AWC 読本八犬伝・番外編「白き衣の女」伊井暇幻


        
#1126/1336 短編
★タイトル (ZBF     )  98/11/ 6   5:58  (199)
読本八犬伝・番外編「白き衣の女」伊井暇幻
★内容
伊井暇幻読本・南総里見八犬伝「番外編 白き衣の女」
                 〜日本ちゃちゃちゃっシリーズ4〜

 自分でも執拗だと思うが、記紀の話題である。日本武尊に関して、言い足らない。
今回もネタは彼の東征の話だ。
 草薙剣の神助によって危難を免れた日本武尊は、更に東へと進んだ。相模に至る。
此処から武尊は海路、上総を目指す。注意せねばならぬ事は、この時の上総が後に
「安房」と呼ばれる地域を含んでいることだ。「安房」国成立に関しては、「あわあ
わアワー」で述べた。そして、景行五十三年の記述、景行が息子・日本武尊の足跡を
辿って巡幸したときに立ち寄った場所こそ「淡水門」である。息子の面影を求め歩い
た景行が立ち寄ったのだから、武尊の道程のうちだろう。
 また、紀には、武尊が上総もしくは安房で転戦したとは書いていない。武尊は相模
から何処だか分からぬが房総半島に渡り、そして北上して常陸や東北地方へと向かっ
たのだ。ならば、上陸地から、さほど逡巡せずに北上したと考えるべきだろう。何故
に如此ような道筋を採ったかは、分からない。ただ、一般に、昔は陸路より海路の方
が、効率が良い場合があった。特に武装や食料を持ち運んでいるのだから、担いで歩
くより船に載せた方が楽に決まっている。そして、此の場合、関東は敵地であるから、
下手に彷徨くと危険だ。武尊の一軍が、武蔵に入らず房総半島を目指したのは、戦術
として必要であったからだろう。何はともあれ、武尊は相模から海路、後に「安房」
と呼ばれる地を目指した。
 出発するに当たって、武尊は言わずもがなの悪態を吐いている。「なんだ、こんな
チンケな海、ひとっ飛びだぜ」。チンケだろうとセコかろうと、海は海だ。海には海
神がいる。馬鹿にされて、海神は怒った。が、差し当たっては何もせず、復讐の好機
を窺った。そして、武尊の船が航路半ばに差し掛かったとき、即ち行くにも戻るにも
岸から最大の距離となったときに、いきなり荒れ狂った。逆巻く波に翻弄される武尊
の運命は、風前の灯火であった。
 一人の女性が進み出た。武尊の愛妃、弟橘姫であった。弟橘姫は、怒り狂う海神を
宥めに行こうとしたのだ。行くと言っても、生還は不可能である。人身御供、犠牲に
なったのだ。武尊の心中は如何であったろう。最愛の女性を、誰のせいでもない、自
らの為に、自らの言の咎のために、失ったのだ。これほどの悲劇があろうか。
 しかし、一軍の将たる武尊は、前進せねばならなかった。上総に上陸後、再び房総
半島沿岸を巡って海路、陸奥へと向かった。因みに、このとき武尊は、子供騙しの戦
術を採用している。大きな鏡を船に懸けて出航した。蝦夷たちは、船を遠目に見て、
如何考えたかは知らないが、恐れて武尊に帰順した。伊勢神宮には三種神器の一たる
鏡が安置されている。これは太陽を象徴しているとも言われている。まぁそうでなく
とも、古代東アジアに於いて、鏡は権力の象徴であったらしい。遠目に見える程の鏡
は、それこそ強大な力を象徴しているように感じられただろう。蝦夷が恐れたのも、
無理からぬことだ。古事記は、太陽神の系譜を継ぐ者の証として、武尊は大鏡を掲げ
たとしている。「日高見」で引き返し、常陸を経て甲斐まで戻った。信濃、越両国を
平定していないことに気付いた武尊は、武蔵、上野を転戦した。東から「碓日坂」に
至った。「碓日嶺」に登った武尊は、東南を眺望して「吾嬬者耶」、三度嘆いた。弟
橘姫を偲んだのだ。此処は単なる愁嘆場ではない。無敵であった武尊の転機となる。
武尊は後に敗北を重ね、病に冒され、遂には故郷/都に帰り着くことなく野垂れ死ぬ
のだ。
 武尊は峠を越えて信濃に侵入した。深山で白い鹿と出会った。山の神が武尊を苦し
めようと、近付いたのだ。折しも空腹を覚えた武尊は、昼食を摂る。白鹿を怪しんだ
武尊は、副食にしていた蒜(ニンニク)を弾いた。鹿の目に当たった。鹿は死んだ。
突如として武尊は、方向の感覚を失った。行くことも帰ることもならず、迷った。其
処に白い「狗」が現れた。武尊を導くような素振りを見せた。ついて行くと、美濃国、
山の麓に出た。
 武尊は尾張国に戻り、其処で尾張氏の女・宮簀媛の家に入り、結婚した。久しく逗
留していたが、近江・肝吹山に荒ぶる神がいると聞いて、討伐に向かった。このとき
武尊は、皇統の証・草薙剣を、宮簀媛のもとに置いて出る。山に入ると、道に大蛇が
寝転んでいた。山の神であった。が、武尊は大蛇を山の神本人ではなく、単なる使だ
と侮り、跨いで行き過ぎようとした。一天俄に掻き曇り、「氷」が降りしきった。武
尊は意識を失いかけた。ふらつく足を踏みしめて、漸く麓に出た。泉の清水を飲んで、
やや持ち直した。が、武尊の肉体はこの時、病魔に冒されていた。宮簀媛のもとには
帰らず、伊勢を経て、都に向かった。が、能褒野で死の床に就いた。武尊は父・景行
に、別れの使者を送った。享年三十であった。
 景行は能褒野に陵を築き、武尊を葬った。陵から白鳥が倭(ヤマト/大和)へと飛
び去った。怪しみ墓を暴くと、遺体は消え、着衣だけが遺されていた。人々は白鳥を
追った。白鳥は倭・琴弾原で翼を休めた。陵を築いた。すると白鳥は更に西へと向か
い、河内・旧市邑に停まった。此処にも陵を築いた。白鳥は、もう西へは飛ばなかっ
た。垂直に、天へと昇り、姿を消した。景行四十三年のことであった。
 十年後、景行は亡き息子・武尊の足跡を辿ろうと思い立った。「神人」と景行自ら
が称えた程に、美しく逞しく世を蓋うばかりの気を漲らせた武尊が、最愛の者を喪っ
た哀しみのうちに敗れ病に冒されて萎れ、野に惨めな躯を横たえるに至った道程を、
辿ろうとしたのだ。前述した通り、景行は「淡水門」に至った。浜路を散策する景行
の耳に奇妙な鳥の声が届いた。景行は、鳥の姿を見たく思った。寄せる波へと足を踏
み入れた。「白蛤」を得た。此処を以て、記紀中最大の英雄・武尊に纏わる物語が終
わる。
 武尊の東征物語は、西征物語とは全く異質だ。西征物語は、より単純な構造で、そ
れだけ、事実をより直接に伝えていると思われる。突拍子もない話、例えば武尊の女
装など、俄には信じ難いが、理解不能ではない。しかし、東征は海神やら山神やら白
鳥やら、かなり象徴的な話になっている。象徴とは、婉曲の一種だ。事実をこそ語ら
ねばならぬ者が、女々しく筆を曲げ、何かを隠そうとする表現法だ。日本書紀は、何
かを隠そうとしている。が、婉曲は、結局、事実を伝えてしまう。隠しつつ伝えよう
とする行為、それが婉曲なのだ。歪曲とは違う。

 時として馬琴の眼差しは、優しい。満たされぬ者、望んで得られなかった者へ、深
い共感を感じさせることがある。例えば、八犬伝より少し前に上梓された椿説・弓張
月は、鎮西八郎為朝を主人公にした一大ピカレスク・ロマンだ。若くして日本随一の
弓取りとなった為朝は、しかし初めて参加した戦闘、保元乱で敗軍に与した。父に従
ったのである。捉えられた為朝は、二度と弓が引けぬよう、腕の腱を断ち切られ、絶
海の孤島・八丈島へと流された。其の後、再起し反乱を企てたともいうが、確かな事
は分からない。稲光のように激しく、そして一瞬だけ歴史に身を晒した男、悲運の英
雄である。
 椿説弓張月の筋立ては単純明快だ。生涯の途中で歴史から抹殺された一人の英雄が
再起、行く先々で自由闊達に活躍し、何処へともなく去っていく。フラリと旧主の墓
前に現れ、割腹して果てる。それは、通りすがりの暴れん坊、暴風雨の如き荒ぶる英
雄、しかし史実では若くして自由を奪われた為朝に、再び自由を与えた物語に他なら
ない。志半ばで捕らえられた英雄を、If、せめて空想世界の中で、再び自由に飛翔
させようとする行為であった。レイクイエム、鎮魂歌である。この営為を、江戸人士
が好んだとされる、<判官贔屓>と一括りにして矮小化するは、甚だ容易だが、明ら
かに無意味だ。矮小化を図る矮小な心性の眼差しに向かって、傲然と睨み返すほどの
力強さを、弓張月は持っている。とても魅力的な力強さを。付け加えれば、弓張月が
ダイナミックな印象の鎮魂歌とすれば、八犬伝は静謐なるレクイエムの雰囲気を湛え
ている。
 ……「黒き衣の神」に於いて、大己貴を取り上げた。彼は偉大なる君主であったが、
天孫の脅迫に屈し、全てを失った。が、彼は天孫の恐喝より先に、実は全てを失って
いたかもしれない。彼には嘗て愛した少年がいた。少彦名命(スクナヒコナノミコト)
だ。小さく美しく、彼が愛し、彼を愛した少彦名命は、賢く有能な少年だった。大己
貴の良き相談相手として、共に国家を経営した。少彦名命と共にあったとき、大己貴
は自信に満ち溢れ、国を大いに栄えさせた。其の少彦名命が、或る日、姿を消した。
根国(/冥界)に行ったとも云う。愛する者を失った大己貴の悲しみは、如何ばかり
であったろうか。喪失感に襲われた彼の前に、天孫が現れ国土の譲渡を迫った。少彦
名命を失った大己貴にとって、国土は意味を失っていた。大己貴が悦びを見い出した
のは、国土の所有でもなければ、国を思い通りに動かす権力でもなかった。ただ、少
名命と共に行為することこそが、彼にとっての悦びであった。其の行為の対象として
のみ、国土は意味をもっていたのだ。しかし、今や、少彦名命はいない。国土は、少
彦名命と共に建設した国土は、彼を悲しみの海に沈める、過去の幻影に過ぎなかった。
彼は、抵抗らしい抵抗を見せることなく、天孫に国を譲った。天照太神を唯一陵辱し
得た暴神・素戔鳴尊の正統なる末裔・大己貴が、為す術もなく、全土を譲り渡したの
だ。
 国土の放棄など彼には取るに足らなかったのだろう。少彦名命の失踪こそ、大己貴
最大の喪失であったのだ。抜け殻となった国土なぞ、天孫にでもくれてやれば良い。
そして、彼は根国へと旅立ったとも云う。少彦名命を追っていったのだ。いや、もし
かしたら彼は、失われた愛人を求め、今でも何処かを彷徨い歩いているかもしれない。
疲れ果て、黒衣を纏って……。つくづく馬鹿な奴だ。ちょっと解る気もするけど。
 求めて得られなかった者の想いが、交錯する。ふと思うことがある。馬琴が目指し
た「稗史」は、冷酷なる現実に虐待された者たちの生き様、それは殆ど我が国史の総
体と言っても良かろうが、<書き換えられた歴史>だったかもしれない。満たされぬ
儘に根国に追いやられた者たちを、救済する営みこそ、彼が目指した稗史ではなかっ
たか。閑話休題。

 さて、我らが悲劇の英雄・日本武尊は、上記の如く「白」と関わりが深い。信濃の
山で神が化けた「白鹿」と遭遇、「白狗」に助けられた。死しては「白鳥」と化し、
西方を目指した。飛び立ったときには、故郷である倭に向けて飛んだように書かれて
いるが、実際には通り過ぎて河内まで行っている。河内は倭の西方に当たる。そして
死後十年、武尊の足跡を追った父・景行は、淡水門、安房で「白蛤」を得た。「白」
だらけである。
 まず「白鹿」だが、これは武尊に仇為す者であった。山神が化けたモノだ。即ち、
山神は、武尊に近付くために「白鹿」に化けた。武尊と「白」の親近性が想定できる。
敵に近付くためには、敵に親しい者に化ける方が良い。武尊は蒜によって偶然にも山
神を倒した。八犬伝でも、妖怪・八百比丘尼を相手にした里見家は蒜を用意した。魔
除けになると信じて。蒜は、白い。そして、辛い。仇為す神を首尾良く倒した武尊で
あったが、道に迷ってしまった。山神を倒したにより、周囲の木立が配列を変えて見
せたのかもしれない。其処に「白狗」が現れ、武尊を導いて、無事に麓まで送り届け
た。白き者が助けてくれたのだ。が、色々あって、胆吹山の神の毒気に当てられた。
今度は、大蛇であった。今度は白鹿と違って、悪役らしい格好だ。が、コレも山神の
正体ではない。「至胆吹山々神化大蛇当道」、そう「化」けたのだ。信濃の山で現じ
た白鹿は、多分、武尊に近付くために、武尊と親近性ある姿を纏ったのだろう。なら
ば、今度も、そうかもしれない。武尊は、こう考えた。「是大蛇必荒神之使也既得殺
主神其使者豈足求乎」。神の化けた大蛇を使だと思い込んだ武尊は、殺さなくても良
いと考えた。だから、殺さなかった。即ち、別に殺しても良かった筈なのだ。敵対す
る神の使ならば、即ち、敵対する者だろう。しかし、武尊は大蛇を殺そうとせず、行
き過ぎようとした。これは甚だ納得し難い。敵を、別に降伏してもない帰順の意を示
そうともしない大蛇を、殺さずに行き過ぎようとしたのだ。武尊が、無視も殺さぬ男
であったなら、或いは納得も出来よう。が、彼は、激すれば兄すら折って畳んで裏返
し、放り出す荒くれ男だ。最もスムーズに理解される解答は、武尊は大蛇を殺したく
なかったのだ。武尊は、蛇と親近性があったと考えられる。其の蛇の毒気で、武尊は
病を得る。騙されたのだ。遂に死んで、「白鳥」となった。
 武尊は、金気の男だったのだ。白は金気の色である。因みに蒜のような「辛」さは、
金気の味とされた。五味(酸・苦・甘・辛・塩辛)である。西は金気の方位であり、
彼の霊/白鳥は、故郷の倭を行き過ぎ更に西へと飛んだのも、彼が金気なる者であっ
たからだろう。だからこそ、白狗に助けられ、白鳥となったのだ。また、金生水、水
気の生物、蛇とも親近性があったと思われる。故に、彼は水気の剣・天叢雲剣を与え
られた。水気の剣は彼を、水扶金、救ってくれる頼もしいアイテムなのだ。実際、駿
河で火克金、火によって殺されかけたとき、水克火、天叢雲剣は彼を救ってくれた。
が、彼は剣を妾宅に置いたまま山神たちを討とうとした。水気の助けが得られない敵
だったのだ。一度目の相手は、蒜、金気かもしれない食物によって倒せた。金克木、
相手は木気だったかもしれない。水気の助けは必要なかった。そして胆吹山の神は、
多分、水気の剣では倒せなかったかもしれない。私は、此の神は土気だと考えている。
いや、純然たる日本書紀理解ではない。八犬伝を読む必要から、そう考えているだけ
だ。馬琴なら、そう考えたであろう、と思っているだけの話なのだ。そして、土生金、
一見は親近性があるが、土抑金、抑とは凶、土は武尊にとって凶となるのだ(扶抑に
就いては「虎、トラ、寅」参照)。武尊は、克されぬまでも敗れ苦しみ、そして麓の
泉で「水」を飲んで、やや持ち直した。が、手遅れだった。
 蛇足すれば、金気を象徴される白は、源氏の服色、里見家をも象徴し得る。白狗な
らぬ白龍に導かれるに安房へ向かった里見義実は、山下柵左衛門を攻めるに当たって、
白旗を押し立てて進んだ。しかし、後に、蟇田氏に苦しめられた。蟇田氏は元胆吹山
の賊であり、「蟇」は土気を象徴する生物だ。また、水気の剣を持つ信乃は、蟇六に
抑圧された。此等の点に就いては、後に詳述することになろう。
 そして、最も重要かつ難解な問題は、「白蛤」である。上述の如く、此は明らかに、
武尊と<関係がある>。が、武尊は安房で死んだのではない。紀伊で死んだ。しかも、
紀伊から西へと飛び去った。が、思わせぶりに「白」なんだから、無関係とは思えな
い。武尊、安房/淡、海……そう、弟橘姫だ。武尊は「吾嬬」と呼んだ彼女は、まさ
に安房の沖で死んだ。此の「白蛤」を弟橘姫に比定せずにはいられない。彼女は、金
気なる武尊に愛され、そして彼を愛した彼女は、如何やら金気であったようだ。しか
も、蛤だ。貝は女性器の隠語とされたが、いや、其れは如何でも良いのだけれども、
二枚貝である。二枚貝の殻は、どれでも同じ様に見えるけれども、違う貝の殻は、何
故だかシックリとは合わない。それこそ千差万別、イーカゲンな形はしていないのだ。
この事実を以て、二枚貝を、相思相愛の者達が、ピッタリと抱き合っている状態の隠
喩と解して、何の悪いことやある。
 望まぬ東征に赴き、まず最愛の者を失い、敗北し衰え死んだ武尊。まさに武尊を死
に追いやった景行が、息子が最愛の女性と引き離された場所を望み、其処で「白蛤」
を得た。十年の歳月も流れている。死んだ相手には、如何な悪逆非道な者も、少しは
優しくなれるだろう。景行は、せめて夢想したかったのかもしれない。愛も武人とし
ての名誉も、すべてを剥ぎ取られて死んだ息子が、せめて愛のみは取り戻したことを。
目に浮かんだかもしれない、純白の衣を纏い、まさに現前にある海へ、身を躍らせる
姫を。
 八犬伝中、何度か、「七夕」の日、重大事件が起きる。金碗八郎の割腹、荒芽山に
於ける音音・世四郎の神隠し等だ。七夕、それは、いつもは引き離されている愛する
者同士が、<年に一度会える日>だ。が、此は同時に、<来年の此の日まで別れる日>
でもある。離別と再会、濃厚なるロマティシズム、此は八犬伝でも、重要なモチーフ
となっている。愛する者同士は、再会せねばならない。たとえ、互いに姿を変えてい
ても。「吾嬬者耶」、この武尊の絶叫は馬琴の耳に届いたのだろうか。……お約束通
り、制限行数である。それでは、またの機会「お狸様?」まで、御機嫌よう。
(お粗末様)




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