AWC お題>祭り>血   永山


        
#1244/1336 短編
★タイトル (AZA     )  00/ 1/29  11:27  (200)
お題>祭り>血   永山
★内容
「誠に僭越至極でございますが、敢えて上奏します……おやめになるのが賢明
と、愚僧は存じます」
「何を言うかと思って、楽しみに聞いておれば――ははははっ!」
 カロンの意見には常日頃から耳を傾けてきた王ユーリアであったが、今回の
申し出には笑わずにはいられなかった。
「異郷の出のそちも知っておろう。戦まえ、武神に生け贄を捧げて血祭りを行
うのは、我が国の古よりの習い」
「それは拙僧の故郷リクスンにおいても同じであります」
「ならば、此度に限って、何故反対をする? 血祭りの習いを守り、今まで勝
利を重ねてきたことを、そちは何とする」
「これまでとは異なる点があります。それが気になるのです。生け贄が……」
 声を潜めるカロン。王は「他に誰も聞いておらん」と、先を急がせた。
「生け贄には敵の命を用いてこそ、我らがムア国軍の志気も高まりましょう。
拙僧の見る限り、生け贄に選ばれたあの者は間者ではありません」
「馬鹿を申すな」ユーリア王の語調が初めて厳しくなった。
「アヤメは間者だ。間違いはない」
「あの者がかつてフレアンの商人と恋仲であったからでございますか」
「そうだ。それだけではない。あの女め、我々に隠れて、鳩を飛ばしておった。
フレアンへ我が国の秘密を流していたのは疑いようがない」
「度々の分を越えた上奏をお許しください。拙僧が気付かぬだけかもしれませ
んが……証拠が見つかっておりません」
「証拠ならあるではないか。フレアンの男と昔関係を持った、鳩を飛ばしてい
た。これ以上の証拠なぞいらん」
「鳩を諜報道具に用いた証拠がございません。文をしたためた紙片が結ばれて
いたのならともかく、素の鳩を空に向けて放していただけでは……」
「カロンともあろう者が、紙に書くだけが伝達の手だと? それこそ笑止!」
「情報を漏らすには恐らく、鳩に細工をせねばなりますまい。捕らえた鳩の腹
を掻き割くまでして、怪しむべき点は何ら見られず、また、アヤメの身辺から
某かの暗号変換具が出て来た訳でもなし。さらには、調査によれば、当のフレ
アンの商人はすでに亡くなったと報告が上がってきております」
「あの商人は小者。いくらでも代わりがいるに違いない。如何にして情報漏洩
をなしたか、必ず暴いてみせよ。それこそカロン、そち達の役目であろうに」
 カロンは僧でありながら参謀の一人として、軍事に携わっている。主に新兵
器の開発や作戦の立案を任務とするが、その職柄から、大陸各地の因習にも通
じており、土着の部族への取り入り方を助言できる立場にもある。
「そこを問われては、お合わせする顔がありませんが……拙僧の調べた限りで
は、情報漏洩はなく、アヤメに罪は――」
「聞き飽きたわ」
 カロンの台詞を覆い隠すように王が吐き捨てる。口をつぐんだカロンを横目
でじろりと見据え、ユーリア王は人差し指を立てた。
「仮に、だ。仮にアヤメが間者でないとして、では一体誰が生け贄になるとい
うのだ? 適当な者がおるか?」
「それは……」語尾を濁すカロン。
 血祭りでは、敵国の人間を生け贄にする。いなければ、敵国に通じた罪人で
代わりとなす。敵の血こそ、同胞の志気を高める最上の供物である。
「いっそ、カロン、そちが生け贄になるか?」
 にやりと笑う王に、カロンは完全に口ごもった。
「血祭りは明日、予定通りに執り行うがよい。異存はあるまいな?」

 陽が山向こうへ傾き、夕闇がはびこる。やがて世界は全くの黄昏時を迎えた。
 祭儀場では篝火が四隅に配され、ゆらめく熱気が陽炎となって取り囲む。群
衆の正面には神殿があり、その両袖には正装をした老楽師が居並ぶ。単調なリ
ズムながら優雅な音色が空間をたゆたい、人々の心の透き間に染み入る。
 祭儀場中央には、角張った柱が黒い曇り空に伸びていた。
 一人の女性がその柱の根元にくくりつけられている。真っ赤な衣にくるまれ、
首から上だけが見える状態で立たされているアヤメ。すでに酒と薬の力で、意
識は朦朧としているはず。その証拠に、虚ろだった眼差しは白目を剥いており、
半開きの口の端からは涎が滴っている。痛覚も失われたらしく、手足に極めて
細い剣を通されても、血が流れ出るばかりで喚きはしないでいる。
 手強い敵のイメージ――剣で貫かれてもうめき声一つ漏らさず、愉悦の表情
をなす――をこしらえ、民衆の危機感を煽り、儀式はクライマックスを迎える。
 この度臨む戦のムア国軍総大将を任じられたセレンティノが、見事な羽根飾
りの儀式用武具を身にまとい、大地を掴み取るような足取りで現れた。実戦に
は即さない大ぶりの剣がすでに抜かれている。それを片手で高く掲げ持つと、
群衆の悲鳴のような歓声が、一挙に湧き起こった。歓声は上昇気流に乗って、
竜巻にも似た怪物のごとく天へと向かう。
 セレンティノが剣にもう片方の手を添え、顎先まで刃を引き寄せると、場の
喧騒は一転して静寂となる。軽く両目を閉じ、ときを計る様子のセレンティノ。
 火が風に揺らぐ音がした刹那、セレンティノは目を見開き、激しい剣舞を始
める。優美さよりも力強さ。羽根飾りの映える回転動作は少なく、目立つのは
剣術の型稽古めいた動き。生け贄を威嚇し、牽制するかのように、円を描く。
 舞いに合わせて群衆の興奮が高まり、静寂は再度喧騒へと変わる。楽師の奏
でる調べもいつしか激しいものになっていた。興奮の雪崩現象に拍車を掛ける。
 最高潮に達した瞬間、セレンティノは磔にされたアヤメへ、大股で一歩踏み
出し、剣を突き出す。そして、剣を持つ手をやおら返した。
 と同時に首が飛ぶ。アヤメの首が、血を撒き散らしながら宙を行き、地に落
ちた。赤い軌跡が、残像として焼き付く。
 多人数の雄叫びのような叫声が爆発した。勝った勝った! 我が国の勝利は
間違いなし! ムア国は永遠なり!
 セレンティノは悠然と引き下がり、代わりに野獣の毛皮をすっぽり被った男
が現れた。その黒っぽい塊は、血に染まった地面をのそのそと進み行くと、切
り落とされたアヤメの頭部を拾い、半人半獣の化け物となって踊り狂う。踊っ
て踊って、やがて倒れ伏してしまう。これから戦う敵国の者共は醜悪で無能な
化け物に等しい、何ら恐れことはない――その象徴である。
 最後に、アヤメの首と胴体が火中に投じられ、血祭りは幕を下ろした。

 火蓋を切った戦において、ムア国は敵国フレアンを圧倒した。装備や人員は
互角と予測されたこの戦争は、食糧の調達並びに物資の供給経路確保が要とさ
れた。ムア国の参謀らは事前の情報の収集と分析に力を入れ、フレアンの不作
を見越していた。充分な勝算あってこその宣戦布告である。
 しかし、ここに来てムアの大部隊の中に奇妙な噂が広まりつつあった。髪の
長い女の霊を見たという者が次々に現れたのだ。目撃した者の話によると、そ
れは真っ赤な衣服を身に着けており、表情には夢見るような笑みを浮かべてい
る。首には黒い筋が一本、真横に走っているらしい。追い掛けるとふわりふわ
りと逃げ出し、一瞬の間に夜の闇に消える。逆にこちらが脅え、逃げると、得
体の知れぬ嫌な香りの煙を吐き散らす。
 当初こそ一笑に付す者がほとんどであったが、目撃者の増加につれ、単なる
噂話で収まらなくなり、生け贄とされたアヤメが悪霊となってさまよい出たの
だと言われるようになるまで、さほど日時は要さなかった。そしてついには戦
闘への参加を渋る兵が出る始末。このまま放置しておけなくなりつつあった。
 ある夜、参謀格の四名が額を突き合わせて、天幕の中で談義を重ねていた。
「さて、どうしたものですかな」
 参謀の一角を占めるカロンが首を傾げてみせた。
「血祭りが逆効果になってしもうたようです」
「その考え方は短絡に過ぎるではないかな、カロン殿」
 チットーが顎髭をしごきながら、苦言を呈する。
「兵士の中に臆病風に吹かれた輩が出たのは、残念なことだ。だが、あの血祭
りは間違いなく皆の志気を高めた」
「拙僧は結果から後先を論じているのでしてな。物事の転がりの正負を計れば、
今でこそ正が優っているようであるが、これから先は徐々に負が増え、やがて
逆転するかもしれん、と」
「これ以上臆病者が出てたまるか」
 兵士出身のチットーは片膝を立てると、心外だとばかりに肩を怒らせた。唾
の飛沫が髭に引っかかるほどの勢いだ。
「早く決着するに越したことはない」
 ノヴァーズが落ち着いた声で意見を述べた。
「事実、予測よりも攻略に時間を要しておる地域もある。カロン殿の見方が当
たっていようがいまいが、戦が長引けば兵士達の志気が落ちるのは必定」
「これしきのことは茶飯事だ。まだまだ高ぶっておりますわ」
 チットーは弁舌の矛先をノヴァーズにも向けた。
「少々長引いたくらいでは、志気が落ちたりはしない」
「兵の心をよく知るチットー殿の見方だ、拝聴に値しよう。しかし、貴殿言う
ところの臆病者どもはどうする?」
「奴らは……」
「部隊から切り離すがよろしい」
 ワンツが太りじしを揺らしながら、笑顔で提案した。
「噂に侵された輩を部隊の中に放っておくと、健常な者にまで次々と伝染する
ね。ここは人員を減らしてでも、部隊の志気を守ることが大事よ」
「アヤメの悪霊を見たと申す者の人数は、すでに相当な割合に上っとりますが、
大丈夫ですかのう」
 こけがちの頬を撫でながら、カロンは恐る恐るといった風に告げた。打ち消
したのは、チットーだった。
「それくらい、問題ありませんな。私はワンツ殿の意見に賛成を表しましょう。
切り離した連中は、直々に再教育を施してやる」
「いや、仮に悪霊が実在するなら、切り離しても無意味。原因を見つけて摘み
取らねば、真の解決は訪れますまい。悪くすれば、戦況が逆転するような……」
「カロン殿がお立場上、悪霊の存在を信じるのはご自由だ」
 笑いをこらえるかのようにチットー。
「私とてそれくらいは理解できる。しかし、この最前線にまで、そのような世
迷い言を持ち込まないでいただきたいですな。ここまで来れば、戦うのみ」
「戦う相手は敵国人に限りませんですぞ。悪霊は兵士の心に住み着くだけに、
たちが悪いのです」
 カロンの言に首を振り、肩をすくめるチットー。
「そういうカロン殿こそ、何かにとりつかれたのではないですかな? 戦に出
て以来、やせ細っていくようにお見受けするが。わはは!」
 平行線を辿りそうな空気を汲み取ったか、ノヴァーズが割って入る。
「ここはひとまず、兵士を分けようではありませんか。戦況が好転すればそれ
でよし、効果が上がらぬか、後退するようであっても、臨機応変に対処するだ
けの余裕が我が方にはある。いかがかな、カロン殿?」
「承知しました、ノヴァーズ殿。ただ、拙僧の希望を一つ聞いていただきたい」
 求められたノヴァーズはチットーとワンツの顔色を窺ってから、カロンに対
してうなずいた。
「原因の究明を行いたいのですよ。具体的に申せば、切り離されたいわゆる臆
病な兵士達に、あれこれ聞いて回りたいと思っております。お三方に比して経
験の乏しい拙僧が今、役立てるとすれば、これくらいのことでないかと」
「私には異存ないが」
 再びチットーとワンツを見やるノヴァーズ。
 ワンツは退屈そうにあくびを噛み殺し、むにゃむにゃと曖昧な声で答えた。
「かまいませんよ。私も悪霊とやらが実際におれば、面白い。この度の噂の正
体が掴めたら、すぐにでも教えてもらいたいものですわ、はっはっはっ」
「そうさせていただきましょう。チットー殿はどうです?」
「こちらからも条件を出させてもらいますぞ」
「何なりと」
「万一にも戦の成否に関わる火急の事態を迎えたときは、たとえ臆病者どもで
あっても駆り出さねばならない。調査を名目に兵役を解く訳ではないというこ
とをご確認願いましょうかね」
「無論、お約束します。拙僧の力で、臆病者でない兵士に仕立て直せたら、こ
の上ないのですがね」
 カロンは満足した風に請け負った。

 新型の荷馬車に駆け寄り、身を潜めたのはカロン。辺りを伺う。乏しい月明
かりの下、手には革袋が二つ。遠くでは、今夕の勝利を祝う宴がささやかなが
らも催され、にぎやかな声が風に乗って流れてくる。
 カロンは問題なし判断し、荷馬車の後輪、その車軸を覆う木箱の板を四度叩
いた。乾いた音のあと、数秒して、板が表向きに開く。本来、扉ではない物が
開き、そこにできた空間からは細身の女が蛇か蛞蝓のような動作で、滑り出た。
「ご苦労。今日の分だ」
 革袋を与える。女は紐を使い、髪を後ろでまとめてから、革袋の口を解いた。
中身は食糧。乾物ばかりだが、量だけは充分ある。もう一つは飲み水だ。
「今しばらく、辛抱してくれ」
「何も辛くはない」
 女の声は潰れて、嗄れていた。見た目の若さと大きなずれがある。
「ムア国打倒のためには、たいていのことを耐えられる。それよりも、こんな
芝居でムアを倒せるのかという疑問を打ち消せない。カロン、いつなのだ?」
「昨日までに、悪霊の存在を信じた兵士全員に、さらなる暗示をかけた。これ
からはおまえが姿を見せずとも、幻覚を見る者が出て来る。全兵士数の半数を
超えるまで、幾日もないであろう。半数を超えれば雪崩現象を起こし、混乱は
全軍に広がる。そこへ私が手をほんの少し加え、自壊させる」
「頼んだぞ。事の正否はあなたにかかっておるのだから」
 女は素早く食事を済ませ、箱の中に静かに戻った。
「案ずるな。私に任せてくれ」
 カロンは低い声で、しかし力強く言い切り、奥歯を噛みしめた。
(今が絶好の機会なのだ。我らが故郷リクスンが、フレアン国とは姻戚関係に
あったことも忘れ、リクスンの出である私に参謀の役目を負わせる。勝利のた
めには、自国の民ですら理由をこじつけて、生け贄とする……ムア国は今、増
長の極みにあるのだ。この度の大敗をきっかけにユーリアには地獄を嫌という
ほど味合わせ、最後に血祭りに上げてくれる!)
 のどかで陽気な宴の喧騒が途切れた。代わって、崩壊の足音が聞こえてきた。

――終




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