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★タイトル (RAD ) 96/ 3/13 23:37 ( 87)
レディア・サーガ =第一章(4)= 悠歩
★内容
ラルム達が人垣を分けて前に出ると、地に伏した若い娘が、男に踏みつけられてい
た。
その会話から男は商人で、娘はその商品を盗もうとして捕まったらしい。
「あの子、かわいそう………」
そう言ったリアの顔を見て、ラルムは改めて一杯の水の力を知った。
一時は死人と変わらぬ顔色をしていたリアだったが、先程水を口にしてからは、少
しずつ紅みを取り戻しつつある。
もちろん、完全に元気を取り戻すには、充分な食事と休憩が必要では有ろうが。
「助けてはあげられませんか?」
「いや、この街にはこの街の決まりが有るのだろう。余所者が無闇に、口を挟む訳に
は………」
ラルムは途中で言葉を止めた。
「お兄さま、あれは」
リアもまた、それに気付いたらしい。
二人の視線は、男が娘の胸元から引きずり出したペンダントに向けられていた。
「事情が………変わったな」
死への恐怖が無い訳ではない。
だがこの卑しい男共に、媚び諂う事をシンシアのプライドが許さなかった。
もちろん、盗人などをしているシンシアの方にも負い目は有る。が、それ以上にこ
の男達が汚い商売をしている事を、シンシアは知っていた。彼らから盗むことは、シ
ンシアにとって正義であった。
だから、ここで命惜しさで男共に頭を下げる事は、自らの正義を否定する事と同じ
に思われたのだ。
しかし堅く目を閉じ、自分の頭が地に転がる場面を思い浮かべた時、恐怖のあまり
泣け叫びそうになった。そして、嘗て父親同様だった人物の最期の言葉が頭を過ぎっ
た。
「どんな事が有っても、生き抜け」
だが、その言葉にこれ以上従うことは出来そうにない。
振り下ろされる剣の風を首筋に感じた瞬間、シンシアは死が現実の物になったと思っ
た。
その直後、頭上で大きな金属音が聞こえた。続いて剣が地に刺さる音と、他の何か
が落ちる音が聞こえ、シンシアは自分がまだ生きている事を知った。
恐る恐る開けた目には、シンシアの首を斬り落とす筈だった剣が、地に突き刺さっ
ているのが映った。そして、やや離れた所に金貨の詰まった袋が数枚をまき散らした
状態で、落ちていた。
「だ、誰だ」
叫ぶ男の声には、明らかに狼狽の色が見えた。
シンシアの首を斬り落とす筈だった剣に、飛んで来た何かが当たってはじき飛ばさ
れて、パニックに陥っている様だった。
「その娘、俺に譲ってはもらえないか?」
野次馬の輪の中から、一際目立つ戦士姿のラルムが現れ、男の恐怖は増長されたの
だろう。
「な、なん、なんだとぅ」
声を振るわせながら、それでも必死に虚勢を張ろうとしていた。
「ア……アニキ………金、だ」
男が振り向くと、巨漢の相棒が地面にばら捲かれた金貨を拾い集めていた。
「ど、どけ」
金貨に気付いた男は、相棒の手から袋ごと金貨をひったくり数え始めた。
「ひい、ふう、みい、よ………十五、十六………すげぇ」
「どうだ、それでは不服か?」
ラルムに声を掛けられ、男は一瞬びくりとしてから、まだ地に両手をついたままの
シンシアの首に下がるペンダントを、ちらっと見た。
或いはあのペンダントには、この金貨以上の価値が有るかも知れない。だがそれを
手に入れたところで、金に換えるのは難しいだろう。今時、装飾品に高い金を出す余
裕の有る者など、そうそう居るものでは無い。
それにあの戦士、かなり腕が立ちそうだ。
男は実のところ、剣の腕前はたいした物では無かったが、相手の技量を見抜くこと
には長けていた。
だからこそ、汚い商売をしながら今日まで生きて来れたのだ。
ここはこの金貨でシンシアを売ってしまうのが得策。男はそう判断した。
「よござんす、これで手を打ちましょうや」
途端に腰を低くした男は、卑屈な程の笑みを満面に湛えた。
「いえね、私だって本気でシンシアを………おっと、この娘の名前ですがね、首をは
ねる気は無かったんですよ。毎度毎度悪さばかりするんで、ちょいとばかりお仕置き
をしてやろう、と思いまして。
けどねぇ、ご覧になってた事と思いますが、この通り頑固な娘で。この後どうした
ものかと、考えていたところなんですよ。
お見受けしたところ、戦士様はかなりの人格者のようで。
どうやら旅の途中のご様子。ならばご存じないかも知れませんが、このザッカの街
では盗人は捉えた者がその身柄を自由に出来る、って決まりが有るんですよ。
ですから今、シンシアの身柄は私の物なんですがね………戦士様の並々ならぬ熱意
を感じました。喜んでシンシアの身柄、お譲り致しましょう」
身振り手振りを交えて、男は一気に話した。
「商談成立………だな」
そう言うとラルムはシンシアの元に歩み寄り、右腕を掴むと半ば強引に立たせた。
「痛い、痛てぇな、この野郎。あたいをどうするつもりだ、放せ」
シンシアはその腕を振り解こうと抵抗した。だがラルムは全くそれを意に介さず、
シンシアを引いて行った。
第一章(5)へ続く