AWC そばにいるだけで 31−2    寺嶋公香


        
#4738/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/12/30  10:16  (200)
そばにいるだけで 31−2    寺嶋公香
★内容
 それを見て、挨拶を付け足す町田。
「私達はこの相羽って人の友達なんです。同じ学校の」
「……自分は、江口主税の兄だ。こんな場面でどう挨拶すればいいか分からな
いが、まあ、よろしく」
 ネクタイの喉元辺りをぐいっとさわってから、江口主税の兄と称した彼は、
顎先だけで礼をした。そして足の向きを換えると、そそくさと行ってしまった。
「あの字で『ちから』と読めるのね。知らなかった。一つ賢くなった」
 感心したのは町田だけのようで、他のみんなの注意はさっきの男性に集まる。
「こういう場に似合わない、スポーツに縁のなさそうな人だわね」
 井口の台詞は小声ではあったが、ためらいのない口調。
「弟がかわいいのかな」
「そういうタイプでもなかったような……見た目だけど」
 言いたい放題を始めた富井らだったが、そこへ白沼が釘を刺すように鋭く言
った。
「やめときなさい」
「え、何が?」
「あんまり相手のことを知りすぎると、応援しづらくなるわよ。自分と同じ立
場の人が相手にも着いていると意識したらね」
「へえ、そういうものかな?」
 実感はまだなくても、きっとそうだろうなと妙に納得させられる。
「ところで、さっき電車の中では聞きそびれたけれど、涼原さんはどうしてい
ないのかしら」
 白沼が思い出した風に、皆に尋ねた。別に気にしてないけど、他に話題がな
いから聞いてあげる――そんな態度を無理に作ろうとしているようだった。実
のところ、気になっているのはありありと窺えるのだが。
「あとからお弁当を持って、相羽君の控え室に駆けつけることになってるの」
 さらりとした調子で告げる町田。白沼の表情が強張った。
 それだけではない。発言者を除く全員がびっくりして目を見開いたり、口を
ぽかんとさせたりしている。
 町田は次の瞬間、歯を覗かせて悪戯げな笑みをなす。
「と言ったら焦るかしら、白沼さん?」
「な……何で私が。そうなの、嘘なのね」
「もち。勝ち上がりのトーナメントならともかく、一試合しかやらないのに、
お弁当も何もないでしょうが」
 両腕を頭の後ろで組み、横を向く町田。
 白沼はうつむいてため息一つを忌々しげにつくと、気を取り直すように顔を
起こす。同時に髪をなで上げたが、その仕種も荒っぽく、苛立ちが現れていた。
「それで? 本当のところ、どうなの?」
「忙しいんだって」
 しばし、静かな間ができる。
 町田の口から続きの説明がないと知れると、白沼は促してきた。
「……どういう理由でよ」
「気になる?」
「まあね。いつもお揃いのあなた達が、今日に限って一人欠けてるなんて。私
のせい?」
「あ、それはない。本当に忙しいんだってば」
 度を越してまでからかうつもりは町田とてない。
「だったら、その理由をお聞かせ願えないかしらね」
「いいわよ。お稽古ごとっていうやつ。色々と習っているのよ、あの子も。今
日はダンスって言ってたっけ」
 全面的な嘘とは言えないが、半分は口から出任せだ。町田や富井、井口らは
モデルの仕事の関係でとしか聞かされていない。町田が嘘の答をよこしたのは、
純子の希望――あまり言い触らさないでほしい――を汲んだもの。
「ふうん。ダンスって、社交ダンスじゃないでしょうね」
「まさか」
 笑ってごまかす町田。ここでうっかり、適当にダンスの種類を挙げて返事を
して、後日、純子がそれを踊れないと知れたら厄介だ。
「さあさあ、今日は相羽君の応援が目的でしょう。いい場所取らないと、見え
なくなるかもよ」
 これ以上この話題は避けようと、さっさと歩き出した。

           *           *

 歌い終わり、自然に軽く目を閉じていると、鷲宇の声が耳に届いた。
「おめでとう。よかったよ」
 いつもと変わりない口調のはずなのに、とても優しく聞こえる。
「――やった」
 ついに合格を勝ち取り、両手でガッツポーズを作る純子。
 その格好をみんなに注目されていると気付いて、両手を胸の前で合わせた。
 ヘッドホンを外し、いそいそと部屋を出ていこうとしたら、扉が開かれ、市
川が先んじて出迎えてくれた。笑顔と拍手付きで。
「最高!」
「とうとう、やったねえ」
「最初の頃はどうなるかと、気が気でなかったけれど」
 頭をくしゃくしゃっと撫でられたり、強く抱擁(もちろん女性スタッフから)
されたりと、お祭りみたいな祝福を受け、純子自身も笑い声が絶えない。
 そこへ、人垣を割って、鷲宇が進み出た。
 純子は頭を下げ、そして尋ねる。
「あの、本当によかったですか?」
「おや」
 目を丸くしてみせる鷲宇。マスコミ向けは無論のこと、普段でも滅多に見せ
ない表情だ。
「僕の判断がおかしかったかい?」
「い、いいえ! そんなつもりはありませんよー。OKを出してもらえたのが、
信じられない感じがして。全然だめで、呆れて、仕方なしにOKにしてくれた
のかなって」
「非常に面白い解釈だが、外れ」
 くっくと笑いをかみ殺す鷲宇。こんなときの彼は、実年齢よりも随分子供っ
ぽく見える。
「それじゃあ……」
「正真正銘、文句なしのマル」
 左手の親指と人差し指で、円を作る鷲宇。おどけた口調のあと、一転して引
き締まった物腰へと変化した。
「僕は今回、誓っていたのさ。絶対に妥協しないとね」
「……やった」
 小さく歓声を上げた純子。感激が改めて極まる。
 しかし、市川からしっかり釘を刺されてしまった。
「喜ぶのはまだ早い。売れてナンボの世界ということを忘れないように」
 心許ない関西弁に、隣の鷲宇が苦笑した。そのあと、口を開く。
「まあ、僕は満足しましたが、世間が満足するかどうかは、さあ分からない」
「そんな恐いこと、言わないでくださいっ。やっとレコーディングが終わって、
重荷を降ろせた爽快感に浸ってるんですから」
「これからずっと続くよ。この緊張感と達成感が、繰り返し繰り返し。それを
心から楽しめるようになれば一人前かもね」
「はい……」
 次の曲なんてあるのかなと疑念を抱きつつ、純子。
「あははは。そう深刻に捉えないで」
 鷲宇は純子の肩をぽんと叩くと、皆にお開きのサインを出した。
「どうも、お疲れ様でした! 協力に感謝!」

           *           *

 プロフェッショナルのイベントではないから、進行は淡々としていた。場内
アナウンスが出場選手の名前を告げるぐらいで、特に演出があったり、曲がか
かるわけではない。
 試合の方は、なかなか熱のこもった闘いが続いている……ようだ。
 「ようだ」と言うのは、歓声を送るのは同じ道場に通う者が圧倒的多数であ
り、また試合の攻防について詳しいのも、当然彼ら道場生ということになる。
知り合いだからという理由で応援に来た面々にとっては、何の予備知識もなく、
どこでどう声を掛ければいいのかさえためらいがちになってしまった。
 それでも十試合をこなした頃には、素人観客にも徐々に感覚が掴めてきたよ
うで、場内も熱気をはらんできた。
「この次の次か」
 唐沢がぼそりと言った。「だな」と長瀬が短く応じる。
 現在行われている試合は素人目にも力量不足が明らかで、技のかかりが不完
全だった。両者ともやる気だけは伝わってくるが、時間の経過とともに動きが
悪くなり、だれてきた。
 結局、時間切れでポイントも互いに1点ずつ。僅差の旗判定により一方の手
が挙げられた。
「この次か」
 先ほどと同じ調子で、唐沢がつぶやく。今度は勝馬が反応した。
「まただらだらと十分もやられたら、たまらないな」
「そうだよな」
 遠慮して小声である。もし選手の知り合いの耳にでも入ったら、どやされる
んじゃないかという思いがあるから。
「お……あの人、なかなか格好いいじゃん。モデルみたいに整った顔」
 登場してきた選手の一人を指差し、町田が評した。
 アナウンスで津野嶋清栄(つのじませいえい)と呼ばれた彼は背が高く、肩
幅もあるが、全体の印象はすらっとしていた。二重まぶた、髪にはウェーブが
掛かっており、まあモデルとまで行かずとも、道着よりも洒落た服装が似合い
そうな佇いである。学年は中学三年。相羽より一つ上だ。
「いい線行ってる。あとは、あれで強ければ鬼に金棒。そう思わない?」
 町田が周りの女子に同意を求めようとすると、それをかき消さんばかりに黄
色い声援が飛んだ。最初に「せーの」とタイミングを合わせるかけ声があり、
それに続いて、「津野嶋くーん、頑張ってー!」という複数の女の子の鼻に掛
かった甘えた声。
 歓声の源を見ると、制服を着た女子十人足らずが、自らの行為を恥ずかしが
ってか、きゃあきゃあと口元に手を当てていた。
「似たような連中って、どこにでもいるんだな」
 唐沢が聞こえよがしに言ったので、白沼も井口も過敏に反応した。富井は気
付かなかったみたい。
「あれはミーハーって言うのよ。私のは本気」
 険しい表情になっている白沼。唐沢は首をすくめた。
「おお、言いますねえ」
「ああいうのはまず間違いなしに、見た目だけ判断してるのよ。そういう軽は
ずみな」
 白沼の演説は打ち切られた。突如湧き起こった拍手と歓声に、急いで試合場
へと目を向ける。
 審判によって、津野嶋の手が高々と挙げられていた。
 再びの黄色い歓声の他に、一般の人達の惜しみない賞賛が加わっている。
 それを当然とするかのように、津野嶋は涼しい顔をして四方に礼をした。
「どうなったの?」
 お喋りに熱がこもるあまり見逃した白沼と唐沢が尋ねるのへ、長瀬が応じた。
「早くて分かりにくかったが、あの津野嶋ってやつが相手の腕を取りに行った。
腕の取り合いというか、引き合いになったんだが、呆気なく津野嶋が引き勝っ
て、それから飛び付いて」
「飛び付いた? 何だ、それ」
「だから、飛び付いたんだ。相手の……そう、右腕だったな。右腕を抱きかか
えるようにして、自分の足で相手の首を刈る具合に。当然、相手は倒れる。津
野嶋はそのまま十字固めを決めて、ジ・エンド」
「一分ぐらいよ。すっごく、早かった」
 井口がフォローした。格闘技なんて興味ないはずなのに、少なからず感嘆の
色を浮かべている。
「へえ、そんな強い奴もいるんだ」
「実力差があったのかもしれねえけど。でも、ああいうのと当たらなくて、相
羽は助かったよな」
「まだ分かんないわよ」
 町田が冷静に指摘する。
「相羽君の相手も、負けず劣らず強敵かもしれないじゃない」
「そりゃま、そうだが。津野嶋ってのは別格だぜ。あんなのが立て続けに出て
来たら、どえらくレベルが高いことに」
 唐沢の話も中断を余儀なくされた。相羽が入場してきたのだ。
「きゃあっ、相羽君!」
「ファイトー!」
 白沼が口火を切り、富井が続く。井口は少々、気恥ずかしがっているようだ。
「相羽ー、頑張れよ」
「しっかりやれよ。恥、かかすな」
 長瀬達男子も、簡単ではあるが太い声で檄を飛ばす。
「相手の江口って人も、似たような体格なんだ?」
 相羽が立つのとは反対側を見通しながら、町田がぽつりと言った。
 江口主税はがっしりした体型をしていた。身長は相羽の方がわずかながらリ
ードしていそうだが、体重は江口に軍配が上がるだろう。首が太く、ちょっと
やそっとでは倒れそうにない印象だ。そして何より、闘志を全身から発散して
いる。
「こりゃ、結構やばいかも」
「結構どころじゃなく、かなり……」
 唐沢達男子と町田が危機感を覚えたのに対し、富井らは相変わらず元気な声
援を送り続けていた。

−−つづく




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