AWC 『気分次第で責めないで』5−1<コウ


        
#3066/3137 空中分解2
★タイトル (HBJ     )  93/ 4/ 6  17:10  ( 51)
『気分次第で責めないで』5−1<コウ
★内容
地下の自動販売機コーナーで、(昼飯を食っていなかったから、空腹だったのだ。
何時もだったら、三時のおやつまで我慢出来る)カップラーメンを食っていたら、
田丸がやって来た。俺が、ベンチに座って、ずるずる食っているのを、見えないか
見えない振りをして、ぷりぷりしながら自動販売機に硬貨をくべていた。
「もしもし」と俺が声をかけた。「コーヒーは、お肌に悪いんじゃなかったの?」
「苛々してるの」と田丸。
「また、どうして」
「いいの、あんたには関係ないんだから」
実は、聞いて欲しいに決まっている。それが証拠に、俺の隣に座ると、「あーん、
もう、悔しいなあ」などと、本当に一人の時には絶対に言わない台詞を、紙コップ
に向かって喋っている。みのもんたに電話をしてくる、主婦と同じだ。俺も、意地
悪をして、聞かないでいようかなあ、とも思ったが、「まあ、話してみたら?」と
、心の大きい所を見せてみる。
「下らない仕事を押しつけられたのよ」と田丸は紙コップを見つめながら言った。
「それは女だからじゃないのかな」と、フェミニストに挑発的な事を言う。これは
食堂での復讐だ。
「そうじゃないの、女だから、とか、男だから、とかじゃないのよ」と言うと、コ
ーヒーをすする。「まあ、誰かがやらないといけないんだけれども」
「誰かがやらないといけないなら、女性の田丸さんがやってもいいんじゃないの?」
「そうじゃないの」と言うと、田丸は俺の方に向き直った。「どうしても私がやら
ないといけない仕事なら私がやってもいいけれど、上手く言えば私がやらなくても
済んだかも知れないと思うと悔しいの」
それは解る、それは解る。その気持ちは実に解るのだ。
田丸は続ける。「私には、板橋のシステムがあるから、忙しいから駄目だ、って言
おうと思ったら、忙しいのはみんな同じだ、って言うの。そんなのおかしいと思わ
ない?忙しいのがみんな同じだったら、私だって忙しいのだから、それは私がやる
理由にはならないのよね」と言って、ため息一回。「こんな事なら、私の方から誰
かに押しつけて、そうして、私の方から、忙しいのはみんな同じだ、って言ってや
ったらよかった」
「その気持ちは、よく解る」と俺は真顔で言った。
田丸は、へえー、と言う顔をして、俺を見ている。
「俺は、アパートと実家を往復して暮らしているんだけれども」と俺が言った。
「なに、それ」
「まあ、聞いてよ」
田丸は、紙コップに唇をつけたままうなずく。
俺が続ける。「昨日もね、どうでもいい事で、って、まあ、電球を交換してくれ、
とか、どうでもいい事なのだけれども、アパートから、呼びつけられて、その時に
思った事なんだけれども」と言って、咳払い一回。「俺は、こう思ったんだ。つま
り、『用のある時には、呼びつけるのだから、週末ぐらいは大手を振って帰ってき
ても構わない』と。ところが、親父やお袋は、こう言うんだ。『用のある時には、
あんなに、嫌だ嫌だと言うのだから、週末だって、好きなアパートにいればいいじ
ゃないか』と。これって、おかしいよな」
「あんた、何の話しをしているの?」と、田丸は眉をしかめて俺の顔を見ている。
「だから、世の中、演技の上手い奴が勝ちなんだ、って事」
「馬鹿っ」
「馬鹿?」
「だから正社員になれないのよ」
「いやあ」と俺は、結構、真剣に思った。「俺はそんなにズレた事を言ったとは思
わないけれどもなあ」
「あー、もう、あんたと話していると疲れちゃうよ」と言うと、田丸は紙コップを
潰して、ゴミ箱に投げつけると、退場した。




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