#4793/5495 長編
★タイトル (AZA ) 99/ 4/ 8 21: 1 (121)
そばにいるだけで 〜 LAの幻 〜 完結編 寺嶋公香
★内容
* *
地天馬は知り合ったばかりの歌手からの説明に、大いに嘆息した。
「事情は分かりました。信じましょう」
「理解してくれてありがとう」
あらぬ疑いを掛けられそうになった鷲宇は、額の汗を拭った。そしてすぐ横
のニーナの肩を抱き寄せる。呼応して彼女はつぶやいた。
「どうして純子は気を失ったのかしら……」
純子は居間の大きなソファに寝かされている。エプロン姿とは言え、まるで
眠れる森のお姫様のよう。胸の辺りで両手を組み、某かにお祈りするようなポ
ーズのままだ。額に載せた白い手拭いが、かすかに上下していた。
崩れるように倒れてから十五分が経過していたが、まだ意識を取り戻さない。
異変の直後、鷲宇もニーナもおろおろするばかりで、レスキューを呼ぼうか
という騒ぎになったが、その寸前に地天馬が現れた。
最初、地天馬は鷲宇達を侵入者と見なした。それはそうだろう。何年かぶり
の再会を思い描いていたところ、邸宅に着いてみれば純子は床に倒れ、見知ら
ぬ男女がうろうろしている。その前の電話で戸締まり云々という話題が出たこ
とも手伝って、いかに名探偵でも、即座に真実を見破ることは不可能であろう。
故に、鷲宇が地天馬に抱いた第一印象は、「恐ろしさ」だった。鋭い刃物の
ような恐ろしさ。
もっとも、鷲宇は純子から地天馬の来訪を知らされていたので、すぐさま状
況を理解できた。鷲宇が地天馬の名を出し、地天馬の方も警戒を解いたという
次第である。
地天馬の見立てにより、純子が急病で倒れたのではないと分かり、騒動はわ
ずかながら沈静化に向かっていった。
そして現時点。地天馬は鷲宇のしでかした行為を聞いた後、髪を一撫でした。
「簡単だ」
地天馬の突然の発言に、鷲宇とニーナは身体をびくりとさせた。二人で目を
合わせてから、探偵へ視線を移す。
「何が、ですか」
「涼原さんが気を失った理由」
地天馬は苛立たしげな口調で続けた。
「鷲宇さん。あなたに悪気がなかったことは確かでしょう」
「え、ええ。もちろんだとも」
「だが、凝りすぎた。何もかも実在の物に合わせるのはよくないということで
す。こういう不幸な偶然が起こるかもしれないのだから」
「そう言われても、さっぱり理解できないんだが」
困惑顔の鷲宇に対し、地天馬は腕を真っ直ぐ伸ばし、ある方向を指差した。
指差す先を辿ると、そこは壁だった。
壁には真新しいカレンダーが掛かっている。
「カレンダー?」
「今日の日付の枠を見てください。地名の他、移動手段が書いてある。当然、
飛行機の機種と便名もね」
不可解な言葉に眉を寄せた鷲宇。
と、ニーナが先に飛び出すようにカレンダーへ近寄った。鷲宇も急いで追う。
「何て書いてあるの? 数字とアルファベットは分かるけれど」
日本語だった。
「――これは」
鷲宇は痛恨の思いで、顔をしかめた。
「すまない、ジュン。たちが悪すぎた……」
* *
眠りから覚めるのと変わりなかった。
もし違うとすれば、海の底から一気に引き上げられたみたいな感覚があった
かもしれない。微睡みのようなものは全くなく、無意識の深淵から意識下へと
一足飛びに覚醒した。
「……」
瞼を開けるとよく知る顔が三つ見えた。どれも深刻で、鷲宇とニーナなぞ、
ともすれば泣き出しそうな表情だ。
三人が何か言っている。けれど、そんなことお構いなしに、純子の目から突
然涙が溢れ出した。横になったまま、わんわん泣いてしまうのをやめられない。
表面張力なんて無駄。目尻ばかり頬まで伝う涙。泉が決壊したのだ。
「信一さんが……信一さんが……信一」
「落ち着いて、純子」
両手を眼にやって泣きじゃくる純子へ、ニーナが声を掛ける。さらに、英語
では効果が薄いと思ったのか、鷲宇も続く。
「ジュン、頼むから落ち着いてほしい。僕の言うことを冷静に聞いてくれ」
「いやっ、聞かない!」
大きな風船の破裂にも似て、声を張り上げた。
(そんな。死……? 知らせ……聞きたくない)
純子の脳裏で悪い想像が際限なく広がっていく。暗雲が急速に、果てしない
空を覆い尽くしていく。
「そんなこと言わずに。僕が悪かったから」
鷲宇の言葉に重なって、電話が鳴った。
(――事故の知らせ!)
野生の獣の敏捷さで跳ね起きると、純子はソファを蹴って駆け出す。誰かを
突き飛ばしたかもしれない。
「じゅ――」
鷲宇とニーナの間を縫って、瞬く内に移動し、電話にしがみついた。送受器
を掴む指の合間には、彼女自身の髪の毛まで握り込んでいる。
「もしもし? もしもし?」
英語で喋る余裕なんてあるものか。
「――純子?」
「!」
純子は心臓が跳ね上がるのを感じた。
「信一っ、信一さん? 私、私! 無事なのね? 生きてる! ああっ」
「どうかしたの? 様子が変――」
「もうっ、心配したんだから! よかった……本当によかったよぉ……」
「もしもし、純子? 純子ちゃん?」
純子はさっきとは別の涙を流しながら、相羽信一の声を聞いていた。
「涼原さん。落ち着くまで、代わっていいかな」
地天馬に言われて、純子は顔を上げた。
自分が床にへたり込んでいると気付いた。喉が痛い。顔も髪もくしゃくしゃ
になっているに違いない。
「……」
純子は声にならず、ただ送受器を渡した。「ありがとう」地天馬が言った。
間髪入れず、鷲宇がそばに跪き、頭を深く垂れる。きょとんとさせられた。
「すまない、許してくれるだろうか」
「……?」
分からなくて、今度はニーナを見た。
ニーナも申し訳なさそうに困った顔をするばかり。
斜め前では送受器をマイクみたいに持った地天馬が、相羽相手に話している。
「――そうなんだ。四月一日だからね。鷲宇さんは涼原さんにちょっとした嘘
をつこうとした。知人の力を借りて偽のニュース番組を作るほどの熱心さでね。
――そう。そうして、時間までぴたりと合わせてビデオで流した。――ああ、
料理に集中していて気付かなかったんだろう。偽のニュースを見た涼原さんは、
君の乗った飛行機が墜落したと信じたわけだよ。偶然の産物とはいえ、ひどい
嘘になってしまったものさ。
さあ、君から彼女に言葉を」
――おわり
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※もう一度お断りしておきますが、この物語はフィクションです。(^^)
あなたの知っている人と同じ名前・似た経歴・似た性格の人物が登場してい
たとしても、それは(恐らく)偶然の一致に過ぎません。
でも、『そばにいるだけで』という作品で彼らと知り合った皆さんにとって
は全くの同一人物です、多分。(^_^;)
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