#209/1336 短編
★タイトル (XVB ) 94/ 4/ 9 16:48 ( 97)
お題>鬼 $フィン
★内容
私がこの村を選んだのは、この村が昔ながらの農村であったからだ。
その村には牛がモーとなき、鶏が朝になればコケコッコとなき、野良着を着た農民
たちがいた。
農民たちは貧しいながらもアワにヒエ、たまの祝いには米も食べることもできる。
小さな幸せな生活を営み、昔話に出てきてもおかしくないといった素朴なたたずまい
を残していた。
こんな光景めったに見られない。それに日はまぶしい、空気はうまい。田舎そのも
のだ。私は彼らの気持ちになろうと同じ粗末な服を着て、頭には粗末な布を被って、
私は正真証明のおのぼりさんとなりっていた。
「こんにちは、ごせいがでますね」私は云った。
「はあ〜」老婆が耳を傾ける。
「ご精が出ますね」私はもう一度大きな声で云った。
「あんた。よそものかい」老婆は聞きなおした。
「そうですが、私の発音どこか変ですかあ」
「変じゃ」老婆は川に手を入れだいこんの葉をじゃぶじゃぶ洗いながら云った。
「マニュアルのとおりやってきたし、通信教育でも甲の許可書貰ったのになあ、ど
うしておかしいのだろう」私は首を傾けて考えた。
「ふんっ」老婆は私の顔をじっと見ていたが、私のいうことが理解できなかったら
しく、頭のまわりでくるくると三回指で輪を描くと、さっきの大根洗いに精を出し始
めた。
「まあ、いいかっ、一応会話は通じたのだし」私は急にその老婆に興味を失った。
「ひいいいいいいい」突然、農村を揺るがす大声があたり一面に響き渡ってきた。
「どうした? なんだ? どうした?」畑にでていない老爺、老婆、女衆、子供だ
った。彼らはわらわらと蟻のように出てきた。
「お民が危ないぞお〜」その家から悲痛な声が聞こえてくる。
「お民が危ないとお〜」その声を聞いてあたり一面の畑に広がっていた農民の男衆
が集まってきた。
「お民が危ないとお〜」男衆がわらわらと素朴な家に入ってきた。
「な、なにをしとるんじゃ、おめえらは」大根を持った老婆が云った。
「ここは男衆が入るところじゃねえ、お民のやや子がもうすぐ生まれるところでは
ねえか」
「今、お民が危なえと聞いて、おらたち急いで来ただよ」男衆が一同おろおろして
いた。
「なんでおんまえらがこなけりゃならんのだ」例の大根老婆がじろりと男衆の顔を
にらんだ。
「そらあ、おまえ、おらたち同じ村のものじゃけん、お民が危ねえと聞いたどもい
てもたっておられんようになっただよ」男衆はうんだうんだと首を縦に振った。
「おまえさんっ」それまでそのやりとりを聞いていた女衆が男衆を一括した。
「おまえさんっ、前からおかしいとおもっとたら、お民とちちくりおうとったのと
違うのけ」
「そんなことあらせん、お民はおれたちの観音・・・いんや、幼なじみじゃけん、
そんなことするはずなかろうて」おろおろしたようすで男衆は云った。
「お民と近くの神社でちちくりおうとったとおらのがきが云っとたぞ」鼻水を垂ら
した子供の頭をなぜて云った。
「おれ知らん」男衆の一人が云った。
「それじゃ、どこのどいつがお民の腹のととさまじゃ。お民はだんなもおらん生娘
のはずだったんじゃ、それなのにいつのまには腹がはってきておる。わしがととさま
がだれじゃいうてもお民は口をわらん、この中にお民のととさまはおるはずじゃ」老
婆は大根をばさりばさりと両手でへし折った。
「おら知らねえぜよ」農民の一人がおびえて云った。
一人がいうと他の男衆もおびえてわめきだした。
この時代大根割りは力を持ったものの証のようだ。
「おらも」
「おらも」
「おらも」
「おらも」村の男衆すべてがととさまの権利を擦りつてあっている。
「ほんぎゃあああああ」そのとき家からやや子の声が聞こえてきた。
「やや子じゃ」
「生まれたぞぅ〜」
「おんたか〜」
「めんたか〜」
「おらの子がうまれたぞ〜」
男衆、女衆、がき、老爺、老婆、納屋からはわんこ(雄)、猫(雄)、草むらから
はその声を聞いて狐(雄)、狸(雄)、猪(雄)、熊(雄)のたぐいまでが、ぞろぞ
ろぞろぞろお民のやや子を見ようと押し掛けてきた。
「これがやや子だぁ」老婆が素朴な家に入り、しばらくして血だらけのやや子を皆
の衆に見せた。
「なんじゃ、そりゃあ」
「わしにはそんなのついてねえ」
やや子の頭には巨大な角が生えていた。
「わしの娘は、鬼の子を生んでしもうたぁ」老婆はしわくちゃな顔をさらに歪ませ
て叫んだ。
「鬼じゃ、鬼の子じゃ、鬼の子は不吉じゃ、殺せえ、殺せえ」農民たちは今までの
穏やかな空気はどこへやれ、たちまち険悪な空気に包まれる。
農民たちは、ナタ、カマ、その他もろもろの粗末で物騒なものを出してきた。
まだ汚物がついたままの血だらけの赤子の命を奪おうとしている。
「いけません、赤子でも命はあります」私は野蛮なその光景に見ていられなくなり、
飛び出してきた。
「なんじゃ、おのれは」
「私ですか、旅のものですよ」私は答えた。
「おのれは、さっきの」頭にかぶった布がぽろりととれた。
「ああああああ・・・・」あの大根を持った老婆は私の頭を見て腰を抜かした。
「角がある〜、こいつの頭にも角がある〜、こいつがやや子のととさまじゃったの
じゃ」
「私は違いますよ〜あああ何をするのです」私に向かってナタ、カマが向かってく
る。
「鬼め〜、死んでしまえ〜」村人の声を聞きえてきた。
ナタが私のド頭にめりこんだ。
たまたま大昔の農村に興味を持ち、時間を掛けていた私は死んでしまった。
死んでしまった私にはわからないが角の生えた赤子も旧人類たちに殺されてしまっ
たのだろう。
だから農民の時代には間引きがあったのか。間引きの本当の意義は角のある赤子の
除去だったのか。
角のある新人類の登場はまだまだ時間がかかりそうだった。
$フィン