#176/1336 短編
★タイトル (XVB ) 93/12/22 19:42 (167)
悪魔と神 $フィン
★内容
「どうして、おまえが悪魔の子って言われなければならないのだろうね」髪に白い
ものが増えてきた母親がぼくに抱きついて言った。
「泣かないでください。かあさん。かあさんが泣くとぼくまで哀しくなってしまい
ます」僕は軽く母親の肩を叩いた。
彼女の身体は弱々しく、僕が軽く叩いただけでもつぶれそうだった。
「そうはいってもね」母親は嘆き哀しみ涙で赤くなった目でぼくを見つめる。
「そうですね。あれは理不尽だったですね」村のものは、ぼくを悪魔の子と言われ
ていることで母親が長老会議に抗議に言ったのを知っていた。村の一部のものは、長
老たちと母親の間の秘め事、それを却下され、怒った母親が長老の一人を殴りかかり、
彼女まで悪魔の子を生んだ母親ということで追い出されかかったのを知っている。
ぼくが誰にもわからないように最長老に合い、ほんの少しの脅迫とこれから起こり
うることの予言(これは毎年のデータをとっていればわかることだ)を彼以外のもの
に語らないことを条件に、母親への処分を免れるように掛け合ったことは、この哀れ
な母親さえ知らないことだった。
「でもねえ、村のものが言うのだよ。おまえさえいなければ悪魔はでてこなかった
のに」
「悪魔をなんてこの世にはいませんよ」ぼくは軽く笑った。
「こんな母親思いの優しい子が悪魔の子だなんてわたしゃ信じられねえ」母親はき
つくぼくを抱きしめる。
「かあさん。・・・痛いですよ」ぼくは母親を喜ばすために言った。
今の母親の力ではぼくを絞め殺すことはできないなと思いながら、ぼくは母親に言
った。
「あっ、ごめん。きつく抱きついてしまった。逞しくなったね」母親はあわててぼ
くの胸から離れ、調整のとれた全身をほれぼれしたように見る。
「そうですか」ぼくはそっけなく言う。
「うんうん、逞しいいい男になったものだよ。おまえの身体が普通だったら村の女
たちが黙ってはいないだろうね」
ぼくは、母親が自分の子供を賞賛する言葉の裏に他の女への嫉妬、そしてぼくに対
し密かな欲情を感じとることができた。
これは母親を責めても仕方がないことだった。彼女は知らないだろうが、彼女たち
の血に潜む忌まわしい近親相姦の記憶がたまたま言葉として現れているのだった。
「普通だったらですか・・・普通に生まれていれば、かあさんを泣かすこともなか
ったし、村から追い出されるようなこともなかったでしょうね」ぼくはできるだけ声
を抑え、感情的にならないように気をつけた。
「わたしゃそんな身体に生まれついてもおまえが可愛くてしかたがないのでよ」
「ぼくが生まれたときはショックだったでしょうね」ぼくは母親を見た。
確信はないが、ぼくは実姉を妻に持つとても好色な最長老と母親との間にできた子
供だと思っている。
一瞬の間があいた。
ぼくは再び母親の顔を見た。母親はどう言えばいいのか悩んでいるようだった。
「他の子供は普通に生まれてくるのにわたしの子供だけが異常だった。赤子の間だ
け異常だったと思っていた。大きくなればなおると思ってた」母親はぼくの身体のこ
とを言った。
ぼくは村を出る前に実の父親のことを確かめたかったが、彼女がいいたくないのな
らそれでもいいと思った。
「でも、かあさんが望む姿、普通のものにはならなかった。ぼくがたったこれだけ
のことが」ぼくが他のものと違うところを指さして言った。
「違うだけで村のものからも白い目で見られ、異常のものだと言われ続けてきまし
た。それが何だというのです。これだけじゃないですか。目を二つあるし、耳も二つ
ある。鼻も一つあるし、口もこうして一つある。手も二本指も五本ある。それにあれ
をつくることもできる」
母親の肩が揺れる。ぼくを見つめる母親の目に恐れのようなものが混じる。
「頼むから、あれのことはいわないでおくれ、考えただけで恐ろしい。おまえがあ
れを生んだのを見て、びっくりしたんだよ。何もしていないだろうね。誰にも見つか
っていないだろうね。特に最長老には・・・」母親はぼくの目を覗き込む。
「さあ、ぼくはかあさんに見るからないところでもあれを生んだことがありますか
ら、誰かに見つかったことがあるかもしれませんね」ぼくは微笑む。
「やめておくれ。そんな怖いことを言うのは・・・あれが持てるのは神さまだけな
のだよ」
「それとも悪魔ですか?」ぼくは母親があれの話をするたびに、きょろきょろまわ
りを見回している。彼女はそばに誰かかいるかどうか調べているのだ。
「あああ、わたしは村のもののいうとおり本当に悪魔の子を育ててしまったのかも
しれない」母親は顔を歪めてぼくを見る。
「そうかもしれない。でも、あれのどこか悪魔だというのです。ただこうやってこ
すりあわせただけですよ」ぼくは母親にあれをつくるまねをして見せた。
母親の顔がますます苦しみに満ちた顔になる。
「あああああ、そんな恐ろしいことをしないでおくれ、本当に悪魔を創りだす悪魔
だと言われてしまうよ」
「かあさん、ぼくは普通に生まれなかったかもしれませんが、これを生みだすのは
誰でもできるのですよ。かあさんあなたにもね・・・なにもこれは恐ろしいものじゃ
ないのです」
「恐ろしいものではない? そんな冗談はやめておくれ。あれは悪魔だよ。昔から
あれが出ると村から死人が大勢でてるのはおまえも知っているじゃないか」
母親の言っていることは半分あたっている。どうしようもなく大きくなり過ぎたあ
れは、ぼくの手にもあまり、ぼくでも逃げ出すだろう。
「かあさん、それは使い方を間違ったからです。あれも使い方さえ間違えなければ、
どんなにいいものか・・・」
「やめておくれ。わたしゃあれが恐ろしゅうて近づけん」母親は一歩下がる。
怯える目でぼくを見つめる。
ぼくはため息をついた。ぼくが自由にあれを使いこなすことがわかったのなら、目
の前にいる哀れな母親はどうするだろう。
母親にあれのよさを説明して、あれの使い方を覚えさせて、あれで今までよりいい
生活をしていこうと考えていたのだけど、これではどう説得しても無駄のようだとわ
かった。
母親は本能的にあれを恐れているのがわかった。そして口には出さないけど、あれ
を使うぼくでさえ恐れているような気がする。ぼくは彼女の子供なのに、何も悪いこ
とをするをする気持ちはまったくないのに彼女は恐れている。
それに恐れているのは彼女だけではなかった。村のものがぼくを普通でないもの、
異常だと決めつける方が簡単であり、ぼくを異常のものとして村から追い出すことの
方が彼らの恐れを和らげる唯一の方法だったと感じている。
そのうえぼくは彼らのあれを退治したことがある。それも簡単に退治する方法を覚
えたと言えば、どういうことになるだろう。彼らは恐怖のあまりぼくを岩にくくりつ
けて八つ裂きにするかもしれないなとふと思った。
そう思うと震えがきた。
ぼくはこの哀れな母親が好きだった。だからぼくは母親に恐れられる存在にはなり
たくなかった。彼女たち普通のものにとってのあれが悪魔である限り、ぼくがあれを
利用していく限り、ぼくがこのまま残ることは種を守るために彼女たち普通のものが
ぼくに殺意を抱くことがあるかもしれない。そしてぼくを守るために親殺しの罪をお
かさないために。
ぼくは決心した。この村から出て遠いところに行こう。
ぼくは村を出て北に向かった。
どうして北に向かったのかわからない。南の地には母親がいる。彼女から別れるた
めに北に向かったのかもしれないし、北にはぼくを呼んでいる誰かがいるような気が
して向かったのかもしれない。
気がつくとぼくの足は北に向いていた。
ぼくは砂漠を渡った。そこには生きているもの、死んでいるものにかかわりなく襲
いかかる獰猛な巨鳥がたくさんいた。
あれを使い巨鳥を追い払った。それでも巨鳥は襲ってきた。ぼくは傷つきながらも
闘い生き残った。
北の地は寒い。最初に思った。
ぼくはあれを生んだ。
あれが生まれるととたんに寒さが和らいでいく。
後ろから何かが忍びよる気配があった。おそらく好奇心にかられてやってきた獣だ
ろう。いつでも攻撃できる体制をとった。
ぼくはあれを持ち、振り返った。
「きみはっ」ぼくは叫んだ。
そこには赤い実を持ち、異常な姿をした少女が立っていた。
ぼくの目の前には少女がいて、ぼくとの間にはあれがあった。
「暖かいね」少女はあれの近くに手をやる。
「そんなに近づけると危ないよ」ぼくは優しく彼女に言った。
あれからぼくは彼女に連れられて、彼女の村についた。
彼女の村のものはすべて異常のものだった・・・というより尾のない姿の方が普通
だったというべきか。つまり、尾のないものの世界では、尾のあるものは異常で、尾
のないものは普通のものとなる。
ぼくを散々悩まして、ぼくを南の村から追い出す口実をつくった尾。それが彼らに
はない。そしてぼくにも尾がない。彼らはぼくの身体については何の疑問を持たず受
け入れてくれた。
そしてぼくは彼らの長、つまり少女の父親である男にいろいろなことを話した。南
の村での暮らし、母親のこと、長同士が縄張りのことでさかんに争っていることなど。
ぼくの話がどこまで通じたかわからない。十分ではないにしても、おおよそのこと
はその驚いた顔でわかった。
話が続けるにつれて、彼らがぼくを見る目が敬虔なものになっているのが気になっ
ていた。
ぼくが砂漠を無事に渡ってきたのも奇跡に近いことらしい。あの砂漠の巨鳥は砂漠
を渡ろうとするものすべてを滅ぼす神の使いだと言われ恐れている。その神の使いに
も負けず砂漠を渡ってきたぼくは不死のものだと言うものもいた。もちろんぼくは否
定した。
特に彼らの興味を引いたのは、ぼくが彼らの前であれを生み出したときのことだ。
彼らはこれ以上大きくできなとというほど目をあけ、ぼくの手から生まれるあれを見
た。
彼らは好奇心旺盛な民だった。彼らはそれを受け入れた。彼らは怖がらなかった。
ぼくが生みだすとあれのありがたみを知り、あれについては悪魔ではなく神様の授か
りものだと考えているようだった。
ぼくは誰でもできるものだと彼らに説明した。しかし、彼らは神様からの授かりも
のだという意見を曲げようとしなかった。
詳しい説明は無駄だったか、それでもいいとぼくは思っている。
恐れるより、今の生活をよりよくするために怖がらず使えるのなら、神様の授かり
ものでもなんでもいいと考えた。
北の長はぼくのために大きな家をつくってくれると約束した。北の地で始めたあっ
た少女、彼の娘をぼくに差し出すと約束した。少女は村の長の娘であると同時に村の
巫女の役目を兼ねていると聞いた。すると彼らにとってぼくは神? ふとそんな考え
が浮かび、ぼくは苦笑した。南の村では悪魔の子と言われていたのに北の地では神か。
これは、おもしろい冗談だ。
少しの誤解も混じって、こうしてぼくはこの村に住をかまえることとなった。
ぼくはこれからのことを考えている。
あれをいぶして丈夫な服の作り方、病を直す薬の調合法など、この村がぼくを受け
入れたお礼として、ぼくが南の地で学んできたすべてを彼らに教えていこうと考えて
いる。
そしてこの燃える火の使い方を間違えない限り、ぼくたちは増えていくだろうと考
えている。
ぼくは持っていた赤い実りんごを一口噛んた。それは甘く酸いかった。
$フィン