AWC 「飛龍イオリス」2−1   坂東利悠紀


        
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★タイトル (QFM     )  95/ 8/27  21:14  (182)
「飛龍イオリス」2−1   坂東利悠紀
★内容
 奈落の底まで続いてんじゃないかと思うほど深い谷だ。おまけに霧まで巻
いて来やがるし・・・・。
 まだ着かねぇのか。と、スピードを上げたとき、目の前を岩とは違うもの
が掠めたような気がして慌てて上昇すると、俺は思わず息を呑んだ。
 暮れ掛かった陽が山々に遮られ、一層淡くなった光に映し出されているそ
れは、明らかに人造そのものと判る洞窟から、船首だけを出している巨大な
艦だったのだ。
「こいつは・・・・一体・・・・!」
 変わった形の艦だ。艦橋から船首へ向かって二股に分かれた甲板の間に、
飛龍の爪のような巨大なラッセルが鈍い光を放っている。
 その甲板の上に、にーちゃんたちの単車を見つけると、俺は慌ててその隣
に着地し、単車を降りると、口を開けたままのだらしない顔のまま、瞬きも
せずに巨大な岩の天井を見上げた。
 艦だけでもリュンクスの倍はたっぷりある大きさなのに、それが余裕で入
るような洞窟だ。一体誰が、いつ、何のためにこんな奇妙な場所に、こんな
デカい艦を隠したんだろう。
 俺はここにある全てのものに圧倒されるばかりで、自分が何のためにここ
に来たのかさえ忘れそうになったが、艦橋の根元から呼ぶジェフの声で我に
返ると、思わず奴に駆け寄っていた。
「ジェフ! 何なんだよ、これは・・・・! 何でこんなとこに艦なんか・・・・」
 ジェフはすぐには答えず、口元に悪戯っぽい笑いを浮かべると、勿体ぶっ
たように腕を組み、艦橋を仰いだ。
「こいつはアークの艦さ。先代の権利を買い戻したんだ。苦労したぜ」
「一体何の艦なんだ? 隊商のにしちゃデカ過ぎるし・・・・。第一、形が・・・・」
「ああ。こいつは戦艦だからな」
「あ、それで・・・・。えぇ? 何だって!? 戦艦ン!?」
「そ。戦艦」
 −じょーだんじゃないッ!!!
「だ、だって戦艦なんか、ハードゥラの戦の時に全部廃棄されたって聞いた
ぜ! それが何で・・・・。第一、皇室の許可なしにこんなもん動かしたら治安
隊が・・・・」
「はっはっはっ」
 人が心配してるってのにジェフの奴、豪快に笑い飛ばすと、腕組みをほど
きながら親指を立て、口元に不敵な笑いを浮かべて言った。
「皇室だの治安隊だのが怖くっちゃ、隊商は勤まらねぇぜ」
「・・・・・・・・」
 呆気にとられてる俺になんぞまるで構わず、ジェフは「来いよ」と合図す
ると、半開きになっているドアに手を掛けた。と、その時だ。
「やい、てめぇらッ!」
 不意に叩き付けられた威勢のいい啖呵に振り返ると、俺と幾らも違わない
年格好の野郎が、いつの間にか止まっていた単車を背にセミオートを構えて
いた。
 この辺じゃ見掛けない奴だ。村の者じゃねぇな。
「何か用か?」
 ジェフが聞き返すと、奴はそれが気に障ったらしく、ジェフの足元に一発、
威嚇射撃を喰らわした。
「何か用かってのはこっちの台詞だ! おい、あんた、俺たちのヤサに用な
ら挨拶してからにしてもらいてーもんだな」
 やれやれ。気障な言い回しにしちゃ決まってねーな。こいつ、下手すりゃ
俺より年下か。
 そう思いながら改めて見てみると、緑色の直毛と薄茶色の角が、辛うじて
奴の面立ちを大人げに見せているだけで、向こうっ気の強そうな目付きは餓
鬼そのものだった。
「そいつは済まねぇな。だが、こいつは俺の艦だ」
 答えたのはにーちゃんの声だった。銃声を聞きつけて出てきたらしい。振
り向くと、奴を見下ろすような目付きで立っているにーちゃんがいた。
「何だと?」
「ハッタリじゃねぇぜ。権利証もある」
 にーちゃんはゆっくりと奴に歩み寄ると、懐からアモルファスメタルのカー
ドを取り出し、奴に投げた。
「権利証?」
 奴はカードを手に取ると、銃を慌ただしく納め、カードの裏に書かれている
文句に目を通し、叩いたり振ったり曲げたりして偽造でないことを確認し始め
た。
「どうした。それで納得したか?」
 ジェフの呆れ返ったような言い種に、奴が大きな溜め息をついたときだ。
「エレム!」
 女の声だ。どうやら奴の名前らしい。奴に倣って洞窟の外に目をやると、
単車らしい影が二つ、こっちへ向かって凄いスピードで降りてくると、鋼鉄
の甲板から火花が散るほど単車の腹を滑らせ、何とも大げさな荒っぽさでも
って、エレムと呼ばれた餓鬼の側へ止まった。
 一台は栗色の髪の、十歳そこそこの餓鬼。もう一台は・・・・。
「あ、あんたは・・・・」
 一瞬、俺の脳裏に、少女の胸で震えていた仔鹿の顔が浮かんで消えた。
「ふン。あン時の・・・・」
 彼女は闇そのものの艶を放つ黒髪を鬱陶しそうに翻すと、あの時と同じ、
人を馬鹿にしたような目付きで俺を眺め回した。
「いい度胸してンじゃん。猟師風情が山賊にお礼参りかい?」
「え? だってあんたは山賊に浚われて・・・・」
「あっははは・・・・」
 彼女は、俺の言葉を遮って弾かれたように笑うと、小悪魔の微笑みでもっ
て俺をねめつけた。
「あたしゃ「闘龍のリン」って名で、山賊としちゃちょっとは売ってるつも
りなんだけどね。猟師風情にアヤ付けられたとあっちゃ・・・・」
 言いながら奴はゆっくりと銃を抜くと、俺ではなくにーちゃんの胸へ照準
を合わせ、軽くしゃくった。
「失せな! さっさとね。あたしゃ気が短いんだ」
「な・・・・」
 −なんて奴!
 美人だと思って下手に出りゃ付け上がりゃーがって・・・・。とんでもねぇ阿
婆擦れ・・・・!!
「変わった知り合いが多いな。ルゥジィ」
「し、知り合いなもんか! こんな性悪の女狐なンか・・・・」
「誰が性悪だってェ!? あんた、あたしに喧嘩売ろうってのかい!?」
「面白ぇ。買ったろーじゃねーか!」
 と、勢い込んで腕を捲り上げたとき、リンと名乗るその女は、さっきのエ
レムとかいう餓鬼に肩をつつかれ、「何よ、邪魔する気?」と言わんばかり
の目付きで振り向いたが、目の前に権利証のカードを突き付けられると、き
ょとんとして目をしばたたかせた。
「え・・・・?」
 エレムは肩を竦めると、指先でカードを弾いて見せ、にーちゃんに投げた。
「奴さんたちの艦なんだと」
「じ・・・・」
「十五年前にここへ隠しといたんだとさ」
「冗談じゃないよ!」
 叫ぶや否や、降ろし掛けた銃を構え直すと、リンはドスの利いた声で捲し
立てた。
「十五年もほったらかしにしといたくせに、今頃やって来てなんだってのさ!
ここはねぇ、あたしらが山賊として育った場所なんだ。あたしらの棲家なん
だよ! それを隊商風情がなんだってェの? 洒落臭いったらないね!!」
「だったら、これからは堅気に暮らすんだな」
 にーちゃんは静かな声で一言決めると、俺とジェフに艦橋のドアへと顎を
しゃくり、奴らに背を向けた。
「待ちなッ」
 リンは慌ただしく銃を納めると、「姐御」と止めかけたエレムに構わず、
にーちゃんが振り向くより早く、その行く手に駆け込んだ。
「あんたが頭領かい」
「そうだ」
「その男前で何人の女を騙してきたか知らないけどね。あたしにゃ通用しな
いからね。覚えときッ」
 誰もそんなこと思っちゃいねーだろーが。などと思いながらも固唾を呑ん
で見守っていると、にーちゃんは何を思ったのか、凄い目付きで睨んでいる
リンの、華奢な顎に手を掛けた。
「な、何を・・・・」
「この艦から離れられないのなら一緒に来ればいい。俺たちはこれで都へ向
かう」
「・・・・・・・・」
 にーちゃんの口調は相変わらず冷たいが、リンはなぜか黙りこくってしま
った。
「誰に仕込まれたか知らないが・・・・銃の構えも安定してる。隊商として役に
立たん事もない」
 そこまで聞くと、リンは心做しか頬を染めて、にーちゃんの手を振り払う
ように俯いた。
「ジェフ、ルゥジィ!」
 唐突にいつもの調子で呼ばれた俺たちは、立ち尽くしているリンなどお構
いなしに脇を擦り抜けたにーちゃんに続いて、艦橋の根元のドアをくぐった。
 一瞬の暗闇に慣れると、ドアからすぐは格納庫だと言うことがぼんやりと
判った。にーちゃんは艦橋へ上がってったらしい。
 薄暗い常夜灯と、じぇふの持つ懐中電灯に微かに照らし出されているのは、
多分、ハードゥラの戦のときのホバークルーザーの残骸だろう。錆びた鉄の
匂いと、黴の匂いが鼻を突いた。
 通路を少し行くと、果てしなく続く階段を下り始めた。
 時々、錆びた金属が崩れる音がして、厚く積もった埃が舞い上がる。電気
系統の修理が終わればエレベーターが使える。と、思い出したようにジェフ
が言ったときだ。
「おーい、ちょっと待てよォ」
 遥か上の方で息も切れぎれに呼ぶ声がしたが、見上げても真っ暗で顔は見
えなかった。多分、あのエレムとか言う餓鬼だ。
 あの野郎、まだ文句があるってのかよ。
「ジェフ・・・・」
 先へ行こうとジェフをせっついたが、奴は「まぁまぁ」とでも言うように
俺を制すると、懐から煙草を出して火を点け、奴らが追いつくのを待った。
「よぉ、おっさん」
 以外と早く追い付いた奴の声を振り仰ぐと、奴はリンの後ろにくっついて
いた茶色い髪の餓鬼と一緒に、階段の一段上の手摺から身を乗り出して俺た
ちを見下ろしていた。
「どうした」
 少し大きめの声でジェフが聞くと、奴らは転げ落ちるように階段を降り、
俺たちに駆け寄った。
「あ、あのさ・・・・」
 奴は乱れまくった息を無理矢理整えるように二・三度慌ただしく咳込むと、
やっとの思いで一言言った。
「あんたら・・・・ほんとに都へ行くんか?」
「あ?」
「あ・・・・いや、この艦、動くんか?」
 エレムの問いに、なぜか苦笑気味の表情でジェフが肯定すると、奴らは目
をまン丸くして顔を見合わせた。
「ほんとに!?」
 餓鬼が急き込むように念を押す。
「ま、修理すればの話だがな」
「ほんとのほんとにか?」
 エレムは言いながらつかつかと歩み寄ってくると、ジェフに掴み掛かった。
「あ、ああ。まぁな」
「面白い。手伝おう」
「おし」
 エレムもエレムならジェフもジェフだ。俺は二人の安易さ加減に頭痛を覚
えた。
「おまえ、身変わりが早いな」
「順応性にたけていると言ってくれ」
「そーかそーか。はっはっは」
「こいつはディノ。俺の弟分だ。よろしくな」
 の、脳天気な・・・・。




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