#270/1336 短編
★タイトル (KCH ) 94/ 7/13 0:39 (111)
梅雨明け前に そあら
★内容
たしか梅雨明けの2日前の6月28日だった。
じりじりと日差しが強い。
たんぼの水はひからびてはいなかったが、ぬるそうである。
その男は自転車を結構なスピードで操っていた。
自転車は俗に「スポーツタイプ」と呼ばれるものだ。
10時を10分くらい回っていた。
曲がり角。
いつもは軽々と曲がっていく。
しかし、今日は横に滑っていって、こけた。
横倒しになった自転車の前数メートル前に1台のタクシーが止まっている。
後部の乗客は良く見えないが、運転手の顔は見て取れた。
陰になっていたのを考慮したとしても、若干あおざめた顔である。
「大丈夫ね!」
足が自転車の下敷きになってしまっていた男に叫ぶ。
「大丈夫です、すみません」
その男はすぐに立ち上がって、自転車を道路の脇に寄せながら言った。
「気をつけんねよ」
タクシーは走り去った。
しばしそのタクシーを見ていたが、すぐ少しひしゃげた自転車に向き直って、曲が
ったハンドルを元に戻す。
そして、体をあちこちと見ている。
左足のズボンをまくり上げて、
「よかったぁ」
安心したように呟く。
「あーあ、完璧に遅刻しちゃったなぁ」
自転車をさっきよりもゆっくりと漕ぎ出した。
男はそのまま学校の保健室へ入る。
「すみません、消毒お願いします」
保健室にいたのは女性だった。
「どうしました?」
「足、怪我しちゃって」
「それじゃ、こっちに」
隣の部屋に入っていく。
男もそれに続く。
「どこです?」
ズボンをまくり上げ、男は顔を青くした。
さっき痣しかなかったところから血が滴っている。
「ちょっ・・・と、ひどいですね」
女医はそういうと、小瓶をケースから取り出す。
「しみますよ」
小瓶の口を開け、そのまま傷口の上に流す。
午後2時40分頃。
男はもう一度保健室に行った。
「なんでしょう?」
と、さっきの女医。
「汁が止まってないようなんですけど」
「そうですか?」
そういうと、消毒した部屋に再び入る。
「見せてください」
男は何も言わずズボンを上げる。怪我の代わりに白いガーゼがその場所にあった。
女医はぺりぺりとテープをはぐ。
傷が丸出しになる。
男の言う通り、汁がまだ出ていた。
女医は改めて処置を施す。
「まだ出るようだったら病院へ行ってください。できれば整形外科がいいですね」
男は部屋を退出際にいった。
「ありがとうございました」
午後4時20分頃。
病院へ男は入っていった。
「お願いします」
受け付けで診察券を出す。
「今日はどうしました?」
「膝を怪我しました」
「前の傷ですか?」
男は苦笑して、
「いえ、あれは治ったんですけど、また同じ所を怪我しちゃって・・・」
受付の人は軽く笑って、
「はい、しばらくお待ちください」
そう言って奥に引っ込んだ。
「○○さん、処置室に入ってください」
と、アナウンスが流れる。
男は立ち上がって、処置室に入っていく。
「横になってください」
看護婦が指示する。
男は黙ってベッドに横になった。
男の医者が来た。後ろにもう一人いる。
「傷がぐちゃぐちゃになっとるね。跡になるよ」
先に来たほうの医者が言った。
「オキシ」
看護婦に指示を出す。
「蒸留水を君はもっといて」
後からきたほうにいう。
看護婦がプラスチックの瓶を先の医者に渡す。
「しみるからね」
透明な液体を患部に流す。とたんに泡が出る。
「うわぁ」
「すごい」
一部の看護婦にそういう呟きが出る。
「蒸留水をかけて」
後ろの医者に指示する。
「はい」
患部に液体を流す。
やがて少し中に残った状態で出なくなった。
「これはね、針をすこしだせば・・・」
そう言いながら蒸留水の瓶のノズルを少し出す。
そして、また流す。
「わかった?」
「はい」
後ろの医者はうなづく。
横に寝かされた男は顔をひきつらせていた。
午後11時50分頃。
「痛たっ」
ベッドに男は横たわる。
「また、1カ月の病院通いかぁ」
ため息をついて、部屋の電気を消した。
<了>