#923/1336 短編
★タイトル (UJC ) 97/10/16 22:50 (148)
当座サギ 'S 平山成藤2.0.3
★内容
『当座サギをタダ今上演いたしております』
またあの劇場に看板が立った。
「また出てますよ」と会社員B。
「分かってるな」
と会社員Aが当然のように語った。
二人はすでにチケット売り場の前にいた。
「オバサン、チケット一枚いくらだ」
すると窓口のチケットばあさんは逆にこう聞き返した。
「あなたの月給はおいくら?」
「月25万だが」
会社員Aは思わず素直に答えてしまった。
するとチケットばあさんは
「あらまあ!そりゃもらいすぎだね。チケットは特別料金19万」
「なんだ?そりゃ。高すぎるぞ」
会社員Aは驚いたが、ばあさんは
「だから特別料金19万」
と言って相手にしなかった。
会社員Aは思わず19万払ってしまった。
「あんたはまだ若いね」
ばあさんは会社員Bを見て言い放った。
「ここは特別にオマケして格安料金16万」
「僕は月給22万なんです。高すぎる!」
Bは泣きを入れたが、するとチケットばあさんは急に怒った顔になり、
「なら買わなきゃいいよ」
と高飛車に言い捨ててみせた。
思わず、Bも16万払ってしまった。
「食うだけの金は残してあげたよ。ありがたく思うことだね」
ばあさんはそう言うや、窓口を閉めてしまった。
チケットばあさんの料金体系では、一食千円の一日二食を1カ月の食
費分として計算してあった(1カ月の食費6万)。チケット購入と同時
に労災保険、生命保険へ自動加入という訳分からない安心システムだ。
これで安心して死ねようというものである。
ここでいきなり場面は飛んで、劇場の中。
『当座サギをタダ今上演いたしております。始まります』
と場内アナウンスが入って、劇は始まった。
劇は前と全く同じである。当然のことだが、役者もまったく同じだ。
しかし劇内容は微妙に違っている。が、やはり大筋は変わっていない。
サギに遭った主役があれこれと迷っているうちに観客の中にサギを働い
た者がいると分かっていき、バレるやいなや客席からヤクザと警官が飛
び出してきて銃撃戦を演じ、どさくさに紛れながら第一幕が終わってし
まうというものである。
だが、ここでハプニングが起こった。
サギがバレて舞台へ上がろうとしたヤクザが蹴つまずき、あやまって
舞台下へ転落してしまったのである。救急隊役の者が飛び出してきて介
抱したが、ヤクザはうんうん唸っているだけでお話にならなくなってし
まった。
ヤクザはそのまま担架で舞台裏へ運ばれていった。
「はい!カァァットっっ!!」
突然、客席の前で叫び声が上がるや、ダサい服装をした青年が立ち上
がり、客席へ向けて手を大きく振り回しだした。その横でメガホンを持っ
た中年男が、退場するヤクザへ向けて怒鳴りちらす。
「おい、こら。ヤクザが先にやられてどうする?!
ヤクザならちゃんとタマ取ってから死ね!最初からやり直し!」
中年男はどうも、ここの監督風を気取っていた。
「なんですかね?あれは」
会社員BがAに問った。
「しらん」とA。
「劇場をしきる劇団監督???、聞いたこともないぞ」
しかしそんな観客たちの動揺にはお構いなく、舞台は中断されてしま
い、AD風の男たちが舞台や観客席を歩き回りだした。舞台では役者の
お色直しが堂々と行われ、今回出番のなかった警察役の者たちはADに
肩などを揉まれたりしてなだめられている。
「はい。本番!」
その劇団監督が叫ぶと
「Take2、Scene18。主役がサギに遭ったところから。はい、スタート」
とADがカチンコを取りだして鳴らした。映画になっている。
「あ゛ーーっっっ!」
また主役が絶叫しだし、劇が途中から再開された。ADたちが舞台か
らあわてて客席へ駆け戻っていく。
ちょっと前にみた劇をまた見せられるのは苦痛だが、ここでまたハプ
ニングが起こってしまった。今度は主役があやまって舞台から転落して
しまったのである。
「−−これはまたカットかあ?」
観客のだれかがツッコミを入れて笑いを取ったが、不意に舞台裏から
主役と同じ格好をした役者が現れてきて、何事もなかったかのように劇
が続けられた。
転落した主役は救急隊員役の役者によって、ひそかに連れ去られていっ
た。どうやらこの劇の主役は誰でもいいらしい。
劇は続けられ、またサギ師が客席に隠れているのが分かるところまで
いった。バレるやいなやヤクザが飛び出したが、このヤクザがまた舞台
に上がろうとして転落してしまった。
「こら!また同じところでやられる奴があるかぁ!」
劇団監督が怒鳴り、また劇は中断された。
転落したヤクザは舞台裏へ運ばれていき、舞台上の劇は中断され、お
色直しなどがまた行われだした。
「なんか、また終わりがないみたいですよ」
会社員BがAに語りかけたが、そんな客の声とは関係なく、客席前で
はADが前のシーンをやり直しさせようとしていた。
「Take3、Scene17。次は主役がサギに遭うちょっと前から。スタート」
というわけで、また同じ劇が繰り返された。
Bはうんざりした表情をみせたが、Aは
「どこまで続ける気なのか確かめるのが我々の務めだろう」
とか崇高な理由をかかげて相手にしなかった。
しかし、今回の劇も途中で中断された。ヤクザが客席から飛び出すと
きに転んでしまったからである。その次の劇では主役の友人が舞台から
転落してカットになった。その次は主役の同僚が転落してカット、その
次は主役の親が転落してカットになってしまった。いつまでも第一幕は
終わることがなかった。
しだいに劇が中断される理由もいい加減となっていき、シーンも訳分
からないところから再開されていたりした。
「Take64、Scene-3564。主役の親が生まれる前から。スタート」
もはやシナリオに書かれてない部分からのスタートで、誰も演じるこ
とができない。劇内容はもうムチャクチャである。これまでに既に主役
は110人変わっており、出番がいつまでもやってこない警察役たちはピス
トルをブッぱなして遊んでいたりした。客席がパンパンうるさくて、舞
台の会話など聞こえたものではない。
「もう帰ろう」
さすがにAも断念した。
「高い金払っていつまでも同じ話みせられたんじゃたまらん」
「そうでしょう?店の者に一言文句言ってやりましょう」
しかし劇場を出ようとすると、二人は店員に止められた。
「あ、出るときは退場料払ってください」
「なんなんだ?それは」
Aは怒ったが、
「途中キャンセルの迷惑料込みで6万円」
と店員はさも当然のように語って、料金を請求した。
「だれがそんなもの払うか」
Aは毒づいたが、出入り口の前では黒服たちが機関銃を構えてズラリ
と並び、すでに臨戦態勢を整えていた。
AもBも6万を払うしかなかった。
こうして二人は一文無しにされ、劇場から追い出されてしまった。
「給料もらったばかりなのに。あー、もう1円も残ってないですよ」
すっからかんの財布を逆さにして振りながら、Bは嘆いた。
「これで分かっただろう?いくら稼いでも無駄なんだ。高い金取られて
一文無しにされるだけさ。
−−ま、サラリーマンで適当に働いているのが一番だよな」
とA。妙に言い方がすがすがしくて、Bはダマされている気分である。
「道端で汗クセして働かされているよりはるかにマシだろう?」
Aは念を押すように語ったが、Bには納得がいかなかった。
「だからって、それで、またあの劇場へ行くんですか?」
Aには返す言葉がなかった。
「お前はまだ修行がたりんようだな」
AはBをいきなり羽交い絞めにするや、そのままBを飲み屋街へ連れ
込んでいった。
《当座サギ 'S・終》
−−教訓−−
タイプ27。I/Oがアボートでエラーだ。