#5318/5495 長編
★タイトル (CWM ) 00/12/06 22:21 (139)
天空のワルキューレ(後編)G つきかげ
★内容
ざわざわとした感触。
それは、無数の音の断片が散りばめられたような。
そして光と色彩が分解され浮遊しているような。
全てが偏在し、全てが生起してゆき、全てが変化していく。
いたるところに、ざわめきがある。
あらゆるところに、光の切れ端がある。
判る。
その向こうが。
全ての断片の彼方。
全てのノイズはあたかもそれが全てであるように見え、しかし、その向こうがある。
全てが生起してくる何ものか。
判る。
それは、限りなき暗黒のようにも思え、凄まじい太陽の光のようにも思える。
真夜中の暗黒を覆う太陽。
いや、無限の暗闇と同化した、無限の光。
それは、断片と化した音や光の向こうに垣間見える。
じりじりとした、思念が焼けこげるような感触。
突き動かされるような感触。
深い、深い泥沼の奥底より、巨大ななにものかが浮上してくるような。
ざわざわと。
ざわざわとした。
その無数のノイズの彼方。
何かがある。
触れようとして触れられない。
しかし、歴然とした。
暗黒。
あるいは果てしなき輝き。
あるいは無限の死滅。
そして果てしなき生成。
向こう側へ。
行こう。
突然、それは出現した。
それは降りてきたというべきか。いきなり交響楽のクライマックスが始まったよう
な。あるいは、霧に覆われた向こう側より、突然巨大な建造物が出現したかのごとく。
フレヤは自身を知った。
そこは、天空城の、空中庭園である。あらゆるノイズが音へと編成され、光の洪水
に過ぎなかったものが形態を備えた。
手には剣がある。フレヤはその剣を、腰に戻す。その美しい花々に彩られた夢幻的
庭園を見渡す。
ブラックソウルが、ヴェリンダが、そしてバクヤとヌバークが沈黙したまま、自分
を見つめているのを知る。
「私は」
フレヤは呟く。
「私はここでは無い、どこか別の世界から来た。それが今、判った」
水鏡の中から、エリウスが出てくる。美しい王子は、全身から水を滴らせて庭園に
降り立った。
「やれやれだなあ」
ずぶぬれのエリウスはぼやく。相変わらず、のんきそうな瞳であたりを見る。
「黄金の林檎はどうした?」
ブラックソウルの問いかけに、エリウスはぼんやりと答えた。
「さあ、どうしたんでしょ」
突然、水鏡が黄金の光を放つ。あたかも昏い深淵から太陽が昇ってくるように。
光は無限の高みを持つ紺碧の空を貫く。天空城は、光の柱に串刺しにされたようだ。
そして、その黄金の輝きを放つ物体は、ゆっくりと姿を顕わした。
死せる女神の心臓である、黄金の林檎。
そこにいるものたちは、フレヤをも含め息を呑んだ。それが啓示するのがまさに宇
宙の外であることを、本能的に理解したためだ。無限の宇宙よりさらに果てしない、
宇宙の外。そこからその暴力的な黄金の光は到来し、あたりを覆ってゆく。
まさに、世界を終焉に導くであろう力を秘めた光。
それが黄金の林檎。
全くコントロールされぬ、野生の姿を人前に晒したのは、おそらく地上に持ち込ま
れてから始めてであろう。
ブラックソウルでさえ、身体を震わせた。自分の求めるものが放つ、あまりに凶暴
であまりに陶酔的な美しさに酔わされている。
誰もが思った。
フレヤでさえ。
ここまでのものとは。
世界の果てを超えたものを啓示するということが、どれほどのことかということを。
今、始めてそこにいる者たちは理解した。
最初に冷静さを取り戻したのは、ブラックソウルである。
「できるか、ヴェリンダ」
ヴェリンダは頷き、両手を動かし呪術文様を空中に描く。手の動きに沿って、異質
な空間が宙に出現した。
ヴェリンダが、トラウスを訪れた際に学んだ黄金の林檎の封印の魔法。
その封印空間は、中空を横断し黄金の林檎へと向かう。そして、黄金の林檎と重な
り、光を封じ込める。そこにいる者たちは、ため息をもらした。
その時。
漆黒の鳥が、水鏡から出現し封印空間を掴んだ。
「ガルンか」
ヴェリンダが呻く。
「ザンネンダッタナ、ヴェリンダ。オレハ、シナナカッタ」
黒い鳥は、そう言い残すと封印空間を掴んだまま紺碧の空へと舞い上がる。凄みを
秘めて昏く青い空の彼方へと、漆黒の鳥は飛び去っていった。
「しぶといやつだ」
ブラックソウルは苦笑する。
「全部終わったようやが、どうするんや、ブラックソウル」
バクヤが凶暴な視線を、ブラックソウルに投げかける。ブラックソウルは肩を竦め
た。
「とりあえず、ガルンを追わなきゃな。また会おう、嬢ちゃん」
「また会おう、て」
ブラックソウルの背後から、音もなく飛行機械が出現した。その卵形の飛行機械を
操縦するのは、シャオパイフォウである。ブラックソウルとヴェリンダは飛行機械に
飛び乗った。
エリウスたちが見守る中、飛行機械は軽やかに空へと舞い上がってゆく。バクヤが
ため息をつく間に、飛行機械は天空城から去っていった。漆黒の鳥を追って。
そこにようやく黒衣に身を包んだロキが、城の地下へと続く階段から現れる。
「残念だったな、ロキ」
フレヤは皮肉な笑みをロキに投げかける。
「黄金の林檎はガルンに持ち去られたぞ」
ロキは冷静な声でいった。
「やつの行き先は判るさ。アルケミアしか無い。とりあえず、地上へ降りよう。トラ
ウスの神殿への通路は閉鎖したが、サフィアスのフライア神の神殿への通路が残って
いる」
ヌバークがロキに言った。
「アルケミアへは私が船でお連れしよう、ロキ殿」
ロキは黙って頷いた。
「全くえらい目に会いましたよ」
シャオパイフォウは飛行機械の中でぼやく。ブラックソウルとヴェリンダは放心状
態で、飛行機械の座席に身を投げ出している。
「私以外は全滅でした。天空城の中に天使どもが大勢残ってました」
ブラックソウルはうんざりした口調で言い放った。
「そんなことは見れば判る。それより、天空城のシステムは把握したのか?」
シャオパイフォウは肩を竦める。
「頭の中にちゃんと詰め込みましたよ」
シャオパイフォウはとんとんと指先で額をつつく。
「この私にしても、えらく手こずりましたがね。それはそれとして、少し気になるこ
とがあるんですけど」
ブラックソウルはじろりとシャオパイフォウを見た。
「なんだ」
「本当にブラックソウル様、あなたはヌース神とグーヌ神を滅ぼすためにだけにあの
黄金の林檎のエネルギーを利用するシステムをお使いになるんでしょうね?」
ブラックソウルはあからさまに、不機嫌な声を出す。
「あたり前だ。昔説明した通りだよ。神々の約定から人間を解き放ち、全ての人々を
王国より解放する。それがおれの目的だ」
「だといいんですがね」
シャオパイフォウは首を振る。そして呟いた。
「まさかそこまで、おれは自分の上司が狂っているとは思いたくない」
「何くだらないこと言ってやがる」
ブラックソウルはやれやれと首を振る。
「何か疲れてません?ブラックソウル様」
「あたりまえだ」
ブラックソウルはそういうと、口を閉ざす。
「まあ、元気だしてくださいよ。いいこともきっとありますから。で、次はどこへ行
くのでしたっけ」
ブラックソウルは遠くを見つめる。そして一言だけいった。
「アルケミアだ」