#3057/3137 空中分解2
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甲亮寺伯爵家 (Part,1) 今井一浪
★内容
甲亮寺伯爵家 Part,1
作 今井一浪
「1、発端.」
帝都が燃えている。
大東亜帝国。
帝都、東京。1945。
超高高度から戦略爆撃を行うB29は今、東京を確実に破壊している。
この夜の地獄。悲鳴と叫び声、絶望と神を罵りあげる苦痛の叫び。全てが紅の火に焼
かれ炭素に変化する。
子を探す親の絶望的な呼び声。親を探す子の無意味な鳴き声。眼だけをやられた強靭
な若者が途方にくれて惚けたように立ち尽くし次の瞬間には焼かれている。
果たしてこれが倫理というものなのであろう。人間の良心には範囲があるのだろうか
。 地獄さえも業火に身を焼かれる者に取っては甘美な誘惑の言葉に聞こえるのは無感
覚な絶望を覚えさせる。
一際、爆撃の強い地区があった。
新宿と皇居に程近い只の森林。鬱蒼と繁ったその森林に250kが集中的に着弾し、
すさまじい音響と共に吹き飛ばし焼き付くす。
何故森林が目標とされるのか。それがアメリカのバカげたジョークだとしたら爆撃さ
れる都民にとってそれは何を意味しているのか。
夜があけた。
もう漆黒に業火のコンストラストは見えない。
けたたましい音がして数量の黒塗りのセダンがやってくる。中には黒服の一目で特別
高等警察だとわかる男達が乗っている。被災民が無希望な眼でそれを見て、無関心から
恐怖を覚える程に特別警察は恐れられている。
止まった。
そこは燃え尽きた広い空き地のような昨日まで歓楽街だった神田の町の消し炭だった
。 辺り一面の全てが黒だった。眼を遮る建設物は何もない。次々と男達が降りてくる
。丸眼鏡をかけて外套を身に纏った男が最後に降りた。
20分後。男達は立ち去った。
外套の男の顔に浮かんだものは驚愕ではなく恐怖だった。
「2、都民にして平民たる5代目.」
朝起きて、起きれない。
佳道という名の青年の朝はまだ始まらない。
居候して15年。佳道は明後日で16才だから、ここは文字どおりわが家であった。
中央区の端正で静かな住宅地。超高級とかいって超好景気で儲けた成金達にして
「あそこに家を建てられたら俺は隠居する」
といわしめた超高級住宅地に彼は住んでいた。
東京の全機能の大半が集中する皇居のすぐ近く、新宿と丸の内に程近いというのに京
都の良い佇まいを思わせる日本建築の豪邸が立ち並ぶこの辺りは、信じられぬ程に静か
であった。銀杏と桜の立木などが随所に見られる。
7時であった。
が、佳道はまだ起きない。乱雑な広大なプライベートルームの簡素なパイプベッドの
上で寝乱れている。
佳道の部屋には驚くべきほどの広さの空間と、驚くべき程の簡素さの家具が2つだけ
おかれていた。パイプベッドと古びた木製の机。時計はない。
広大な敷地とそれに比べて小さな母屋。400坪の敷地に250坪にわたる総桧の平
屋ではあるが、、。1つの正面と4つの勝手口があり、周りは木製の塀で囲まれている
。そして門札には山根十蔵という名が書かれている。
朝のベッドのけだるさは何物にも代えがたい至福を佳道に与えていた。故意にセント
ラルヒーティングを切った佳道の部屋に初秋の冷気は心地よかった。
毛布を引き上げながらうっすらと目をあけて、佳道は睡眠と覚醒の狭間をゆらゆらと
漂っていた。広すぎて重厚すぎる造りが災いして屋敷の朝の始動音は全く聞こえない。
料理を造る厨房の喧噪も感じられないし、佳道と対照的に早起きな姉の遥の気配もしな
い。
腕時計が落ちている。
もぞもぞと毛布を手繰って手を突き出し、それを掴んで引っ張る。
皇居の鳩が佳道の窓から見える。
快晴だった
伸びた腕が毛布に入ってからも数分佳道は動かなかった。
しかし、
スーと朝の冷気を切るような音がして板間に靴下のずれる音がした。
それは、奇妙に心地の良いものだ。
そこには遥がいる。
「寒い部屋。」
暖房が入っていない部屋に遥は呟くように言った。しかし反応はない。いつもの事だ
から、遥は適当な大きさの竹刀を持っていた。彼女は剣道部に所属して副部長をしてい
る。佳道も今年からはこの姉の配下の剣道部員として活躍する予定だった。
「起きないの。」
遥という名の姉には命令をするという属性が生まれつき欠けているようで、人にこん
な物言いをよくする。美人の顔つきとスタイルをした少女であるが、どうもボーとした
所があってそれに本人は全く気がついていない。
佳道とは血縁関係がない姉妹として程々に友好的にやっている。
軽く叩いた。竹刀で、。
が、起きない。
もう一度叩いた。今度はちょっと強く。
が、起きない。
ため息をつくように遥は肩の力を抜いた。
もぞもぞと佳道が動いたのを見て安心したように呟いた。
「7時をだいぶまわってるわ。起きなさい。」
ひょこりと顔をあげて、佳道は姉を顔を見た。焦点に些かの狂いがあるが、そんな事
は些末な事である。
「姉さんか、。」
確認するように呟く。
「ああ、起こしてくれたんだね。ありがとう。」
遥は上気したように頬を染めて言う。
「いつも助けてもらっているんだからあたりまえよ。」
目が閉じそうなのに耐えながら佳道は一気に上体を起きあげた。
Part、2に期待せよ。