#1198/1336 短編
★タイトル (AZA ) 99/ 6/29 20:12 ( 80)
僕の家を穢さないでほしい 永山
★内容
「俊ちゃん、この人が新しいお父さんよ」
お母さん、これって何？ 新しいお父さんなんて、ドラマじゃないんだから。
日常生活で人の吐く台詞かしら。冷静になって考えてみてほしいな。
「こんにちは、俊太郎君。お母さんから聞いてるかな？ 僕は角谷良介と言う
んだ。まずは……よろしくっ」
右手を出してきた。何がしたいの？ 握手？ じゃあ、予習不足だね。僕が
左利きだってことを、お母さんから聞いてないんだ。
「あら、まあ、この子ったらはにかんじゃって。無口なのはいいとしても、人
見知りはねえ」
「初対面から嫌われたらたまらないな。――俊太郎君。とりあえず、挨拶代わ
りに、プレゼントを持って来たんだよ。受け取ってくれるかい」
もらえる物ならもらうよ。
「君、小学生なのにパソコンの腕前、凄いんだってね。インターネットなんか
もばんばんやってるって。それで、僕はその手のメーカーに勤めててね、こう
いうのはどうかな」
日本語が支離滅裂だ。けれど、大きな紙袋から取り出した物は、僕の揚げ足
取りを封じるのには充分だったよ。うん、いい点を突いている。
物をもらったら、お礼を言うのが礼儀。
「ありがとう」
「気に入ってくれたかい？ よしよし。もし分からないことがあったら、僕に
何でも聞いてくれ。まあ、いきなり打ち解けてくれなくてもいいから、ぼちぼ
ちとね」
分からないことなんてないよ、多分。でも、せいぜい利用させてもらおうか
な。亜、できれば次はソフトの方もほしいんだ。学校で自慢できるしね。
「それじゃ、俊ちゃん、もういいわ。これからお母さんと角谷さんは、大事な
お話があるの」
分かってる。何でも話しててください。僕は部屋にこもって、この思わぬプ
レゼントをしこしこセットアップして行くから。
「こちらへいらして」
お母さんたら、仏壇のある部屋に通しちゃったよ。いいのかなあ。
僕の新しいお父さんになった人は、ちょうど三ヶ月目に、交通事故で亡くな
りました。
お母さんは丸一日泣き明かしたあと、元通りになった。全てを忘れたみたい
に静かに。
けど、表面上だけね。通夜とか葬式とかで大変だったから。その忙しい日が
過ぎると、またしばらく沈んでたよ。
二週間ぐらい経った頃、僕が学校から帰ってくると、お母さんは口を押さえ
てうずくまっていた。さすがにね、僕も子供だから、最初は単純に考えた。肉
体的精神的疲労が折り重なって、気分悪くなった挙げ句に吐きそうになってい
るんだなと。
違った。あとで知ったことだけど、つわりってやつだった。
僕の弟ができる訳だ。あれ？ 「僕の弟が」か、「僕に弟が」か、どっちが
正しいんだろ？ まあ、どっちでもいいや。
あ、その前に男か女かまだ分からないんだっけ。これもどっちでもいいんだ
けど。
とにかくお母さん喜んでた。あの人の子供ができる、あの人の血は生き続け
るんだわ、って。ふーん。
喜んでたけれど、それと同じくらい凄くつらそうだったんだよね。子供がお
腹の中にいる事実が、逆にあの男を思い出させるみたい。死んでも迷惑な存在
だなあ。
それでさ、僕、家事を手伝うことにしたの。掃除、洗濯、買い物……何でも
したよ。できる範囲でね。ただ、料理だけは一生懸命、無理してでも手伝った。
そう、毎晩。休みの日なんか、朝も昼もだよ。
「ありがとうね。俊ちゃんは本当にいい子ね」
お母さん、感激しちゃって、お小遣いの金額を上げてくれた。僕も急にお金
が入り用になってたから、ありがたく受け取った。お年玉を貯金した分、これ
以上切り崩したくなかったもんな。
え？ お金を何に使ったかって？
ちょっと薬をね。
ネットワーク社会ってこういうとこ便利。僕みたいな子供でも大人みたいに
振る舞えるし。英語を訳すのが面倒なのを除いたら、世界中の情報を入手可能
だと思う。
あ、それで今日やっと説明書を訳し終わったんだけど、この薬、毎日服用さ
せる必要はなかったみたい。妊婦はほんの少しでも飲むと、胎児に悪影響が出
る可能性がある、とか書いてある。
ちょっと無駄なことしたなあ。もったいない。料理の手伝いだって、一回き
りでよかったんだ。でも、大は小を兼ねるって言うし、いいよね。たくさん飲
ませた方が確実。
薬の名前？ ｔｈａｌｉｄｏｍｉｄｅって書いてあるよ。読み方は知らない
けどね。
生まれてくる日が楽しみだな。お母さん、どんな顔をするだろう？ きっと
僕の方がかわいく見えるはず。
それともさ、生まれる前に教えてあげようかな。お母さんの食事に、これ、
入れておいたんだって。
中絶っていつまでなら間に合うんだろ。調べてみなくちゃ。教えるのは、中
絶できなる時期よりも……フフフ。
――終
