#145/1336 短編
★タイトル (WMH ) 93/10/11 12:56 (101)
日常だらら新聞/有松乃栄
★内容
※この物語は不条理です。感性が合わないなあと思った方は、読み飛ばしてい
ただいて結構です。不愉快な世界が展開されますので……。
☆★☆★☆
「ああ、食った食った」
と、言った。
言ったのは、誰だ。まてよ、ここには誰もいないじゃないか。私以外に。私は
何も言っていない。とすると、誰だろう。
私は、辺りを見回した。が、それらしき人影はなかった。
さて。
私は、ジグソーパズルの続きを始めた。今、7つめの大きいピースを仕上げて
いるところだ。このジクソーパズルは、100×100ピースに分かれているの
で、大変である。細かい100個のピースを完成させると、大きい1つのピース
になる。それを100個組み合わせれば、完成ということになる。じゃあ、単な
る10000ピースのジグソーパズルじゃないか、と言われれば、なるほどその
通りだ。ああ、これは10000ピースのジグソーだったんだ。
「ああ、食った食った」
また、どこかで、声が聞こえた。おかしい、テレビだろうか。いや、そんな筈
はない。家にはラジオしかないのだ。
しかも、壊れている。が、壊れているのは取っ手なので、ちゃんと音は出る。
だから、一応は壊れていないラジオ、ということになる。
このラジオは美味だ。この前、親友のなまこが来た時に、食べさせたら、
『うんっ、ナイスね。グッドです。これほどのラジオだもんね。いりこちゃん、
さてはボーナス出たな?』
と、喜んでいたもんだ。
なまこはいい。バカだから、大好きだ。生まれがニューデリーかどっかだから、
関西弁が話せない。私は大津で生まれたので、関西弁だ。だから私は、なまこに
いつもこう言うのだ。
『アホかぁ、おのれはぁ』
そしたら、なまこは泣く。なんで泣く。私は困ってしまって、ワンワンワワン、
てな具合なので、なんの解決にもならない。
そんな付き合いが、もう五年。まさに親友だ。
「ああ、食った食った」
誰だ。さすがに、腹が立ってくる。私が狭いワンルームに住んでいるからって、
バカにしてるのか?
北里いりこ、21歳。こう見えても昔は、天才と呼ばれていた。誰が呼んでい
たんだろう……。私にはよくわからないが、そういうことらしい。
しかし。
何を食ったんだ。この男は。そうだ、これは男の声じゃないか。私はさすがに、
これだけ声の太い女を知らない。たぶん、男だろう。それも、結構、歳食った男
だ。推定年齢、47歳ってとこか。
顔は純日本風。時代劇の役者のような。それも老け役だな。しかし、よく見る
とまつげが長くて、瞳なんか輝いちゃったりして。
……レコードが欲しいなあ。昔のアナログ盤。
「ああ、食った食った」
しつこいな。まるで、針のとんだレコード……。そうか、レコードだ!
私は気づいた。この声は、レコードなんだ。
とりあえず、隣の部屋の西山口さんの部屋をノックする。ああ、私、ハダシじゃ
ないか。恥ずかしい。
「あら、北里さん。どうしたん?」
「レコードがとんでるみたいなんです」
「えっ? じゃあ、あの声は……」
「西山口さんも、やっぱり気づかれてましたか」
「そうなんよ。さっきから、『押すだけ、押すだけ』って声が、ずっと繰り返
し聞こえて来てたからさ。なんかなーって、思ってたんよ」
私達は、マンションの外に出てみた。すると、どうだろう。あちこちから、一
定の単語、フレーズが聞こえて来た。
『ミミ萩原、ズボン』
『せっせっせっとくりゃ……みゅう』
『スルメがやってまいりました』
『小さい秋、小さい秋』
まるでサンプリングされているかのように正確に言葉を伝え続ける、それらの
声は、ついに街中にまで流れ出していたのだ。
「どうしよう……。このままじゃあ、レコードに支配されてしまう」
「どこかで、針がとんでる訳だから、その、もとを断たないとどうしようもな
いね」
西山口さんの言葉に、私は、なるほどとうなずいた。
「虫には殺虫剤が効きますよね。じゃあ、殺レコード剤を使ったらどうでしょ
う」
「ダメよ。レコードを殺してしまったら、この世から音がなくなっちゃう。そ
れよりも、溝の傷を治すことを考えなきゃ」
私達は、近所のケロ薬局へ入り、“れこーどきずぐすり”を買った。アンパン
マンの絵が描いてあって、かわいい。
「あとは、レツゴー三匹、人長作から教わった、特殊拳法でレコードの主をお
びき出すのよ」
「なんですか、それは?」
西山口さんは、ジュリーのマネをした。いや、昔のジュリーの曲の振り付けの
ような、ポーズをとり、そしてこう叫んだ。
「音楽チョーサク拳っ!」
すると、どうだろう。どこからともなく、ザワザワザワという音が聞こえたか
と思うと、何千、いや何万というシングルレコードをひきつれて、直径10mは
あるかという、巨大なレコードが、私達のもとへ迫ってくる。
「今よっ、きずぐすりを!」
「あ、は、はいっ!」
私は、スプレー式の“れこーどきずぐすり”を、巨大なレコードに吹き付けた。
傷にしみたのか、巨大レコードが『いやーん』と言った。
そして、巨大レコードはへなへなと膝をつき、消滅してしまった。後に残った、
数万のシングルレコードは、巨大レコードが消滅すると同時に、地面と水平に浮
かび上がり、一定の回転を始めた。
「これで、救われたんでしょうか」
私が西山口さんに尋ねると、彼女は、
「救う者も、救われる者もない。ただ、素直になりたかっただけ……」
と、言った。
私と西山口さんは、平穏さを取り戻したこの町を後にして、駅前の居酒屋へと
向かうのであった。
(終わり)