#1267/1336 短編
★タイトル (MMM ) 00/ 6/11 11:34 ( 80)
暁に祈る
★内容
三船敏
郎
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第1章
『今夜は寒いのだろうか?』
片足を鎖に縛られ、動くことが鎖の長さ1m程にされながら、自分は思った。友のた
め、自分が罪を被り、こうして木に括られている。夜気はだんだんと本物になりつつあ
るようだった。足下から冷えを感じ始めていた。
それにしても俺たちの隊は偶然にこんな大変なところに運ばれたのだろうか? 他の
隊は何処に? そこでもここと同じ刑があっているのだろうか?
もしかしたら他の隊は日本にもう帰っているのかもしれない。
ーー寒さに苦しみながら自分は、そんなに考えていた。ペニスが凍傷でやられて、根本
だけになり、そうして小便をしている人を何人か見てきた。シベリアは寒い。暑い地方
に戦争に遣られたかった。
く怖がっているこの残酷な刑に自分から志願して成る者はたしかに今まで誰も居なかっ
た。
今、自分だけは『南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経』と唱え続けている。寒さに耐え
るには、自分にとっては題目の方がずっと良い。
『神風よ、吹け。』と自分は念じていた。冷気が暖気に変わらないことにはペニスが凍
傷を起こし、この刑になった人全部がそうであるように、自分のペニスも千切れ落ちて
しまう。
『神風よ、吹け。』
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第2章
丸裸にされ凍れる地面に横たわりながら僕は思った。『今夜、死ぬかもしれない。日
本のお父さん、お母さん、ごめんなさい。』
故郷には父と母が居る。父と母の老後を看てやらなければならない。ここまでとても
苦労して育ててくれたのに、お父さん、お母さん、ごめんなさい。
その拷問の責任者はソビエト共産党幹部のアンドレアノフであり、アンドレアノフの
監視下で拷問が行われる。どのような拷問が行われるかは、生きて帰ってきた人が数人
しか居ないため、自分は知らない。
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寒い。今夜は寒い。『神風よ、吹け。』神風が吹かないことには今夜はいつになく寒
く、凍死を免れることは無理なようだった。
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足から冷たくなってきた。自分も暁どき、今までの他のこの刑にあった人たちのよう
に、暁どき、日本の母を思い、祈るような姿をし、そのまま死んで行くのだろうか?
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第3章
番人のなかで最も穏和な高齢な番人が言っていた。
その老番人はそう言って怒りで手を震わせていた。
----マルクスやレーニンのときは良かったようだ。今は悪人がこの国を支配しているよ
うだ。善人ぶった悪人がこの国を支配している。
少しでも共産主義に批判的な言葉を言うと、反逆者として拷問にかけられる。何処に
スパイが居るのか簡単に筒抜けになってしまう。
番人は続けて語った。
共産党の幹部はどうしてこんなに悪知恵に長けているのかとときどき思うが、それは
宗教否定に由来するのではないかと思える。そして共産党員には冷血の冷たさというも
のがある。その冷たさはその宗教否定に由来すると思う。
心の冷たい幹部の存在は末端の党員の共産主義への理想と情熱を消失させる。若い入
党したばかりの特に心根の美しい党員はそういう幹部の存在を知り、理想と現実のギャ
ップに悩み、やがて共産主義への情熱を消失して行く。
そういう失望と落胆を抱え、私のところに相談に来る若い共産党員は非常に多かった
し、今も多い。
(附記)
戦争ほど残酷で悲惨なものはない、という思いでこれを綴った。これは実話であり、
この実話の原本となるものが大空社より出版されている反戦出版シリーズに有る。実際
はもっと残酷で悲惨だったものとも思える。有賀藤市;著となっている。
このシベリア残留捕虜の悲劇は必ず語り繋がれて行かねばならない。戦争は絶対に起
こしてはいけないことを語り継いで行かねばならない。
また昭和57年頃読んだその小説のコピーでも欲しい。何方かその小説が掲載されて
いる雑誌を持っていれば、そのコピーを送ってくれたらこれほどの喜びはない。何年の
発行の雑誌にどのような小説が掲載され
ていたかが記載されている本で調べても何故か見つからない。共産党により他の人の目
に触れないように処分されたのか、解らない。
/e
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