#5291/5495 長編
★タイトル (AZA ) 00/11/30 00:39 (150)
そばにいるだけで 54−10(文化祭編−前) 寺嶋公香
★内容 16/11/13 03:19 修正 第3版
「……知ってたんだね」
くずおれそうなところ踏ん張って、空を見上げた。町田がどんな顔をしてい
るのか確かめずに、重ねて聞く。
「誰から……唐沢君?」
「そうよ」
「そっかあ」
「みんな、気になってるんだよ。心配してる。あなた一人、苦しんでるんじゃ
ないかって」
「そんなことない」
「好きなのに、無理してふっておいて、苦しんでないって? 嘘ばっかり。そ
れで私はふられたからって、郁達に譲って、丸く収まったことにするなんて、
間違ってる」
「……いいじゃない。私がいいと思ったんだから」
「よくないっ」
突然の大きな声に、びくりとして振り返る純子。
「ふ、芙美」
「自分にまで嘘つくなっ!ての。本当にそう思ってて、相羽君をあきらめられ
たなら、どうしてさっき避けるのよ」
「だって……郁江や久仁香に許してもらうためには、これくらい」
声がかすれそうになる。喉元に指をあてがい、咳払いをした。それでも、言
葉が続かない。
「――やっと、素直になったね」
こちらを見た町田が、短い間、純子を指差した。純子は目元に手の甲を当て
た。右、左と順番に。
「私、どうすればいいか、分かんない」
顔を伏せた純子に町田が近付き、抱き寄せるようにして背をさすった。
「今は、それでいいと思うよ」
* *
「あのあとね、前田さんとこに電話して、確かめてみたの」
「うん」
「それで、出迎える話になったんだけど、その直後に、純がちょっと用事でき
たから。それで相羽君にお願い、だって」
「僕に?」
富井や井口と一緒に昼食を摂っていた相羽は、やって来たのが町田一人だけ
と知って、少し落胆した。その上、町田から頼みごとをされてしまった。それ
は、「午後に来る前田さん達の出迎えをしてほしい」というもの。
「ここの生徒で前田さんと顔見知りっていうと、他に唐沢もいるけれど、つか
まんないし、あんまり信用できないし。いいでしょ?」
「いいけれど、そのあとの案内までは責任持てないよ。時間が」
「いいの、いいの。前田さんのことだから、案内なしでもちゃんとできるわ」
軽い調子の町田の台詞を、井口が聞きとがめる。
「聞き捨てならないなあ。私や郁江だと、案内がないと、迷ってしまうってこ
とかしら?」
「そうかもねー、あはは」
「もうー」
むくれる富井に、町田が近付き何やら耳打ち。すると、富井は顔を赤らめ、
うつむきがちになってしまった。
「ま、そういうわけで、よろしく頼むね、相羽君。十二時四十分に、入り口の
ところで待ってあげてて。一時までに来なけりゃ、消えていいから」
「了解。ところで、純子ちゃんの用事って?」
「ああ、なんでもない。大したことじゃないから、気にしなくていいよ」
早口で答えると、町田は相羽に背を向け、富井達へと話しかける。
「あんた達は邪魔しちゃだめよ」
「えー、何で?」
「少しくらい、私に付き合いなさいなって。あっちで古着のセールスやってて、
なかなかの掘り出し物が満載だったわよ。急がないとなくなるかもねえ。ま、
私は自分の分を確保したからいいんだけれど」
巧みな言い方に、富井も井口も目の色を変えた。食べかけの物を急いで片づ
け、否、それさえも放り出して今にも立ち上がりそうな勢いだ。
「行く!」
町田は満足げにうなずくと、相羽に再び向き直って、「じゃ、頼んだわね」
と言った。
「前田さん達と少しくらい話しててもいいから。この二人はご覧の通り、私が
引き受けた」
「あ、ああ」
生返事に近い。相羽の気がかりはやはり純子だ。
町田達三人と別れて、しばらくは鳥越ら同じクラスの男子と話していたが、
やがて十二時三十七分が来て、相羽は輪を抜けた。
校門を前に待っていると、聞いていた時刻を一分過ぎたとき、前田の姿を門
の外に捉えた。そのすぐ後ろに、一人の男がくっついて来ている。
(あれ? 立島が来るものとばかり思っていたが)
前田に着いてきたのは、その弟の秀康だった。一本気な雰囲気なんかは全然
変わっていない。
(背、伸びたなあ! ますますバスケ向きになって)
予想が外れた意外感を隠し、二人の接近を待ち構える。校門の直前、パンフ
レットを受け取った時点で、前田達は相羽に気が付いた。手を軽く振り、距離
を詰める。
「ようこそ我が校の文化祭へ。前田さん、秀康君」
多少気取った調子で出迎える。一方、前田とその弟の秀康は好対照の反応を
示した。
「久しぶり。半年以上になるかしら。電話ではありがとうね」
如才ない物腰の姉。笑みを絶やさないでいる。
「こんにちは」
極短い挨拶のみの弟。それでも礼儀は欠かさず、頭を下げた。
「立島も一緒だと思っていたんだけど、外れたな」
「あ、彼、今日はよその学校と練習試合」
「前田さんは、そっちに付いていなくていいの?」
「まあね。本当は優先すべきところを、秀康に、こっちの文化祭にぜひつれて
行けと、せがまれちゃったものだから」
姉から指差され、秀康は顔を真っ赤みして憤慨した。怒っているのか照れて
いるのか、外見だけでは判別できない。恐らく、入り交じっているのだろう。
「そんな頼み方はしてないだろ!」
「似たようなものだったじゃない」
「似て非なるってやつだ」
相羽は言い争いを始めそうな姉弟の間に入り、仲裁する。実際は、そんな大
げさなものではない。
「そう言えば、相羽君。涼原さん達は?」
「急用ができたと言って、代役を頼んできた」
自分を指し示してから、説明を簡略化して済ませた相羽。
「あらら。――残念ね、秀康」
弟をちらと見やり、前田がほくそ笑む。相羽は内心、「前田さんて、こうい
う一面もあるのか」と感心していた。無論、弟相手に限るという点を考慮しな
ければならないだろうが。
「そうだよっ」
秀康は開き直ったように吐き捨てた。そして怒った目つきのまま、相羽に聞
いてきた。
「涼原先輩はどこにいるんです?」
「僕も知らない。どんな急用なのかも聞いてない始末さ」
「本当ですか」
疑い深い前田弟に、相羽は「本当だよ」と笑み混じりに答えてから、安心さ
せるため、さらに言い加えた。
「町田さんの口振りだと、すぐやって来るさ。大した用事じゃなさそうだから」
声に出して反応したのは、弟ではなく姉の方。
「へえ、町田さんも来てるのね?」
「聞いてなかった?」
「ええ。涼原さんとしか話してなかったものだから」
「富井さんや井口さんも来てる。さっきまで一緒にいた」
「会いたいな。みんな、どこ?」
「町田さん達は三人で、古着を売っているところに向かったみたい」
「よし、それじゃ、私もそっちに向かうとするわ。秀康は?」
弟の意志を聞く前田。相羽の方は、立島のことを聞いてみたいのだが、うま
いきっかけが見つからない。余計なお世話であるに違いないから、無理に聞き
出そうとまでは考えない。
「僕は」
ふと気付くと、秀康の視線がこちらに突き刺さっている。気のせいか、敵意
のようなものまで感じられた。相羽は頭に手をやり、どう反応したものか、考
えあぐねた。黙って見返し、言葉を待つくらいしかできない。
「僕は相羽先輩と話がしたいから」
「あ、そう」
あっけないほど簡単に受け入れる前田。まるで、最初からこうなることを知
っていたみたいだ。
「相羽君、いい?」
「少しの間なら問題ないが……」
前田姉の視線を受けて、相羽は前田弟へ視線をやる。
「改まって話がしたいだなんて、何かあったのかい?」
「……」
秀康は何か言いかけて飲み込み、そのまま首を縦に振った。
「じゃあ、相羽君。この子をよろしくね。面倒になったら、適当にあしらって
いいから」
「まさか、そんなこと――」
台詞の途中で前田はきびすを返し、手を振りながら行ってしまった。落ち着
けない雰囲気を感じつつ、秀康の表情を見やる相羽。手始めに聞いてみた。
「場所は、ここでいいのかな」
「……できれば、人のいないところが」
秀康は小さな声で答えた。相羽は不意に白沼の言葉を思い出していた。
「じゃあ、屋上はどうだろう?」
――つづく