#1179/1336 短編
★タイトル (AZA ) 99/ 3/ 7 2: 2 (101)
お題>言えなかった言葉>スタンドバイミー 寺嶋公香
★内容
※『そばにいるだけで』未読の方には意味が通じません。お含み置き願います。
その日の朝刊に、相羽の死亡記事は小さく載った。
多少知名度があったので写真入りで報じるところもなくはなかったが、家族
の意向で全般的には年齢と職業、死因に触れただけの目立たない扱いだった。
同じ日。
純子は自らの腕枕に頭をうずめていた。
周りの友人達が「もう泣くのはやめなよ」と声をかけてくれるが、そんな彼
女らもまた目を赤くしていた。
(こんなのって……ないよ)
慰めの言葉もなくなった頃、純子は目だけをゆっくりと起こした。焦点を合
わせるでもなく、前方をただ見据える。
(急すぎる。急すぎて……ううん、違う違う。急じゃなくっても、あらかじめ
分かっていたとしても、こんなこと……とても受け止められない)
不意に、思い出がよみがえる。何故かしらカラーと白黒が入り混じった、し
かし鮮明な映像で。
食事中の仕種や、元気に走り回る姿が浮かんだ。
ほんの一瞬、微笑ましくなる。けれどもそれは束の間で脆く消え去り、死と
いう名の現実が覆い被さってきた。
(どうして死んじゃったのよっ。これからだったのに)
再びうつむこうとしたが、中途でストップ。肩に軽く手を触れられた。
「純子。お葬式、行こう」
井口だった。彼女は目こそ普段通りのようだが、声が裏返ってしまっていた。
「もう時間?」
机に伏していた上体を起こし、純子は時計を見た。髪の毛をかき上げる。間
違いなかった。
外に出た。足取りが重い。歩くのがつらく感じられるのは、初めての経験だ。
お葬式に集まったのは、ほとんどが女子ばかりだった。
「純ちゃん、大丈夫?」
富井が駆け寄ってきた。いつもの明るさが陰って、トーンが安定していない。
「ん……まだショック残ってる」
純子の答に、富井はうんうんと同調した。
「当然よねぇ。あんな、死んでるところ目撃しちゃったんだから」
「まあ、それもあるかもしれないけど。やっぱり、生き物が死んでしまうのっ
て、ちょっと耐えられなくて。生まれて間もないあの子達が、かわいそう……」
純子は視線を横に向けた。その先には、同じクラスの数人が作ったお墓――
うさぎの――があった。小さな小さな墓標の下には、お椀の形に盛られた土。
クラス全員で飼育してきたうさぎが永遠の眠りについている。
「お祈りしようっ。届いて!」
涼原純子、小学五年生のときのお話。
心の中に相羽信一という存在は、まだない。
* *
信一は布団をはねのけ、上半身を起こした。
辺りを見回す。意志とは無関係に肩が上下する。呼吸の荒さが、いやになる
ほど伝わってくる。
(――夢? また)
部屋の中は真っ暗だった。
(何日経ったと思ってるんだ。畜生、こんなに泣いて、まだ足りないか)
父である相羽宗二(そうじ)の声を聞いたような気がした。いや、間違いな
く聞いた。夢の中だったとは言え、あれは確かに亡き父の声。耳に残る音は、
記憶とぶれなく重なる。
目元に指を当てると、涙の乾いた跡がまだ分かるようだった。
「父さん」
声の方はまだ元通りになっていなかった。喉が砂漠化したかのごとく、から
からに乾いている。少々の水分では追い付くまい。
信一は両手で目をこすり、そして覆った。夢の中での父の言葉が鮮明に蘇る。
(『母さんを頼む』……なんて……)
こらえた。
目頭が熱くなるのを。身体が震えるのを。叫びたいのを。一生懸命こらえた。
父が亡くなってからしばらくは一人で眠れず、母に添い寝してもらっていた。
だがある晩、真夜中に目が覚め、隣に眠るはずの母の姿がなかったことがあ
った。母を求めてすぐに寝室を出た。自分でも何故そうするのか理由は分から
なかったけど、息を殺し、足音をひそませて。
そして、寝室から最も遠い部屋で静かに涙する母親を見てしまった。
次の晩から信一は自分から言って、また一人で眠るようになった。
母に心配を掛けたくない。母が泣いている姿を見たくない。そんな想いでい
っぱいだった。
(母さんのことを頼まれたって……僕……無理かもしれない)
唇を噛みしめる。知らず、布団の端を強く掴んでいた。
元気な父を見た最後になった朝。もし虫の知らせが働いて、「行かないで」
と言えていたら――何百回、何千回と後悔した。
(あの朝は言えなかった。じゃあ、今、父さんから頼まれた僕は、何て答えら
れるんだろう……?)
全く根拠もなしに、「分かったよ。任せておいて」と答えることは、信一に
はできなかった。もう少し年齢が低ければ無邪気にそれで済んでいたかもしれ
ないし、もう少し年齢が高ければ己をだます術を知っていたかもしれないが。
(分からないよ。僕に頼むぐらいなら、自分で守れよ、父さん!)
心中、そこまで叫んで――閃いた。それは一気に確信めいたものになる。
(父さんは母さんより先に逝ってしまうことを悔やんでいる……。母さんを守
る人がいなくなるのがたまらなく心残りなんだろうか?)
自分自身に置き換えてみようとした。
だが、自分にはまだ好きな女の子がいないと気付き、少なからず戸惑う。い
きなり、手探り状態になった。
だが、信一はしばらくしてから首を横に振った。
(いる。僕にもいる。好きな子)
小学一年生の頃、父親に連れて行ってもらった恐竜&化石展。あのとき、短
い間だけど一緒にいた女の子が好きだ。だから迷子になりかけても、あの子の
笑顔が消えないように、全力で“守った”。名前も分からない相手だが、今で
も忘れられない。記憶に深く刻み込まれている。
信一は、少女を思い描いた。念じるようにして。
(あの子を守れなくなったら、僕は……)
父の気持ちが少しだけ理解できたと思った。
「分かったかもしれない」
相変わらずがらがら声だった。だが、しっかり言い切った。
続きは天国へ向けて。
(父さん。僕が母さんを守る。頼りなくて安心できないかもしれないけれど、
僕の精一杯を応援してて!)
−−おわり