とか技術とかいうべきものであって、少なくとも芸術あるいは才能とは、
かなり違うものだろう。
とくに歌の場合、特殊なところがある。同じ歌をずっと歌い続けていく
わけだから、歌ううちに違う歌いかたをしたくなるときがあるらしい。
時代にあわせて、あるいは自分の心境にあわせて、歌いかたを変えていく
べきか、それとも当初の状態のまま歌うべきか。おおむね、ひとは当初の
状態のままを歓迎するらしい。やはり時代の記憶、自分の記憶と違う歌を
聴くのは違和感があるかららしい。しかし、歌手からすると、自分の心境の
まま違う歌を歌いたくなるのもわからんではない。でも、変えるとたいてい
変なのになるんだよな。妙に音程をずらしたり、悪達者になった歌いかたを
したり、まず良くなったという例はない。
それと、前にも書いたが、歌というものは、うまければいいというもの
でもない。うまいへたより、どれだけその歌に自分の感情をのせて歌える
かというほうが大事だ。ま、それができるのがうまいという、といわれれば
それまでだが。でも、うまいとわれる歌手は、ただ発声がうまい、声がでる
というだけで、気持ちがはいってない場合が多い。自分でもうまさに幻惑
されてしまうのだろう。それくらいなら、新人が初々しく、一生懸命
歌っているときのほうが、よっぽど聞き手に心が伝わったりする。
歌ひとつとっても、いやはやなかなか大変だ。