AWC 飛龍輝光伝 2−1   島津義家


        
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★タイトル (AZA     )  95/11/30  15: 6  (155)
飛龍輝光伝 2−1   島津義家
★内容
        〈十〉

 セレナは馬車の中で、相変わらず身を固くしていた。その顔には緊張よりも
疲労の色が濃い。
 深夜に突然城を出てからまる一日が経ち、再び夜の闇があたりを覆っている。
それまでの時間のほとんどを馬車の中で揺られ続け、しかも回りには自分に好
意的ではなさそうな者しかいない。疲労するのは当然だった。
 セレナは隣に座るゾルムントを見た。その表情からはその心は何も読み取れ
ない。ほんのわずかな疲労すら見えなかった。
(これからどうなるんだろう……)
 セレナは、今まで幾度となく繰り返した疑問を脳裏で巡らせた。しかし、や
はり答えらしきものすら見いだせない。自分の行動が現状を変えられる可能性
が低すぎた。
 馬車の中で、ゾルムントはセレナに対し、必要最小限の事しか喋らなかった。
今も、一刻は黙り続けたままだ。その沈黙がセレナの精神を少しずつ痛める。
 セレナにとってわずかな慰めがあるとすれば、それは彼女の横に侍女のティ
ア=ラーンバークが座っていることだろう。セレナと同い歳か、それより一つ
年下と思われるティアは、セレナに対して敬意を払いつつ、親しく話しかけて
くれたのだ。それによって、セレナはかろうじて精神の均衡を保つことができ
た。
 闇の中、セレナを乗せた馬車は十騎余りの騎乗騎士に護衛されつつ、森を抜
ける道に差しかかっている。
(今日はあとどれくらい馬車に乗っていればいいのかしら?)
 馬車の窓から見える景色によって森に入った事を知ったセレナは、そんなこ
とを考えていた。その質問をゾルムントに投げかける気にはならない。どうせ、
何も答えてくれないに決まっているからだ。今日一日で、それははっきりと思
い知らされていた。
 昨日は結局、二刻足らずの間、立ち寄った農家で眠っただけだった。恐らく
は今日も同じように、出来るだけ時間を取らず、先に進むつもりなのだろう。
 森の中から、鳥の鳴き声が聞こえた。山育ちのセレナには聞き慣れた……い
や、今までに彼女が聞いたどの鳥の鳴き声とも、それは微妙に違っていた。
 しかし、疲労と緊張と睡魔に神経を奪われていたセレナはそれに気付かなか
った。

「来た」
 ランディール帝国情報部第一課課長・ゴウ=エイジャーは木の幹にその姿を
溶け込ませて、騎士に護衛された馬車の姿を視界に捉えていた。
 鳥の鳴き声に似せた警告の合図はすでに最も東側にひそむ戦闘員によって発
せられた。エイジャー率いる二十名の戦闘員は皆、彼と同じように木々の中に
ひそみ、攻撃開始命令を待っている。
「頃合いだ」
 エイジャーは指を唇にあてた。

 甲高い音が森の中に響く。鳥の鳴き声はいつの間にか聞こえなくなっていた。
「床に伏せていろ」
 ゾルムントが突然言った。
「え、なに……?」
 半分眠っていたセレナが聞き返したが、ゾルムントはそれに答えず、扉の前
に立った。「いいから早くしろ! ティア、お前もだ」
 それから一拍おいて何かが空気を切り裂いて飛来した。馬車の右側面の扉が
打ち抜かれて、ちょうどそこに立っていたゾルムントの左腕に食い込む。
「!」
 それは弓矢だった。しかも、相当な剛弓。扉越しでなければ腕を貫通してい
ただろう。そんな剛弓をまともに扱える者はそう多くない。野盗の類でないこ
とは明らかだった。
「敵襲−−!」
 アドリス騎士団の一人が叫ぶ。その叫びが終わらぬうちに、火矢を含めた無
数の矢が両側から降り注いで来た。
 セレナとティアは、抱き合って悲鳴を上げた。
「死にたくなかったら、ここにじっとしていろ」
 ゾルムントはそう言い放つと、警護の騎士を連れて馬車の外に飛び出した。
 次々に矢が馬車に突き刺さる。その中には火矢があり、ゆっくりと馬車の外
板を燃やし始めていた。
「このままここにいたって、丸焼けになっちゃうじゃないのよ!」
 今なら逃げ出せるかも。そんな考えがセレナの脳裏に浮かぶ。しかし、襲っ
てきた敵も自分を狙っているのかも知れない。もしそうだとしたら、外に出た
途端に命がない。
 外では斬り合いの音と、騎士達の喚声が聞こえてくる。勝っているのか、負
けているのか、それすら判断できない。
 次第に火が回り、車内に煙が立ち込め始めた。セレナはたまらず、ティアの
手を引いて外に飛び出た。その頃には襲撃はほぼ終わっていた。敵味方共に数
名の死傷者を−−敵方は死者だけを残して逃走していた−−発生させていた。
「無事か?」
 ゾルムントが相変わらず憮然とした表情でセレナに聞いた。
「ええ。なんとか」
 煙で痛くなった目をこすりつつセレナは答えた。足に何か触れる。
「−−!」
 セレナはただならぬ悲鳴を上げて立ちすくんだ。頭を輪切りにされた敵兵の
死体が転がっているのが月明かりの元に見えていた。
「龍の子ともあろう者が、この程度で悲鳴をあげるようでは困るな」
 眉一つ動かさずにゾルムントが言った。自身も腕を負傷しているのにもかか
わらず、相変わらず表情には何の変化もみられない。
「だって、こんなひどい−−」
 そこまで言って、心理的影響によって与えられる肉体的影響が限界に達した。
セレナは喉にこみあげてくる、表現しがたい感覚に耐えかねて反射的に口を押
さえた。
「吐くなら向こうの木陰でしてくれ」
 ゾルムントが指差して言った。セレナは意外な気遣いに驚きつつ無言でうな
ずき、駆け出した。
 セレナの姿が木々の向こうに消えたのを見届けてから、ゾルムントは足元の
死体を観察した。装備から見て、ランディールの特殊工作員であることは間違
いなかった。
「くそっ、連中、こっちの動きを手に取るようにつかんでやがる」
 ゾルムントが低く呻く。彼の怪我に気付いたティアが傍らに駆けより、傷の
手当をし始めた。その途中、彼女も地面に転がる死体に気付いたが、声ひとつ
上げない。
 その代わりに、
「あのぅ、龍の子を独りにしてよろしいのでしょうか?」
 と遠慮がちに尋ねた。彼女はセレナの見張り役も命ぜられていたのだ。
「心配ない。まともな頭の持ち主なら、夜中にこの森を独りで逃げようなどと
考えるはずもない」
 ゾルムントの言うとおりだった。セレナは一度は逃げようと思ったが、見知
らぬ森の中を当てもなくさまよう事の恐ろしさを考えると、結局おとなしくゾ
ルムントの元に戻らざるを得なかった。
「危なかったな」
 もう一両の馬車から降りてきたコリンズが言う。平気そうな顔をしているが、
その声はわずかに震えている。
「この程度の攻撃で、王子と龍の子を失う訳には参りませぬから」
「それにしても、何故攻撃があると判ったのだ? この森に入る前に、そなた
がそう教えてくれたおかげで、損害は最小限で済んだのだが」
「簡単なことです。自分が敵でも、この辺りが奇襲に最も適していると判断し
たでしょうから」
「なるほどな」
「それに、鳥の鳴き声で情報を伝達するやり方は、私のような職業のものには
常識です。敵が来ることさえ判っていれば、装備の水準がものをいいます。鎧
をまとった騎士を相手に、短刀一本ではあまりにも無謀」
「そうか。それにしても、助かった。連中はまた来るだろうか?」
「それは、何とも言えませんな」
 ゾルムントは、敵の隊長らしき男と交戦して、相手に深手を負わせた感触を
思い返していた。隊長を殺せたのであれば、あるいは。虫が良すぎるかも知れ
ないが、彼はそう思わずにはいられなかった。何しろ、龍の子を失っては、バ
ルメディに未来はない。

「課長! しっかりして下さい!」
 生き残った戦闘員の一人がエイジャーの耳許で喚く。
「あ、ああ……」
 左胸に深い刀傷を負ったエイジャーが虚空に視線をさまよわせる。木の根を
枕に横たえられた彼の回りには、十人足らずの彼の部下がとりまいている。再
集合地点に戻ってきたのは、作戦開始前の半分以下だった。
「何故、失敗したんだ、何故、龍の子を仕留められんのだ……」
 エイジャーは苦しげに呻く。激しく咳き込み、血の固まりを吐いた。もう長
くないことは誰の目にも明らかだった。
「これから、命令を、伝える」
 戦闘員達は無言でうなずき合い、彼の遺言にも等しい彼の言葉を待った。
「ゾム、貴様はすぐに情報部に戻り、この事を伝えろ!」
「この事……?」
 副課長のゾム=ドーウェルが聞き返す。
「第一課の隊員は龍の子暗殺に失敗、一人残らず戦死した、とな」
「ですが」
「俺たちがしくじった事を知れば、ギシンの野郎は、俺たちを役立たずよばわ
りして、作戦を中止させる。そんなことはあってはならん。作戦は、絶対に完
遂されなければならんのだ」
 そこまで一気に言うと、再び血を吐く。
「自分も、そう思います」
 ドーウェルの返事に、エイジャーはかすかにうなずいた。
「……だから、お前たちは極秘に作戦を続けろ。それからゾムは、第二課にく
っついて行動しろ」
「判りました」
「貴様等! 最後の、一人になっても、作戦を完遂せよ。命に、替えてもな…
…!」
 エイジャーはそう叫ぶと、がっくりとうなだれた。彼の目が開かれることは
二度となかった。


−−続く




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