AWC 春がきた。               遊 遊遊遊


        
#3051/3137 空中分解2
★タイトル (PPB     )  93/ 4/ 5  19:44  (123)
春がきた。               遊 遊遊遊
★内容

 超満員の通勤電車。詰め込まれた勤め人たちは、ボーッと窓外の桜を眺めて
いた。春がきたのに、身動きできないこの詰まり方では、季節感を味わうどこ
ろではない。電車から吐き出されて駅の改札口を出ても、地下通路は噴流のよ
うに人波が続く。みんなオフィスへ急いでいるのだ。だれも無口、いつものと
おりだ。ザックザックザックと行軍のような足音だけが地下街に響いている。
 C君もロボットのように、みんなと同じ歩調で歩いていた。

 4月になったなあ、この地下街の行進にも新人たちが混じってきた。オレも
大学を出て、情報サービスの会社に就職して5年めになった。かわりばえのし
ない毎日だったなあ。オレはかっこいいと思って、システムエンジニヤになっ
た。新しいビル、スマートなオフィス、若い女の子がいっぱいの順調なスター
トだった。研修時代から、女の子たちといつも一緒にやってきた。憎からず思
う子も数人はいるが、思うようには進展していない。結婚できるほど給料はも
らっていないからプロポーズもできん。親父は住宅ローンの返済にヒイヒイい
ってるつまらん月給取りだから、うちには資産も何もない。オレは「逆玉の輿
」に乗って、楽な人生を送ってみたいよ。仕事もキツイだけで、思ったよりつ
まらん。頭脳労働だと信じていたが、システムエンジニヤなんて名ばかりで、
実態は体力勝負の土方労働じゃあないか。上司や客先の顔色ばかりうかがう毎
日、屁みたいなシステムづくり。長時間勤務してるのに残業手当てはカット。
 会社に遊びにきているような若いやつら……こんな生活がズーッと続くのか
なあ、嫌んなっちゃうよ。どっかへ行っちまいたいなあ……
 などと、ぼんやり考えながら歩いていたら、彼のまわり、いや、前後左右見
渡すかぎりの人間がみんな木になってしまっている。景色も変わっている、地
下街ではない。C君はどこかの見知らぬ雑木林の中に立っていた。

 アレッ? みんなどこへ消えちゃったの? 大勢の人の流れに乗って、オレ
は地下街を抜けて、会社へ行く筈だったのに、ここはどこだ?

 とにかくここを出よう。C君は木々をかきわけ、歩き始めた。
 が、どうも様子が変だ。直感で、彼は立ち止まった。あわてて、雑木林に這
いつくばった。生い茂った雑草のとがった葉先が目に入り、チクリと痛かった。
目をこすりながら、見つからないように、彼はそっと頭をあげた。
 むこうの草はらで、誰かが襲われているのだ。若い女が4人の男に取り囲ま
れている。女は悲鳴もあげず、短刀を抜き、必死のかまえだ。男たちはニタニ
タしながら、四方から獲物に迫っている。男たちは、汚い胴丸を身につけ、腰
に刀を差している。男たちも刀を抜いた。必死に抵抗していた女は、短刀をた
たき落とされて、男たちにつかまった。女は赤裸に剥かれた……。

 オレは、映画を見ているのだろうか? 違う! まだ、目がチクチクと痛む。
 これは現実なのだ。オレはタイムスリップしているのだ。C君はもう一度目
をこすって、前方を見た。

「女が危ないっ」
 C君は思った。

「そう思うなら、なぜ、助けにいかないの?」
 突然、良心が語りかける。
「オレは、武器を持っていないので……」
「そこに、手ごろな木の枝が落ちているではないか」
「オレは暴力反対の立場で……」
「ヤカマシイッ、おまえは、女を見殺しにする気かっ」
「オレは、平成時代の人間なんで……」
「ダマレッ、日頃から、おまえは、エラそうなことを言っているくせに、あれ
は全部ウソか?」
「…………」
「早く助けにいかないと、あの女は犯されて、殺されるぞっ」

 良心に背中を押されても、C君はビビッて身動きできなかった。
 彼の目の前で、強姦されている。女は殺されるかもしれない。

 草叢に仰向けに倒され、女は手足を雑兵3人に押さえ付けられていた。身動
きはできない。女は死を直感した。「こいつらは体を弄んだ後、あたしを殺す
つもりでいる……」 恐怖で、女が初めて悲鳴をあげた。
 彼女は生娘ではなかった。「落城」の時、彼女は敵の足軽の餌食になってい
る。しかし、あの時は死ぬとは思わなかった。男は皆殺しにされたが、女はそ
れぞれの身分に応じて、勝ち軍の男どもに褒美として与えられた。戦国時代の
土豪や野武士の戦では、負け軍の女の宿命のようなものだ。一種のセレモニー
ともいえる、いわば、勝ち側・負け側、両方がそれなりに納得づくの男女の交
合である。
 彼女の身分は、お姫様でもなく、下女でもなかった。中流の下、今風に言え
ば、普通のOLといったところか。それで、フツーのおじさん足軽に与えられ
て、案外と優しくされて、彼女は女になった。だから、彼女は、あの時は死ぬ
とは思わなかった。
 全裸にされ、手足を押さえ付けられている今は違う。4人の狂暴な男どもは、
ルールもへったくれもない。肉欲の固まりで、用が済めば殺す。豚のような顔
付きをした首領らしい男が、胴丸を外し、下帯をとった 他の3人の男たちも、
待ちきれないように、ふんどしをはずしにかかっている。


 C君のそばにあった木切れを、誰かが掴んだ。小柄な若者だ。若者は疾風の
ように、林を抜けて4人の雑兵に突進していく。3人は気がついたが、ガキが
一匹、棒っ切れを持ってこっちへ走ってくる。が、屁でもない と、肉欲の方
に戻っていく。強姦者たちは女体に心を奪われてしまっていた。若者は、女の
上にのしかかっている首領の頭に、後から一撃を加えた。ゴボッと鈍い音がし
て、首領はくずれ落ちた。残りの3人は、あわてて刀を探すが、刀はずうっと
向こうに転がっている。若者は容赦なく、残りの暴漢に木刀をふるった。腕を
折られ、足を折られして、3人の男たちは、ふりちんのまま、どこかへ逃げて
いく。首領の死体を残したまま……。

 若者と雑兵3人との戦闘を、女はうつろな眼差しで眺めていた。はっと気が
ついて、女は、引き裂かれた自分の着物を身に纏い始めた。3人と戦った若者
は、息を切らせて、その場にへたりこんだ。

 若者は、これまでにも、何度も戦ってきた。いつも、自分より大きいオッサ
ンが相手だった。自分の持っている体力と知力のかぎりをつくして、戦ってき
た。全身のキズあとは、彼が、全力で戦国の世を生きぬいている勲章のような
ものだ。彼の父は戦場から落ちていく途中で死んだ。彼は自分の身分を知らな
い。「身分」などは、戦に負ければ、何の役にも立たない。
 幼くして両親を失い、狼のように放浪し、彼は生きてきた。食い物をあさり、
盗み、戦い、奪って……青年になった。今は、同じような運命に翻弄されてい
る野獣と同じような孤児たちの頭である。彼は少年たちを組織して、食い物を
盗み、奪ってきた。陽動作戦が失敗して捕まると殺されることもある。彼らは、
見つかると、まず逃げる。追い詰められたときは、戦う。捕まって、右手を切
り落とされた7歳の少年もいるのだ。雑兵が切ったのだ。彼はどこの雑兵も許
さない。お上の威光をふりかざし、徒党を組んで弱者をいたぶるのは、いつも
雑兵どもだ。彼は孤児たちからは「あんちゃん」として、頼りにされている。
 彼はこのガキどもを守ってやらねば……といつも思っている。

 だが、成熟した女は違う。呼吸をととのえて、若者は立ち上がった。女に近
付いた。無言で女の着物を剥ぎ取り、自分も素っ裸になった。女も形だけの抵
抗をしたが、二人は重なった。
 終わった後、彼は深い眠りにおちた。女に、寝首をかかれるかもしれないの
に………。 女は、じっと彼を見つめていた。強い男を。女は、彼が目覚める
のをいつまでも待っていた。


 眠りから覚めた。
 地下街をオフィスへ急ぐ人の流れの中を、若者が歩いていた。
 C君は出社できなかった。

            1993−04−05   遊 遊遊遊(名古屋)





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