AWC 「飛龍イオリス」2−3   坂東利悠紀


        
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★タイトル (QFM     )  95/ 8/27  21:30  ( 64)
「飛龍イオリス」2−3   坂東利悠紀
★内容
 半月を少し過ぎた、明るい二つの月が照らす雪明かりの中、そこだけ切り
抜いたように黒く聳える北前衛峰を仰ぐと、やがてその足元に、見慣れた小
さな灯が見えてきた。
 −おやっさん、心配してンかな・・・。
 家のある高台の下に単車を止め、窓から零れている灯を見上げると、俺は
何だか胸が傷んだ。だけど、十年間繰り返し固めてきた決心だ。ここで揺る
がすわけにはいかない。
 俺はエンジンを掛けたまま単車を降りると、足音を忍ばせて戸口まで登っ
た。
 暖炉の中で薪がはぜる音がする。組頭は銃の手入れをしているに違いない。
 窓に寄り、分厚いカーテンの隙間から部屋の中を覗き込むと、案の定、テ
ーブルの上は使い込まれて黒光りしている部品で一杯だった。
 たった5時間離れていただけなのに、妙に懐かしくて、俺は危うくジェフ
の言ったことを忘れそうになった。
 あと3分。
 俺は覚悟を決めると、懐かしい窓を離れた。つもりだったが、突然目の前
に火花が散った。
「痛・・・・」
「ありゃ、何やってんだルゥジィ」
 どうやら組頭が開けたドアにぶっついたらしい。角の根元を押さえながら
起き上がると、心配そうに覗き込んでる組頭の顔があった。
「お、おやっさん、俺・・・・」
「何やってんだ。早く入れ」
 だが俺は、全ての思いを振り切るように大きくかぶりを振った。
「おやっさん、俺、掟を破る」
「な・・・・」
 俺の切り口上に、組頭は一瞬当惑したようだったが、俺の腕を掴むや否や、
耳鳴りがするほど張り飛ばした。
「なんて奴だ! 俺のやり方が間違ってたとでも言うのか!?」
「そうじゃない! 俺はフィロルを捜しに行きたいんだ! あいつは生きて
る。絶対に!!」
「おまえは・・・・」
 口の中か切れたらしい。血生臭い味が口ン中に溜ってくる。
 組頭は腕を離すと、深い溜め息をついた。
「諦めろ、ルゥジィ。いや、おまえの気持ちは判らんでもない。だがな、皇
帝陛下を裏切るような事はするもんじゃない。ハードゥラの戦のとき、この
村の者はみんな陛下のために戦ったんだ。今でもみんな陛下に忠誠を誓って
る。まして、おまえの親父っさんは皇帝付きの近衛・・・・」
「死んだ奴より、生きてるかもしれない奴のほうが大事だよ! それに俺は
俺だ。親父じゃない!」
「ルゥジィ!」
 飛び出そうとした俺の腕を組頭が捕まえたとき、村外れから地響きにも似
た轟音が響いてきた。隊商の艦、リュンクスのエンジン音だ。何のことだか
判らなかったが、きっとジェフの言ってた「ヤバいこと」が起こっちまった
に違いない。
「御免。おやっさん、御免よ!」
「ルゥジィ!!」
 俺は組頭の腕を振り払い、坂を駆け降りて単車に飛び乗ると、呆然と立ち
尽くしている組頭を一度だけ振り返り、スロットルをブチ開けた。
 村外れの停泊所に近付くに連れ、風の中の雪片の量が増えていく。やがて
城塞のような陸上船の全容が望めるところまで飛ばしてくると、濛々たる雪
煙を上げながら谷へと滑り出して行く巨大な艦の側から、ジェフの単車が飛
び出して来た。
「悪ィ! この艦は!?」
「ネルが舵を取ってる。急げ! おまえの密航と戦艦のことがバレた!」
「ンな・・・・」
 ホバリングのレバーを引き、谷へ飛び込む寸前に振り向くと、治安隊がホ
バークルーザーのライトを連ねて凄いスピードで追ってくるのが見え、同時
に遥か下では巨大なエンジンが、その咆哮を谷中に轟かせた。
 −もう後には退けない。
 俺は、固まり切った決心を突き崩そうとする思いを振っ切るようにエンジ
ンを吹かすと、谷底の深い闇の中をゆっくりと滑り出した船影に、微かに点
る小さな灯を目掛けて降下していった。





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