AWC お題>流れ       青木無常


        
#1176/1336 短編
★タイトル (EJM     )  99/ 2/28  10:30  ( 67)
お題>流れ       青木無常
★内容

    運命の神アフォルのこと

 アフォルは人と神とこの世界に生きるあらゆるものの運命をつかさどる。白瞳の
老人の姿をした運命の神はその四つの手のひらの上に幸運と悲運、偶然と宿命をさ
さげもち、すべての世界をくまなく照らす目は、右に慈悲を、左に暴虐をたたえて
いる。無数の口は極彩色の吐息をつきつづけ、芳香から悪臭までのあらゆる臭気と
なって世界にちらばっていくという。
 運命の神のかわたらには、つねに三人の侍童が立っている。そのうちのひとりが
たずさえる奇怪なかたちの壺のなかには、喜怒哀楽その他のあらゆる感情が詰めこ
まれているという。もうひとりは巨大な袋をかついでいるが、そのなかにあるのは
美徳である。汚物をつめこまれた肉袋からなる人間が頽廃と悪徳に堕してゆくのを
防ぐために、アフォルは袋のなかから美徳をわしづかんでふりまき歩くのだ。この
世界に神々がおとずれたとき、袋ははちきれんばかりであったが、いまやその中身
は残りすくない。すべての美徳が使いはたされたとき、世界には背徳の黒い闇が噴
きだしてすべてのひとびとは絶望と後悔に苦悶するのだといわれている。
 満面をつつむ白髪のひとつひとつに世界の命運がきざみこまれ、終滅のときには
その白い髪がすべてぬけ落ち塵となって消え失せる。
 アフォルはおのれをふくむあらゆる神々の命運をもつかさどるが、おのれ自身の
ゆくすえを左右にできるのかはだれも知らない。

    時の神ガルガ・ルインのこと

 ガルガ・ルインは時をつかさどる神である。時の壁にその肢を遠くながくひろげ、
あまねくバレエスのすべての時間をその視界のうちにおさめている。はじまりのと
き、“歩み去るもの”ヴィエラス・パトラの足あとからこの世界が創造されてより、
滅びの獣とともにふたたび“還り来たるもの”ヴィエラス・パトラがおとずれる終
滅の日まで、すべての時間をおのが意のままにあやつり、土をこねるように自在に
そのかたちを整えていくのである。
 ガルガ・ルインは時をつむぐ。つむいだ時は、つむいだ端からすべての世界にふ
りそそぎ、ふりそそぐ端から雪が溶けるよりもはやく儚く消えていく。絶えず時を
つむぎつづけているため、ガルガ・ルインの肉体は時の壁の上でいつでも振るえつ
づけてやまない。
 夜が明け、ティグル・ファンドラがゆっくりと天をめぐり、まばゆい光輝で地を
てらしだすさまをガルガ・ルインは見つめる。黄昏の溶暗に世界が闇を迎え入れ、
ティグル・イリンの三つの宝玉が蒼白にバレエスを染めあげるさまを時の神は見つ
める。雪がとけ、蕾がひらき、暑熱が大地をとかしふりそそぐ大量の水が世界をう
ちすえ実りの陰から忍び足でおとずれる白い死と再生の重きとばりがまぼろしのよ
うに来たり、そして去るのを見つめつづける。草をはむ獣、獲物を噛み裂くものど
も、光を希求し天へとその手をひろげる存在、あらゆる幸福、あらゆる悪夢、ひと
びとの営みとその無意味さが転変していくさまを、ガルガ・ルインはつむぎ、見つ
め、記憶しつづける。ひとが老いやがて死のあぎとに虚ろに呑みこまれるのも赤子
が増えつづけるのも、あらゆるやすらぎと不幸に忘却がおとずれるのも、すべてこ
の神のみわざであるという。
 時の神はその瞳に諦念をたたえ、あらゆる傲慢を嘲笑する。あまねく時間を観照
するがゆえ、いずれみずからをさえ訪う暴虐の夜と終末と無をつねに見つづけ、な
おいまだ訪れぬそのときにおびえ、苦しみ、嘆きかなしまぬ夜はないからである。
 ガルガ・ルインが飼う無数の時間たちは生けとし生きるあらゆるものどもを、や
がておとずれる死の淵へと不断に追いつづける猟犬にほかならないが、ときに忘却
という名の吐息をひとに吐きかける慈悲深き存在でもある。

    時と運命の織布のこと

 バレエスは運命の神アフォルと時の神ガルガ・ルインの織りなす模様によってつ
くりだされる。アフォルが縦糸を、ガルガ・ルインが横糸を織りなし、それら神々
の玄妙なるみわざによって調和と美とがつむぎだされていく。
 だが神々はともに語らず黙々と布を織りなすのみなので、布の模様はしばしば乱
れ醜くゆがみ、ときに神々は布を盤面に言葉にならぬ争いを展げることもある。幼
子の死から戦争まで、あらゆる悲惨の原因がこの織り布の乱れであるのだという。
 織布は世界にかかげられ、生きるもの、死んだもの、いまだ生まれぬもの、ただ
そこにあるもの、このバレエスに存在するあらゆるものの眼前に開示されているが、
それを見ることのできるのはただ神々以外に存在しない。ときに乱れ、ゆがみなが
らつむぎあげられていく織布は創造途上にありながら終滅までのすべてを内在し、
不調和さえもが底知れぬ美と悲哀をかもしだす。
 双神は世界の端と端に腰をおろして布を織りつづけるが、たがいの業をからめあ
い複雑に織りこんで時間と運命とを創造しつづけているゆえに、おのれ自身ですら
世界のゆくすえを把握することはできないのだともいわれている。




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