AWC 天空のワルキューレ(後編)B     つきかげ


        
#5308/5495 長編
★タイトル (CWM     )  00/12/06  21:44  (135)
天空のワルキューレ(後編)B     つきかげ
★内容

 ミカエルは目の前が昏くなるような無力感を感じた。全く歯がたたない。巨人の強
さは、この世の理から外れたものとしか思えなかった。
 上空に離脱したミカエルはブーストモードを解除し、叫ぶ。
「ウリエル、バスターランチャーだ。巨人を撃て」
 ウリエルは長大なバスターランチャーの照準を巨人に合わせる。巨人は無言のまま、
ミカエルとウリエルを見つめていた。そのサファイアのように輝く瞳からは、なんの
感情も読みとることができない。まだ、殺戮の意志を明白に放つ天使たちのほうが、
その考えを読みとりやすいと言えるだろう。その巨人は、完全にこの世界から解き放
たれた存在と、化していた。
 バスターランチャーの砲身を何重もの虹が取り巻く。空を巨獣の咆吼のような轟音
が覆う。煌めく光の破片が無数に巨人へ降り注いだ。
 夜空を駆けるはずの彗星が、地上へと落下したようなものである。天空城の森は白
熱する光の球に包まれた。
 狂った雷雲が無数の稲妻をうち下ろすように、轟音と火花が地上を埋める。断末魔
の火龍が放つ苦鳴のように、火焔が大地を舐め回した。
 光と爆煙が消え去った後、大地に穿たれた巨大な縦穴が姿を顕わす。大きな戦船が
まるごと一隻入ることができそうな穴だ。
 その眼球を刳り抜かれた後の眼窩のような昏い穴に、巨人の死体の欠片すら見いだ
すことはできない。巨人の身体はおそらく熱と衝撃で分子レベルにまで分解されたは
ずだ。
 地上を見下ろすウリエルが呟くように言った。
「何があったんだ?ガブリエルとラファエルが斬られたのか?」
 ミカエルは呆然として呟き返す。
「まだ終わってない、気をつけろ」
 黄金の閃光が走ったのは、ほんの一瞬のことである。光が消えた時そこには、巨人
の姿が再生されていた。穴の縁に巨人は立っている。身に纏ったマントや純白の鎧も
再生されていた。
「位相をずらせて、バスターランチャーをさけた?しかし、呪術的に照準を定めた以
上、逃れられるはずがない。どういうことだ?」
 ウリエルの言葉に、ミカエルが掠れた声で応える。
「あれは巨人では無い。巨人の姿をとった時空の歪みだ」
 ミカエルは一瞬、光が奔るのを見た。それはほんの一瞬のことである。その瞬間、
ミカエルは本能的にブーストモードへ移行していた。視界の片隅に、ウリエルがゆっ
くりと墜落してゆくのが見える。
 ウリエルはその胴体を、巨大な剣に貫かれていた。貫かれた胴から青白いプラズマ
の火花が発せられているのが見える。ブーストモードに移行したミカエルの意識の中
では、まるでウリエルがゆっくりと沼地へ沈んでゆくように感じられた。
 ミカエルは全身に震えが走るのを感じる。恐怖とも絶望ともつかないどす黒い思い
が、心を覆っていくのを感じた。
 黄金に輝く剣を抜く。その輝きに反して、ミカエルの心は萎えていった。巨人の存
在は聞いている。しかし、それがこれほどのものとは、全く予想していなかったこと
だ。
「りいーらぁーらぁーうぃらぁああーりぃあぁああ」
 突然、ミカエル自身が忘れていた雄叫びが口をついて出た。もう、六百年もの昔、
ミカエルが別の名を持つ草原を駆ける戦士であったころの戦いの雄叫びである。
 ミカエルは、ブーストモードを全開にし、龍のエネルギーを最大限に使った加速で
地表へ向かう。再び戦闘の雄叫びが口を裂いて出た。
「ありるぅーるぉーおらぁーあありぃあああーっうりぃぁああー」
 ミカエルのジェノサイダは音の壁を超え、全身を軋ませながら速度を上げてゆく。
ミカエルの頭の中は、白熱する高揚で真っ白になった。
 ジェノサイダの身体は、限界を超え炎につつまれる。広げられた両翼は、燃え尽き
灰となっていった。ジェノサイダは天空より墜ちてゆく、星となる。
 なぜかミカエルは遠い昔、自分が人間だったころのことを思い出す。自分の中にそ
んな記憶が有ったこと自体が驚きであった。草原を馬を駆って走り抜け、王国の都市
を略奪していたころ。人間としての恐怖や不安、戦闘の高揚があったころ。
 白い巨人めがけて降下してゆきながら、自分が戦う一人の個と化してゆくのが判る。
ミカエルは、燃え上がる意識の果てで巨人を見た。巨人は笑っている。それは、侮蔑
や挑発の笑みではなく、慈母のように穏やかな笑みだった。ミカエルの意識は戦闘へ
のエクスタシーの中で白い闇へと呑み込まれる。
 ミカエルが気がついた時には、青い空が見えた。ジェノサイダの中ではなく、生身
の身体が森の中にほうりだされている。
 身を起こそうとして、自分の身体が両断されていることに気付いた。下半身は、切
断され見あたらない。再び、ミカエルは大地に横たわり空を見上げる。もう何も考え
ることができない。ただ、意識が深く昏い闇へと沈んでゆくのを待つばかりだ。
 視界の端に巨人が見えた。巨人はゆっくりと、森の奥へと向かう。

 飛空船の船室で、ヌバークが呟く。
「なにかが、おかしい。空間が安定していない」
 ヌバークは自分の額につけられた封印の刻印に手をあてる。その魔法文様が発する
呪力は明白に衰えていた。
「始まったな」
 バクヤがにんまりと笑って、ヌバークに言った。
「ウロボロスの輪が封印を解かれたんや」
 ヌバークは邪龍ウロボロスについて大体のことは知っているつもりだった。ウロボ
ロスは、かつて女神フライアの死体ごとグーヌ神を封じていたものだ。その内側では
時空間自体が安定を失い、魔法は正しく動作しなくなるという。
 そしてウロボロスが封印を解かれると、魔法だけではなく因果律や物理法則自体が
狂いだし、世界の安定性が消失するということを聞いていた。今、ウロボロスが解き
放たれたのであれば、世界が崩壊してゆくということになる。
 ヌバークは自分の魔力を試してみた。魔力とは魔法を駆動する力であり、要するに
自分が契約している精霊とコミュニケーションをとる力である。
 それは呪文といわれるものを通じて行う。呪文は言語ではあるが発音することは不
可能であり、文字として描くことも完全な形では不可能である。それは思念の形とし
て脳内に蓄積されるものだ。それは、言語というよりも、脳内に生き物を飼っている
感覚に近い。
 呪文は魔導師の思念に応じて働く疑似生命体のような存在だ。その呪文が動作する
ことによってヌバークの意識のチャネルが切り替わる。通常の意識では感じ取ること
のできないアイオーン界がリアルなものとして認識できるようになり、次元界の位相
を通常の風景を見るように感じ取ることができるようになった。
 ヌバークは呪文を作動させてみる。封印の魔法によって魔法は封じられてはいるが、
呪文を作動させること自体は問題ない。封印の魔法とは、ようするに精霊の存在する
次元界に意識の位相を転移させることを防ぐものだが、単に次元界を感じ取るだけで
あれば封印されていても可能である。よって、いつものように意識は切り替わってゆ
き、精霊の存在を身近なものとして感じ取れるようになった。
 ただ、今回はそれだけでは無い。いつもなら整然として感じ取れる各次元界の位相
は、暴風に呑まれた海のように混乱している。精霊は怯えているようだ。ヌバークの
呼びかけに、正しく応えることができない。
「どう?」
 エリウスが無邪気な顔で、ヌバークに問いかける。
「よく判らない。魔道が動作するかは試してみないと」
「それより」
 エリウスは笑みを浮かべて再度問いかける。
「その魔法の封印ははずせるの?」
「やってみよう」
 ヌバークはエリウスに応えると、魔道を作動させて魔法文様にアクセスしてみる。
封印の魔法とはようするに、場の性質を変化させるもので魔法としては簡易なもので
あった。ただ、魔法を解くことができるのが魔法をかけた術者だけに限定するような
ロックがかけられている。
 本来その封印魔法にはその魔法を仕掛けた術者の属性が付加された。付加される情
報は時空間に電磁気的場の性質として保存され、その表象として魔法文様が生じる。
この封印魔法にはヴェリンダの属性が付与されており、本来なら他の術者から読みと
れないように、隠されているものだ。
 しかし、今は時空間が混乱しているため、その属性そのものが歪んできている。ヌ
バークにとって封印魔法を解除するのはそう難しいことではなかった。
 バクヤが感嘆の声を上げる。ヌバークの額にあった魔法文様が消えた為だ。
「よっしゃ、こっちも頼むで」
 バクヤはヌバークの前に闇色の左手を差し出す。ヌバークは頷くと、闇色の腕に浮
かんだ魔法文様を見つめる。こちらもあっさりと消えていった。
 バクヤはにんまりと獣の笑みを浮かべる。
「これでようやく、ブラックソウルの野郎と戦うことができる。さてと」
 バクヤの漆黒の左手は、一瞬鞭のようにしなやかな動きを見せた。鋭い音の後、錠
前を破壊された船室の扉がゆっくりと開いてゆく。
「いこうか。ブラックソウルのやつを殺して地上へ帰るぞ」
 ヌバークたちは、船室から通路へと出た。船内に人の気配が無い。ひどく無防備に
感じられる。歩きだしたヌバークへ、バクヤが声をかけた。
「おい、甲板に出る通路は、こっちとちがうんか?」
「その前にすることがあるだろう」
 ヌバークは無造作に船室のひとつに入り込む。出てきた時に、その手には一振りの
剣が提げられていた。
 ヌバークはその剣をエリウスへ渡す。それはノウトゥングであった。エリウスは美
しい顔に笑みを浮かべる。
「有り難うヌバーク」
 その様を見届けたバクヤ走り出した。飛空船の甲板へ向かって。その後にヌバーク
とバクヤも続いた。




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 憑木影の作品 憑木影のホームページ
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE