AWC 『ぶら下がった眼球』 第26章 スティール


        
#3039/3137 空中分解2
★タイトル (RJM     )  93/ 4/ 2  20:50  ( 77)
『ぶら下がった眼球』 第26章   スティール
★内容
         第26章 『旅立ち』

 人が、大勢死ぬはずだった。だが、不思議なことに、胸の痛みがなかった。それ
どころか、何かの呪縛から、解き放たれたような解放感があった。私は、運命に従
い、自分に与えられた使命を果たした。人類を、救済不可能といわれていた矛盾に
満ちた苦悩から、救ったのだ。それに、私も、いままで、自分が闘っていたものに、
とうとう、勝った。勝ったのだ。そのうえ、過去に打ち破れなかった呪縛から、人
類を救ったのだ。なんという、輝かしい栄光であろうか? 誰にも知られなくても
いいが、私は嬉しかった。私は、大佐の邪悪な野望から生み出された計画を打ち砕
き、人類を正しい方向に引き戻したのだ。これで、人類の不要な部分は切り捨てら
れ、生き残った人々が、新しい人類の歴史をつくるのだろう。

 私は、EVEの顔をのぞき込んだ。EVEの顔は、相変わらず、真っ白だった。
だが、DOGによれば、EVEは快方に向かっているらしい。DOGが、思いもよ
らない朗報をもたらした。

『イー・ブイ・イー ハ ニンシン シテイマス』

 私は喜んだ。『俺の子か』
 だが、DOGが、余計な水を差した。

『マダ チチオヤ ハ フメイ』

 私は、DOGを蹴飛ばして、倒した。

 私は、コクピットに行き、宇宙に旅立つ準備を始めた。もう、ここにいる必要も、
いるつもりもなかった。人のほとんどいない空間に、目的地を決め、あと何分かで、
オート・パイロットで発進するようにしてから、私は、EVEの元に戻った。

 EVEは、うっすらと、目覚めていた。そして、私を横目で見ながら、たどたど
しい言葉で、話しかけた。

『エー・ディー・エー・エムは、もう、死んでしまったの?』
『ああ、そうだ』
 と、私は答えた。私が、ADAMの処刑のボタンを押したとは、とてもじゃない
が、言えそうもなかった。

『かわいそう』
 EVEは泣きそうな顔をした。

『死んだ人間は、もう、還ってこない。過ぎ去った過去は、もう、取り戻せない。
私が、それを乗り越えたように、EVEも、それを乗り越えるんだ』

『わかった。でも、つらい』
 EVEの目は、小さな子供が流すような、涙をこぼした。

『これから、また、宇宙に旅立つんだ。私の役目は、もう終わった。もう、ここに
は、二度と、還ってこない』

『もう、還らないの?』と、EVEは、私に聞いた。

『もう、還らない。いままで、出会った奴で、まともな奴は、ただの一人もいなかっ
た。みんな、他人に、どんなひどいことをしても、その事にすら、気付かないよう
な奴ばかりだ。俺は、独りでいい。EVEさえ、いてくれれば、それでいい』

『何処に行くの?』

『誰もいないところに行くんだ』

『何をするの?』

『好きなことに打ち込むさ。時間旅行の研究にでもやるさ』

 DOG制御の、オート・パイロットで、船が動き出した。

『時を超えて、僕たち二人の魂が、全宇宙を包むんだ』

『まあ、素敵ね!』
 EVEは微笑んだ。

 私たち二人は、もう、ノア6号が、時を超えているような、錯覚に陥っていた。
船内に、きらびやかな、点灯火が点いた。私の目に、窓の外の暗く冷たい宇宙の景
色が、入ってきた。



  【 ぶら下がった眼球 】【 了 】




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