AWC けんちゃんと竜の国(2/3)  $フィン


        
#5252/5495 長編
★タイトル (XVB     )  00/11/18  00:26  (135)
けんちゃんと竜の国(2/3)  $フィン
★内容

 『白い竜の国』の白い森は広く大きくて、大理石の建物のなかを歩いているようで
す。地面はつるつるしてくぼみやでっぱりひとつありません。木のみきは地面からまっ
すぐのびていてまるで電信柱のようです。そしてどの木もどの木もまったく同じよう
な枝ぶりです。そうして森のなかでけんちゃんがであう動物たちも、どれもみな口を
そろえたように
「勇者よ! ばんざい、ばんざい、ばんざい!」
と叫ぶだけです。
「なんだかこの世界にあるものはどれもこれも同じだね。まるでテレビゲームのなか
の景色みたいだ」
「それはいだいな竜の女神さまがさらわれてこの国から色が失われてしもうたからな
んですわ。色がなくなったせいで色々な違いというものもいっしょになくなってしまっ
たんですう」
「ふーん。それでなんだかたいくつなんだね。この国は」
 そんなたいくつな世界を歩きつづけてとなりの黒い竜の国との国ざかいまでいくの
に長い長い時間がかかったように感じられました。空はいつでもまっ白で夜も昼もあ
りません。けんちゃんは一週間も歩きつづけているように感じました。そして、長い
長いたいくつな旅のはてに、とうとうけんちゃんたちは国ざかいまで来ました。足も
との地面がとつぜん終わって深い深い谷が目の前に広がっています。谷はぜんたいに
すすけたようにまっ黒な岩でできていて、冷たい風が吹き上がってくる谷底はまっ暗
闇でなにひとつ見えません。空をあおぎ見るとちょうど頭の真上のあたりまであやし
くうずまく黒雲におおわれています。
「ここが『黒い竜の国』なの?」
 思わず足がすくんでけんちゃんは少しおびえた声で白トカゲにたずねました。
「そうですう」
「この谷どうやっておりたらいいの?」
「岩をつたって下りるよりないんとちがいますか?」
「こんなとこおりられっこないよ」
「勇者ならやらなしょうがないでしょう」
 ぼく勇者なんかじゃないよ、とけんちゃんは思いました。ひきかえそうかな?
「はるばるここまでやってきてひきかえすんでっかあ?」
 まるでけんちゃんの心を読んだように白いトカゲは言いました。けんちゃんはあの
たいくつな長い長い時間を思いだしました。もういちどあんな旅をくりかえすのはこ
りごりだ。それならこの崖をくだったほうがまだましかも知れない。とはいえこんな
おそろしそうな谷底におりていくのもこわいなあ……。
「勇気をだしなはれ。けんちゃん。あんたは勇者やおまへんか?」
「ぼくは勇者なんかじゃないよ」
「いいや。勇者です。あんた、自分の力に自分では気づいてないだけですう」
 ほんとにそうなのかな? けんちゃんは思いました。そうして心を落ちつけて目を
こらして崖の岩かべをよく見てみました。よく見ると岩のあいだには階段のように足
をかける出っぱりがならんでいるところがあります。またところどころにはひといき
つける棚のようになっている場所もあります。
「気をつければなんとかおりられるかも知れない」
「そう。勇者けんちゃんならできます」
 けんちゃんは崖のふちに近づきました。
「がんばりなはれ。ぼくが一歩一歩おりかたを教えますさかい」
「やってみるよ」
 そう言うとけんちゃんは後ろむきにゆっくりと崖をおりはじめました。

 どこもかしこもつるつるの白い竜の国の森とはちがって黒い竜の国の谷はでこぼこ
の岩だらけです。しかもその岩がそれぞれひとつとして同じものがないじつに奇妙な
かっこうをしています。そうした岩たちにつかまりながらけんちゃんはゆっくりゆっ
くりと谷底にむかっておりていきます。
「右足を下ろして……左手で目のまえのでっぱりをつかんで……」
 おりているうちにけんちゃんはだんだん疲れてきました。下を見ても谷底はまだ見
えません。崖のふちはもう戻ることもできないほどはるか上です。とうとうけんちゃ
んは岩だなのひとつのうえにすわりこんでしまいました。
「ああ、もうだめ。やっぱりぼくにはむりだ」
「そんなことはないですよ、けんちゃん。ちょっと疲れただけです。少し休めばまた
おりられるようになります」
 白トカゲが肩の上ではげまします。
「いつまでたっても下につかないよう」
 けんちゃんはすっかりこわくなって半分べそをかきながら言いました。
「けんちゃん。いっぺんに出す勇気もあれば、少しづつ出す勇気もあるんです。そう
して負けそうなとき役にたつのは少しづつ出す勇気のほうですよ」
「よくわかんないよう」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。すこし休んでからまたいこ。けんちゃんは勇者やか
らね」
 白トカゲの言ったようにしばらくそうして休んでいるうちにまた少し力がわいてき
ました。ちょっとづつでもこうしていけばなんとかおりられるかも知れない。けんちゃ
んは黙って立ちあがると涙をふいてまた崖をおりはじめました。
 そうしてどれぐらいたったでしょう? けんちゃんはとうとう谷底におりることが
できました。暗い谷底には細い流れがあってまっ黒な水がざわざわと音をたてていま
す。
「よくやったわね。けんちゃん。こっからはあたいがあんないするわ」
 いままでとは反対がわの肩で声がします。見ると黒いトカゲがやみのなかで目を光
らせていました。
「あれ? きみはだれ? 白トカゲくんはどこへ行ったの?」
「白い竜の国の住人はこの国に入ることはできないのよ。あたいは白トカゲにかわっ
てけんちゃんを案内する黒トカゲっての」
「じゃ、白トカゲくんは自分の国にかえったの?」
 けんちゃんは親しくなった白トカゲの姿が見えないものかとあたりを見まわしまし
た。
「がけを下りるあいだはげましてくれたお礼を言いたかったのに……」
「気にすることないわよ。いずれまた会えるでしょ。あんたが勇者としてやるべきこ
とをやればね」
「そうだ、ぼくはこの国にさられわれたという竜の女神さまを取りもどしにきたのだっ
た!」
 けんちゃんは自分の役目を思いだしました。
「まだまだ黒い竜の国の王宮までは遠い道のりだわ。さあ、さっさとあんよを動かし
て!」
 そう黒トカゲにうながされて、けんちゃんは谷川にそった岩だらけのごつごつした
暗い道を歩きはじめました。

 道はやがて谷をぬけまっ暗な森に入りました。地面も木のみきもまっ黒。頭のうえ
でとがった葉をしげらせたがいこつのような枝もまっ黒です。その枝からぶらさがっ
ている果物までも黒いのです。つめたい風がそのしなびた果実をゆらしています。た
めしに果実にさわってみるとけんちゃんの手もまっ黒になってしまいました。
「その実を食べちゃだめよ。永遠に目ざめない眠りに落ちてしまうんだから」
「こんな国きらいだな」けんちゃんはよごれた手をズボンでふきながらひとり言を言
いました。
「ちょっと、あたいの国の悪口をいわないでよ」
 肩で黒いトカゲが不満そうに言いました。
「きみはこの国のトカゲなんだね。白い竜の国の女神さまをうばったのは黒い竜の国
の者たちなんだろう? きみもその仲間なの? なんでそんな乱ぼうなことをしたん
だい?」
「失礼しちゃうわね。それはちがうわ、けんちゃん。竜の女神さまはもともと世界の
すべてをおさめていらしたのね。それをあの者たちがかってに『白い竜の国』を作っ
てそこの小さな宮殿にとじこめてしまったわけ。女神さまを自由にするように、あた
いたちがいくら言っても聞きいれてもらえなかったもんだから、しかたなく力づくで
女神さまを助けだしただけのことなのよ」
 ずいぶん話がちがうなあ。けんちゃんは困ってしまいました。
「でもそのためにあの国では色がなくなってしまったのだというよ」
「それも言いがかり。もとからあの国には色なんてなかったのよ。そもそものはじめ
はこの世界は『灰色の竜の国』だったのね。そうして世界のなかに含まれている白い
色だけをあつめてあの者たちは『白い竜の国』を作ったの。そのためにこちら側のあ
たいたちの国は『黒い竜の国』になってしまったの。彼らはいつか自分たちの国に色
をつけてもらおうと思って女神さまを閉じこめていたんだけども、女神さまはあの者
たちの望みをかなえてはくださらなかったのよ」
 なんだか複雑だなあ。けんちゃんはため息をつきました。
「でもぼくは白い竜の国の者たちに頼まれて女神さまを取りかえしにきたんだよ。そ
れなのになぜきみはぼくを助けて道を案内してくれているんだい?」
「それはね。女神さまがひそかにそう望まれたからなの。あたいは竜の女神さまから
じきじきのご命令をうけてけんちゃんをむかえにきたのよ。でもたぶんほかの黒い竜
の国の者たちはそれを望んでいない。だからきっとけんちゃんが女神さまにあうこと
をさまたげようとするでしょうね」
「ぼく、どうしたらいいかわからなくなっちゃったなあ」
 けんちゃんは困ってしまい頭をかかえました。白い竜の国を助ける勇者としてこの
国に来たのにどうやらそれがまちがいだったかも知れないと思えてきたからです。
「わかるわかる。あんた、なにを信じたらいいのかわかんなくなってしまったのね?
まあ、よくあることだわ。でも、どっちにしたって竜の女神さまがあんたに会いたい
と望まれているのはたしかよ、けんちゃん。だから元気をだして行きましょ」
 しかたないな。もういちど大きくため息をついて、けんちゃんは歩きはじめました。
 
 




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