#4576/7701 連載
★タイトル (GSC ) 95/12/ 5 22:11 (200)
言葉の違いエピソード
★内容
1 英語と日本語
同時通訳の草分け 西山千氏の話を、人づてに聞いたことがある。
人類が最初にロケットで月に着陸した時のこと、それがアポロ何号であったのか、
月面に降り立った宇宙飛行士が何という名前であったのか、私はそういうことを記憶
するのが苦手な人間であり、また、固有名詞を調べながら文章を書くという労力をい
とう質の男である。故に、以下の文章が、どの程度正確な話であるのか自信はない。
しかも、会話をしながらの説明ならともかく、文章で微妙な言い回しを表現するのは
難しく、はたして雰囲気を何処まで分かってもらえるものか疑問である。
ということで、本論に入る。
(1)
私は西山千氏の同時通訳を聞いて、大いに感服したものだが、後日、西山氏が反省
ぎみに語ったという次の話は、さらに恐れ入るものだ。
宇宙中継で、
「月の様子はどんな風だい?」
と、地球側から聞いてきて、それに答えて宇宙飛行士が、
「アア、やっぱりチーズで出来てたよ」
と応答したが、あれはいかにもアメリカ風のユウモア(ギャグ)であった。あの場
合は、瞬時に判断して、
「アア、兔が餅をついてるよ」
と通訳すべきであった。
(2)
このところ、私の妻は、ビデオの操作法を覚えたと言って喜んでいる。つい先日も、
ビデオで録画した音声多重のテレビドラマ『大西部女医物語』を見て、なかなか勉強
になるものだと感激していた。
以下はその話であるが、若干の粗筋を書いておいた方が理解しやすいと思う。
ある白人が、鹿と間違えてインディアンを鉄砲で撃ち殺してしまった。
誰も見ていないと思って逃げたのだが、目撃していたインディアンがいて、色々と
悶着が起きた。
やがて、インディアンの側で、その白人ジェイクをさらって行き、白人の方では軍
隊の出動とかなんとか、事件が大きくなりそうになった。
幸いにも、仲介に入ったサリーという白人の骨折りや、インディアンの酋長の取り
なしによって、丸く治まる方向となったが、その条件として、殺されたインディアン
の妻子のために、加害者のジェイクが全財産を差し出すということで決着をみた。
町から馬で運んで来た財産を引き渡した後、ジェイクが帰ろうとすると、仲介者で
ある立会人のサリーが腕時計を指さして、
「時計は?」
と言い、
「こいつは銀だぜ」
と、ジェイクはシブシブその時計を差し出した。
すると今度は、
「指輪も」
と言われ、
「これは親父の形見なんだ」
と言ってみたものの、やはり差し出すしかなかった。
ジェイクが馬に乗ろうとすると、立会人のインディアンが、その馬を指さすので、
「町までどうやって帰れって言うんだ」
とジェイクは言ったが、
「キープ ザ シューズ」
と言われて、とうとう馬もおいていくことになった。
さて、ここの所のせりふを音声多重の録音で聞いてみると、次のようになるのであ
る。
「ウォッチ」
「シルバー」
(中略)
「町までどうやって帰れって言うんだ」「キープ ザ シューズ」
この Keep the shoes と言う箇所を、翻訳者は実に見事に訳している
のである。すなわち、
「靴までは取らない」
これを、
「靴は残しておいてやるよ」
としたのでは、日本語らしい感じが出ないであろう。
翻訳者というものは、実に鋭い反射神経と、多彩な表現力を持った人でなければな
らないことを知らされる。
私の大好きな『アルプスの少女ハイジ』や『大草原の小さな家』は、その原作もさ
ることながら、翻訳者の素晴らしいセンスの賜物なのである。
ビデオのテレビドラマは、次のようなシーンで終っている。
馬も無くしたジェイクに、主人公のドクター(女医)が、自分の馬車をスタートさ
せながら、
「乗って行く?」
と進めると、ジェイクは、
「No, Thank you.
と断ったが、ここをテレビではなんと訳しているだろうか?
「イヤ、けっこうだ」
しかし、これではまだ表現が不十分である。
「歩いて行く!……。」
そう言って、ジェイクがポケットに両手をつっこんで歩き去って行く後ろ姿を、画
面に写しながら、物語は幕となるのであった。
2 名古屋・東京・札幌の言葉
私は愛知県の刈谷市(三河地方)に生まれ、名古屋の盲学校に15年・東京で2年・
札幌で11年を暮らし、現在は名古屋に戻ってきている。
だから、4種類の方言を知っている筈だが、あまり上手に使うことはできない。
(1)
中日新聞の名古屋弁関連のコラムか何かで読んだ(正確に言えば、読んでもらった)
話である。
横浜だったか、駅のプラットホームのベンチに貼り紙がしてあって、
「かけないで下さい」
と書いてあった。
名古屋人の筆者は、そんな危ないような腰掛けを何故置いておくのか不思議に思っ
たものだが、それは
「ホームを走らないで下さい」
という意味だったのである。
名古屋地方では、走ることを「かける」とは、決して言わない。
(2)
私の息子が東京に就職して、会社の寮に入った。
最初の晩に、寮長(管理人)から色々な説明があって、その時の話である。
各部屋の扉の外には名札が掛けて(ぶら下げて)あり、それを見せながら管理人が
説明するには、
「外出から帰ったら、必ずこの名札をかえす。」
手に持った名札を裏返しにしながらの説明だから分かったが、名古屋弁で「かえす」
というのは、借りた物を返却する時だけなのである。
(3)
これは実際に在った話ではないと思うが、例えば、会社で上司に向かって、
「なんだか今日はえらそうにしてますね!」
などと言おうものなら、大変なことになりかねない。
名古屋弁で「えらそうにしている」というのは、「体がだるそうに見える」という
意味なのであるが…。
(4)
札幌盲学校に勤めていた頃、遠足の途中、担任の女子生徒が私に、
「先生、わたし今朝から腹んばいが悪くて…!」
と言うので、
「何か悪い物でも食べたんじゃないのかい?」
と心配したが、
「違いますよ。腹具合が悪いんじゃあなくって、はらんばいが悪いって言ったんです
よ!」
と言うのであった。
私はその時意味がよく分からなかったが、要するに札幌弁で、「面白くなくて腹が
立つ」ということを、「はらんばいが悪い」と言うのである。
(5)
一般に、世の親たちは、自分の子供を育てるに当たり、上の子供に期待をかけて厳
しく教育するのに、下の子供になるほど諦めの心境になって、しだいに甘くなってい
くものである。
私の場合もその例外ではなく、結果的に、長男が一番しっかりしていて、まともに
育ったような気がしてならない。
その長男が小学校2年生くらいの時、市民歩け歩け大会に参加して、確か札幌の手
稲山を歩いたことがあった。
途中に崖があって、息子が
「こわい!」
と言ったので、私は息子をきつく叱ってたしなめた。
「これくらいの距離を歩いたくらいで、こわいなんて言うようでは情けないぞ」
「お父さん、違うよ。崖から下を覗くとこわいって言ったんだよ」
と息子が言ったが、私はてっきり札幌弁の「こわい(くたびれた)」という意味で
そう言ったのかと思い、息子のひ弱さをたしなめたのであった。
(6)
次のは、北海道旅行の折りに、バスガイドから聞いた話である。
ある観光地で、バスから降りて休憩している時に、
「すみません、このくずをそちらのごみ箱に投げて下さい」
と頼んだところ、そのお客さんが本当にごみを投げたので、びっくりしました。内
地(本州)では、投げるって言わず、捨てるって言うんですよね!
そういえば、東京などで「ほおる」と言うのを、名古屋育ちの私が「ほかる」と言
って、よくそれを指摘されたものである。
(7)
赤ちゃんに用いる「おむつ」のことを、三河地方では「むつき」と言う。また、
「おしめ」と言う呼び方もあるが、千葉県出身の同僚に、「むつき」と言ったら、全
く通じなくて、説明に随分時間がかかった記憶がある。
(8)
以下は、妻が実際に経験したことである。