AWC 大足   甲賀明日夫


        
#934/1336 短編
★タイトル (AZA     )  97/10/31  23: 6  (200)
大足   甲賀明日夫
★内容
 巨木の並ぶ森とは言え、陽の光は隙間を見つけて、僕らのいる辺りにも鋭く
射し込んでくる。
「ペッパー! ペッパー! ああぁ……」
 そんな森の奥深く、女の喚き声が響き渡る。
「どうするんだよ、おい」
 ロイがうろたえた目で、僕を振り返った。
 僕の目だって、きっとうろたえているように見えたろう。
「こんなことになるなんて!」
 先ほどからジェシーがうるさくてたまらない。不測の事態に僕らはうろたえ
ている。そこへ、彼女の金切り声が加わると、苛立ちが一気に頂点に達しそう
だ。
 まあ、愛する男−−夫が死んだのだから、仕方ないのかもしれないが……そ
れにしても腹が立つ。
「カーウッド。すまないがジェシーを車に連れていって、休ませてやってくれ」
 僕は、とんぼみたいな顔をしたカーウッドに頼んだ。
 彼は眼鏡を押し上げ、しっかりとうなずく。この緊急事態を前にして、なか
なか冷静なようだ。
「分かった。さあ、行こう、ジェシー」
 生白い腕がジェシーを引っ張っていく。
 僕はそれを見送ってから、気乗りしないまま、予想外の来訪者を振り返った。
「お名前は?」
「−−え?」
 呆然とした態度の、ライフルを片手に持った屈強そうな男は、顎髭をしきり
と撫で、怯えたような目を返してくる。
「あなたのお名前を聞かせてください。僕はガイン=ジークフリード」
「私はデビッド。デビッド=ケリー」
「……銃の腕前、相当なようですが、何か経歴でも?」
 愚にもつかない質問だと分かっていた。でも、そういうことしか思い浮かば
なかったのだから仕方ない。
 正義感が強く、勇気があって、そしておっちょこちょいのケリー氏は、自ら
のライフルの銃口を見つめたようだった。
「いえ、趣味の程度です。ただ、長くやっていたので、それなりに……」
「そうですか。当然、あなたはこれが本物のビッグフットだと思って、撃った
んですよね」
「もちろんです。悲鳴が聞こえたから、そちらへ近寄って見たら、このゴリラ
みたいな化け物が、あんた達を襲っていた。私は迷わず撃ちました。いたずら
の撮影をしていたなんて、考えもしません」
「ケリーさんは、どうしてこの森に入ったのですか?」
「植物の採集をね。こう見えても、私は教鞭を執る身で……銃は護身用だ。熊
に出くわしたときの」
「そうですか……失礼だが、視力はいかほど?」
「左右とも一.五、あります。はっきり言って、そちらの用意したぬいぐるみ
が、精巧すぎるんだ」
「普段なら、誉め言葉として受け取るんですがね……」
 着ぐるみと言うんですとは訂正せず、僕は吐き捨てた。
「それにしても困ったな」
 落ち着いたのか、ロイが大きく手を広げ、首をすくめた。
「ペッパーが死んだ。−−これがたとえ重傷でも生きてくれてりゃ、また違う
んだが」
 ペッパー=ドノバンは、ビッグフットの着ぐるみから顔だけを覗かせ、横た
えられている。その首の下辺りに、大きな血だまりができていた。
 僕らは彼をビッグフットに仕立てて、目撃証言のためのフィルムを撮ってい
た。無論、テレビ局にでも売り込んで、小金を得るためだ。
 さっきジェシーを連れて行ったカーウッドが、特殊撮影の知識をたっぷり持
っており、あの世に行ってしまったペッパーは、金をたっぷり持っていた。
 それだけで、人を騙す映像ぐらい簡単に作れる−−そんな話がまとまったの
は、四ヶ月前のこと。充分に計画を練り、金と技術を惜しげもなく注ぎ込み、
叫び声なんかの台詞さえ決め、僕らはフィルムを回し始めたのだ。
 撮影はほぼ九割方、予定通りに進んでいた。このケリー氏の発砲でストップ
するまでは。
「なかなか言い出さないようだから、私の口から言おうか」
 しびれを切らした風に、ケリーは度胸を据えた声で言い始めた。
「誰が責任を取るのか。その、ドノバン君とやらの死の責任をだ」
 芝居がかった態度で、ドノバンの遺体を親指で示すケリー。
「私は確かに撃ったよ。しかし、不可抗力だ。僕は君達が危ないと信じて、撃
ったのだ。それが罪になるのかね?」
「それは、まあ……何とも」
 僕は語尾を濁した。
 代わりのように、ロイが口を開く。
「僕がカメラを回しているの、見えませんでしたか?」
「見えなかったね」
「本当に? 嘘じゃないでしょうね?」
「馬鹿にするな! 我が身大事で、いい加減なことを言ってるんじゃないぞ」
 何かのドラマで見たような身振りで、ロイの胸元へ指を突き付けるケリー氏。
はっきり言って、さまになっている。
「太い木に隠れて、全然見えなかったんだ」
「わ、分かりました」
「だいたいだな、おまえさん方は、この森を自分達だけの物だと思っていたの
かね? ここは誰でも入っていい場所だぞ。こういう撮影をするのは、まあ、
感心はせんが、おまえさん達の勝手だ。だが、やるんならやるで、周りをロー
プで囲うなり、見張りを立てるなり、対策を取ってしかるべきだったんじゃな
いのかな。ええ?」
 今度は僕にもにらみを利かせてきたケリー。視線のあまりの鋭さに、しびれ
そうになる。
「す、す、すみません」
 僕は謝ってみせた。そしてロイにも頭を下げるよう、囁く。
 ロイは、最初は嫌そうな表情を見せるも、ケリーの手にライフルがあること
を思い出したのか、意外にあっさりと頭を下げてくれた。
「もういい」
 冷めた口調のケリー。
「とりあえず、気持ちの問題はけりが着いた。次は、現実にどうするか、だ」
「そうですね……」
「ふむ。−−どうだろう?」
 秘密めかした目つきをするケリー。きっと、ロイにはその豹変が薄気味悪く
感じられたろう。
「君達さえよければ、この事故自体を隠さないか」
「隠す、だって?」
 ロイが大声を上げた。
「人が一人、死んでるんだ。隠せるもんかっ」
「いや。よく考えてくれたまえよ。えーっと、ロイ君、だったかな?」
「しかし」
「ガイン君。君もよく聞いてくれ。この場にお仲間がいないのは残念だが、こ
とは急を要する。どこかに行った二人には、君達からあとから言い聞かせてく
れ」
「何の話なんです?」
 こういう場面で当然の質問を、僕は発した。
「いいかね。このドノバン君の死を知っているのは、私と君達二人、それに先
ほどまでいたジェシーさんと……?」
「カーウッドです」
「そうそう、その彼。この五人だけだ。我々さえ口をつぐめば、外にばれるこ
とはない」
「ばれないって……」
 絶句しそうなロイ。だが、彼は続けた。その額には玉のような汗が何粒も浮
かんでる。
「ドノバンの遺体、どうするんですかっ? まさか、放っておく訳に行かない
でしょう?」
「ああ、もちろん、放っておきはしないよ」
 にやりと笑うケリー。年の功と言うべきか……主導権は彼の手の中だ。
「森の中で行方不明者が出るなんて、珍しいことじゃない。埋めてしまえば、
まずは気付かれないさ。我々以外の第三者は、ドノバンはどこかで野垂れ死に
したんだと考えるだろう」
「……」
 ロイの視線に気付き、僕は目を合わせた。そして聞く。
「どうする?」
「どうするって……俺には決められないよ」
「僕は……いい考えだと思う。ケリーさんに賛成だ」
「ガイン?」
「だってそうじゃないか。考えてもみろよ。死んでしまったペッパーと違って、
僕らはしがないサラリーマンだぜ。それでもどうにか出世する可能性はある。
が、もしこの事件を真面目に報告してみろ。僕らの信用はがた落ち、いや、ゼ
ロだな。いんちきフィルムのことも言わなければならなくなるんだから」
「そ、そりゃあ、確かに……」
 ロイは心を動かしたらしい。やたらと瞬きをしているが、やがて落ち着くだ
ろう。そしてそれが決断の印だ。
「我々は仲間だ」
 絶妙のタイミングで、ケリーが言った。
「そうだろう。一つの秘密を共有する仲間だ。私としても、このことを公にし
たくはない。お互い、弱味がある訳だから、利害関係も生じない」
「……分かりました。俺も賛成します」
 ロイが、青い顔をしながらも同意をしたとき、カーウッドとジェシーが戻っ
て来た。タイミングがいい。
「カーウッド、ジェシー!」
 僕は二人に向かって声をかけた。
 どうやって賛成してもらおうか、頭の中で言葉を選びながら。
「落ち着いて聞いてほしい」
 唇をひとなめした。
「こちらのケリーさんから提案があったんだが−−」

 空は嫌になるほどまぶしい太陽を抱いていた。
 あの森の中からは、こんな青空はまるで拝めなかった。「あれ」は、あの森
の中だからこそ起きたのかもしれない。
「ありがとう。これ、約束のお礼ですよ」
 僕は、カフェの片隅の席で、待ち合わせの時刻ちょうどに現れた相手に、早
速現金を手渡した。
「や、どうも」
 にこにこと相好を崩しつつ、彼−−ケリーは椅子にどっかりと腰掛けた。
 ウェイトレスに手早く注文を告げ、しばし、とりとめもない会話に終始する。
 やがてグラスが運ばれ、ウェイトレスが去ると、僕らは本題に入った。
「あれでよかったのかね?」
「充分。プロの役者みたいで感心しましたよ。それどころか、あれだけ苦労し
て作った台本を無視して、たまにアドリブが入るものだから、僕までどきっと
させられましたねえ」
「そうか。あはははは」
 快活に笑い飛ばし、ドリンクを煽るケリー。その顎に、今、髭はない。
「それで、君の方はうまくやってるのかい?」
「ええ。うまいこと邪魔者を始末できたんですからね。ジェシーもようやく、
僕になびいてきてくれました。あと一押し」
「あの女性も、結局はいい目を見たんじゃないかな」
 一転して声を落とし、ケリーは薄く笑う。
「いい加減飽きが来ていただろう旦那がいなくなって、代わりに莫大な遺産が
入ってきたのだから」
「そうでしょうね。加えてもう一つ、僕というおまけが付いてくる訳です」
 僕も笑ってみせた。
 ケリーは金を懐に仕舞うと、早くも立ち上がった。
「じゃ、そろそろ」
「ああ。また何かあったら頼むかもしれない。無論、このロスではやらかさな
いだろうけど」
「いつでも呼んでくれ。こういう仕事は得意だ」
 ウィンクで応じ、そのまま出口に向かいかけたケリーだが、何故か途中でふ
っと足を止めた。
「ん? 何か? ここの支払いなら僕が持つよ」
「いや、そうじゃなくて……」
 また片目を瞑ると、引き返してきたケリー。
「あのビッグフットのぬいぐるみ、どうしたんだい? よく知らないが、処分
してないらしいじゃないか」
「ああ、あれ」
 僕は思わず、苦笑した。
 あの着ぐるみは、最初、ペッパー=ドノバンごと埋めてしまおうと考えたの
だが、そうすると、より大きな穴を掘らねばならなかった。結局、ペッパーか
ら着ぐるみを苦労して脱がせ、キャンピングカーの後ろに放り込んで持ち帰っ
たのだ。
「きれいに洗濯して、獣の毛皮よろしく、壁に掛かっているよ」
「ははあ? 当然、ドノバンの家に?」
「その通り」
 再び苦笑してしまう。
「ペッパーが死んでからしばらくは、ジェシーめ、あの着ぐるみに頬ずりをし
ていたんだよ! 『ペッパー、ペッパー』って呼び掛けながらさ。悔しいやら、
おかしいやら……」

−−終(10/31 20:00〜20:54 フジ系で放映された番組を観て思い付いた物です)




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