AWC 吉外信報40               大舞 仁


        
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★タイトル (XVB     )  95/ 9/15  23:49  ( 96)
吉外信報40               大舞 仁
★内容

地獄の思想
 地獄とは、本当にあるものではなくて、生きている人間が悪いことをすると地獄
に落ちるのだよという考え方と(よいことをすれば天国に行けるとの対極)、その
人の持っている影ではないかと思います。趣味的に『神曲』(地獄)をちらほらと
探し出してみましたから、紹介します。

 『神曲』 ダンテ作
 御存じ、ダンテの『神曲』なのですが、この作品、地獄・煉獄・天国でもっとも
生彩・描写が面白いのは地獄の章です。宗教の極楽、天国がいくら綺麗に書きあら
わしても、それは綺麗なだけで迫力にかけてくるのは、絵に書いた餅だからです。
その点、地獄が迫力を持っているのは、地獄が人間の根本的に嫌悪すべき場所でも
あり、人間の深層に持っているSM心をくすぐっているからなのです。

 ダンテの地獄の構想は、地球の中心から逆円錐状(天にとどろくバビルの塔と逆
です。この穴は天使だったルシファーが落下したときにできたものだと言うから、
ルシファーとはいん石のような奴だったのでしょう)の九層からなり、深くなるほ
ど罪が重くなっています。

  地獄を見物するためには、深い眠り(霊魂が眠るのは中世では罪)に落ちて暗い
森に入り、豹(肉欲)、獅子(傲慢)、狼(貪欲)の三匹の獣にあって、案内して
貰わなければなりません。ただしこれらの獣に案内してもらだけならよいのですが、
獣たちは、生まれついての酷薄無道、すごく邪悪で、罪深い性質でがめつい欲を満
たしたことさえなく、食ったあとでも、食う前よりがつがつしていますから、とき
たまよそ者を痛めつけ、食い殺してしまう恐れがありますから注意が必要です。

 三匹の獣に案内してもらうと、地獄の門が見えてきました。最初の地獄の門は昔
キリストのおじさんが押し入った(痛くしちゃいやよん)ところですから、門とい
っても門はありません。そのかわり有名な立て札があります。
 『我(門のこと)を過ぎれば憂いの府に、我を過ぎれば永遠の悩みに、我を過ぎ
れば滅びの民に。正義 わが崇き造主をうごかし、神の権威と、いや高き智と 原
初の愛、我を創りぬ。我に先んじて、永遠なるもののほか 創られしことなく、我
は無窮につづくものなり。一切の望みを捨てよ 我を入る者』
 観光客を喜ばすために、生活者はとても大変な苦労をしていると書いているので
す。

 この門に入っていってから、早くもため息、泣き声、喚き声が聞こえてきます。
聞きなれぬ言葉に、神をけがす語り口、うめきの言葉、怒りの叫び・・・この人た
ちは、生前そしられず、ほめられもせず、一生過ごしてきた人、神にあらがいもせ
ず仕えもせず、自分たちのことを生きてきた平凡な人たちなのです。その姿は、生
まれたままの姿で、大蝿や蜂に酷く刺されていて、顔から血と涙が筋となり混じり
あい、足元で蛆虫がうようよと吸って生きています。
 面白い描写ですが、これはアケロンテの川(仏教でいう三途の川)ですらまだ渡
っていない、序の口なのです。

 アケロンテの川を船頭カロンに頼んで渡ると、そこはもう第一圏です。ここの住
人はため息だけ吐き、泣き声はないところです。それもそのはず、ここには地獄名
産の責苦の刑がないのです。未受洗の者や、有徳の異教徒、キリスト教が生まれる
前に生まれた人、紀元前のよい人が住みつきます。
 キリスト教の立場から見て、他の宗教に絡んでいる人はすべて地獄落ちになって
しまい、この清廉潔白であるわたしでさえ、地獄落ちになってしまうのが少し気に
くわないのですけど、ここでは何も言いません。

 第一層を過ぎると第二層です。死者はミノスの前に出て、罪を告白しなければな
りません。ミノスは、自分の尾を自分の身体に巻いてどこの地獄に落とすかを決め
てくれます。優柔不断の人にはとっておきの場所ですね。
 ここの住人は、色欲者、つまりすけべをした人が住むところなのです。魂は、烈
風に懲らしめられてひぃひぃ言っています。生まれてから死ぬまで、すけべをしな
い者ははたしているのでしょうか。

 第三層は、貪欲者、大食らいが住み着きます。そこでは、たゆみなく降る冷たい
雨、その雨の量も振り方も永遠に変わることはありません。大粒の雹や汚れた水、
暗黒の大気から流れ込む雪、大地からは悪臭が漂っています。その上、三つの喉か
らわんわんわんと吠えたて、血ばしった目と、黒い脂ぎった体毛とはちきれる腹、
鋭い爪のある手を持っている名番犬ケルベロス君が、死者たちに爪を立て、皮をは
いで八つ裂きにしてくれてます。

 第四層は、りん薔者(ケチ)、消費家(ケチの反対)が住み着きます。怪物プル
ートス君がいると書かれているのですが、プルートスはギリシャ神話のハーデスの
ことでプルートス君がどんな怪物に変わっているのかよくわかりません。りん薔者
は、ほどほどに財を費えなかった手合い(よい人になる前のクリスマスキャロルの
主人公のような人か?)と、消費者はその反対です。頭を剃った坊主、法王や枢機
卿が多いのが特徴です。さてお楽しみのSMシーンですが、これは渦巻いて砕ける
ように、人は円舞を踊りながら、渦をつくっていなければならないほど難解なもの
なのです。なんのことかよくわかりませんけど、そうガイドブックには書いてある
からそうするしかないのです。他の方法では、ケチとケチの反対は、重たい荷物
(金貨の袋)を胸で押して転がす。そして地獄の境目に来ると、殴りかかっては、
「貯めやがって」、「費いやがって」と怒鳴り喚いているのです。

 第五層は、憤怒者(喧嘩屋)が住み着きます。ここは、ステイジューという名の
沼、そこはまったく泥だらけにならなければなりません。泥んこになっては、よっ
てたかって喧嘩屋たちは引き裂きあいます。興奮してくると手でなぐりあうだけで
は足りず、頭や胸をぶつかりあい、ついには蹴りまで入れてしまいます。
 怖いところですね、でも、安心してください。観光客は泥の中に入らずに、舟に
乗って渡ります。

 舟にのって、しばらく行くとディーテの府の入り口につきます。門の上には、何
千という影(悪魔)が雨のように天から墜ちてきますから、これは見物です。

 第六層は、異端者(宗派ごとにその宗徒は一緒にいる)が住み着きます。墓と墓
の間には、鍛治屋もこれほどは鉄を焼けないほどの物凄い焔が吹き出し、墓の中に
まで焼けきっています。熱さのために墓の蓋はことごとく持ち上がって、中からは
痛ましいうめき声が聞こえるということは、墓の中に住人がいるということでしょ
う。

                           次回に続く 大舞 仁




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