AWC     夢と体調       [竹木貝石]


        
#1163/1336 短編
★タイトル (GSC     )  99/ 1/23   9:27  ( 72)
    夢と体調       [竹木貝石]
★内容

 退職後2年、私は一ヶ月ほど前から体調不良を訴えるようになった。
 結滞脈:ときどき脈拍が一つずつ抜ける症状で、ひどい時には4拍毎に1拍ずつ途
切れる。これは過去60年間に全く無かった現象であり、脈拍を指標にした実験『理
療施術が生体反応に及ぼす影響』などで何千回脈拍を測定したか計り知れないが、私
の脈が抜けたことは一度もなかった。
 幻暈:全盲者の私にも幻暈はあり、ジェットコースターやティーカップに乗って、
目をつむったまま回転しているような具合である。難聴は無く嘔気も少ないからメニ
エール病ではなく、二日酔いや乗り物酔いとも異なる。
 呼吸困難(息切れ)・心悸亢進(動悸):軽作業をしたり早足で歩いたりすると、
今までになく苦しくなるが、これは近頃楽をしすぎているからかもしれない。
 私は癌の心配ばかりしていたが、父親は心臓麻痺で亡くなっているから、私も最後
は心臓障害で死ぬような気がしてきた。
 考えてみると、心臓停止で死ぬのが一番早道かもしれず、出来れば一瞬にして息を
引き取りたいが、そう都合よくはいかないだろうか。
 しかし、上に述べた症状はごく軽く、普段はほとんど気にならないから、気質的疾
患ではなく機能的障害のようだ。
 私は日頃から、
「いつ何時死ぬか分からないし、もうその覚悟はできている」
 と口癖のように言っているので、家族や友人たちは、私が体調異常を訴えても、
「また始まったか」
 という感じで取り合わない。無論私は取り合って欲しい訳ではなく、近々に死ぬと
すれば心臓疾患であろうと予言しているだけなのだ。

 だが、良くないのは、このところ毎晩夢見が悪いことである。
 私の母親は肺結核で早死にしたが、闘病中毎夜のように恐ろしい夢を見ると言って
いた。胸が苦しければ当然悪夢を見る訳で、体調と夢は密接不可分である。
 嫌な夢や恐ろしい夢を見て、目が覚めた後ほっとすることはよくあるが、夢を見て
いる最中は、それが夢だと分からないから困る。故に、夢も現実も、人生における重
要度は等しいというのが私の持論である。
 近頃の私の夢は、恐ろしいとか恐い夢ではないが、沈鬱な夢・重苦しい夢……、自
分が学生時代あるいは教員時代で、友人や同僚や管理職や生徒との経緯が思わしくな
いという夢ばかりである。教職36年、責任と重圧から解放されたくて1年早く退職
したのに、睡眠中にまたその面倒に巻き込まれるというのは、なんと因果なことか!
これもおそらく体調不良の現れであろう。


 私は北海道旅行をしていた。
 盲人とボランティアのグループ25人くらいで、田舎町をゆっくり歩き、とある公
園で昼食を取った。
 道がぬかるんでいたので、足が随分汚れていて、順番に水道で洗ったが、私が一番
最後になり、まだ洗い終わらぬうちに出発となった。
 私の性格上、
「ちょっと待って!」
 とは頼まず、大急ぎで身支度を整えたが、既に一行は先へ行ってしまっている。
 ボランティアの数が少ないので、全盲者と同伴者が1対1でペアを組んでいないか
ら、私はいつも遠慮して後ろから付いて歩いていた。家族や親しい友人はこのグルー
プに居ないし、いつも親切に面倒を見てくれていた小学生も、今は先へ行ってしまっ
た。
「一本道だから、まっすぐ歩いて行けば大通りに出られる筈だ」
 そう思って歩き出したが、脚が重くてなかなか前に進めない。これではますます離
れるばかりだ。
 そして、I氏に借りた白状を、公園のベンチに忘れてきたのを思いだして、やむな
く引き返すことにした。脚が重くて戻るのも容易でなく、ついに道ばたにしゃがみ込
んだ。
「これはいけない。家に居る妻に携帯電話で連絡しておこう」
 ところが、鞄も亡い。これも公園のベンチに置き忘れたか、それとも盗まれたか…?
 やっぱり元の場所まで戻らねばならない。
 重たいからだを運んで、やっとベンチにたどり着いたが、手探りで探しても、ステ
ッキは在ったが鞄は見つからない。
 私はがっくりと崩れるようにその場に座り込んだ。かろうじて水たまりは避けたが、
湿った地面にしりもちをついたまま動けなくなった。
「もう駄目だ。ここでお仕舞いか」
 今はまだそんなに寒くはないが、明日の朝まで発見されなければ、凍死か心臓麻痺
になるだろう。
 そう思った途端に目が覚めた。
「やはり体調が良くないのだ」
 そして私は考える。
「あのまま目が覚めずに息を引き取ったとしても不思議はない。しかし、人間死ぬと
きくらい幸せな夢を見て死にたいものだ。人生うまくいかないものだなあ!」

          [1999年(平成11年)1月23日   竹木 貝石]




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