#2994/3137 空中分解2
★タイトル (ZQG ) 93/ 3/17 16:54 (104)
指輪を飲み込んだヤモリの憂鬱。 【惑星人奈宇】
★内容
もう夜の八時、そろそろ子供の寝る時間です。父は息子に向かって、「もう寝な
さい。明日は学校があるんやから」と言いました。
テレビの漫画番組を見ていた息子は「うん」と返事をしたまま寝室に行く気配は
有りません。今度は母が「テレビをあんまり見ていると目に悪いですよ」と言いま
した。「あのなあ、この前学校で先生が話してくれたことやけど、昔の親は寝る前
に子供に物語を聞かせて寝かせてくれたんやと」
「そりゃあな、昔はな、そうやった。親父から昔話を聞いたことが有る」
「テレビあかんのなら何か話してくんね」息子は親に言いました。
「そう急に言われてもな。そなら明日話してやる」「おとうちゃんは、いつもそう
や。明日に延ばしてそのままや。今話してや」
親は暫く考えた後、息子に昔話をすることにしました。息子の部屋に入り、揃っ
て寝床に並ほうとしましたが、息子の机の上には本や鉛筆それにノートが散らかっ
ていて、それに消ゴムなどのゴミもぶつぶつと見えるのでした。
「お前の机の上、掃除せんとあかんな。これでは勉強できないことが一遍に解って
しまうぜ」「うん、後から整理するよ」
「お前は、いつもそうだ。返事は好いけど、ちゃんとしてあったことが一度もねえ。
始末も出来ない奴に良い奴はいないんだ」
「昔な、おじいちゃんの、そのまたおじいちゃんの頃の話や。この家にヤモリが棲
んでいたんやと。なんでも沢山居たそうで、時々家族の前に出て来て、悪さをした
んや。それでな、茶碗をひっくり返したり、高価なハムを夜のうちに食べて仕舞っ
たりで困っていたんだ。ヤモリは守り神だからな、ヤモリを捕まえて焼いて食べた
りはしなかったんだよ」
「そのヤモリ、大きいの?、色は?、ほいてえ、それっ、マレーシヤからなの?」
おとうさんはニコニコしながら息子の言葉に頷きました。
「そしてな、この家には、両親のもとに一人娘が居たんやな、年は20くらいで奇
麗やったらしい。沢山の男から結婚をと望まれていたんだ。村の若い衆は娘の顔見
たさに話したさに、捕りたての魚や鳥の肉などを持ってきて、時には一緒に料理を
作って酒飲んで騒いだりしたんだ。でもこの娘には誰も真似できないような変な癖
が有ったんだ。それはな、この家には大きなヤモリが棲んでいたから、この娘はど
ういうわけかヤモリと仲が良かったんだ。ヤモリの親分みてぇなのが時々娘の寝床
に入ってきて、蚊とか蝿を食べて護ったんだとさ。それで娘はすっかり気を良くし、
夜には枕元にヤモリの好物の牛乳とハムを置いてたんだとさ。ヤモリは娘のくれる
夜食を食べているうちに段々大きく成っていったんだ。そうさなあ、40センチあ
るいは50センチ位になったらしいんだ」
「ううん、それで」
「娘は年頃だったからな、親がこの人なら娘を嫁がせたいと思う縁談が有ったんだ。
それで、娘は断わることも出来ずこの結婚を承知することにしたんだ。暫くして婚
約の証である指輪がその男性から贈られてきたんだ。この指輪には1カラットのダ
イヤモンドが填め込まれていて僅かな光の中でも虹のように美しく輝いたんだとさ。
すっかり気分を良くした娘は嬉しくて嬉しくて仕方無く暇さえあればダイヤモンド
を眺めて、安心するとまたケースに収めて嫁入り支度とか家庭内の雑用に取り掛か
ったんだ。そしてなあ、仕事をしていて疲れてくると、またダイヤモンドが見たく
なり、そっと仕事を抜け出して、ケースを開いてちよっと取り出して指にはめ込ん
で、そして安心するとまた仕事に戻ったんだ。一日に何回も、いや20回くらいは
指にダイヤモンドの指輪をはめたりしたんだとさ」
「まるで、ほんとの話みたいだ。おとうちゃん、この話、ほんと?」
「勿論ほんとだ。この家は代々、娘が家の後を継いでいるんだ。お前のお母さんも
この家で誕生したことは知っているねっ。そしてお母さんのお母さんも、この家で
生まれたんだ」
「じぇんじぇん知らなんだ。お父さんのその前のお父さんも婿いりだったのか?」
「ヤモリは夜に成ってもキラキラッと光るこの不思議な指輪に嫉妬してたんだ。い
や違うかな。娘が婿さんのことで浮き浮きしてるのを見てヤキモキしたんだ。ダイ
ヤモンドが娘の手元に有るように成ってから、娘は心は変わって仕舞ったんだな。
でもヤモリはめげずに、娘の所に行き害虫から護ったんだ。ダイヤモンドに目が眩
んで仕舞った娘はヤモリが来ても知らぬ顔して邪魔者扱いにそっと寝床からゴミみ
たいに手で掃き出したりしたんだ。それでヤモリは苛々して寝床に糞をこいたり敷
布を歯で噛んだりしたんだ」
「僕、ヤモリと仲良く成れるかな?、今度ヤモリ飼って好い?」
「勿論だよ、爬虫類だから注意しねぇ、ヤモリを入れておく箱も必要だよ」
「なら、犬小屋買って改造するか?、あるいは鳥篭の利用だ」
「ある時、娘は夜に成ると寝床にやって来るヤモリにいたずらを思いついたんだ。
指輪の中にヤモリの頭を通して首輪にしようってね。でもヤモリも、魅力的で神神
しく光る指輪に恐怖を感じていたのだ。ヤモリは娘の態度に口を大きく開けて抵抗
したんだ。でも、あまりにしつこかったので、ヤモリは指輪を飲み込んでしまった
のだ。これを見て驚いたのは娘の方で、顔を真っ青にして今度は泣き始めたのだと
さ」
「ヤモリが指輪を飲み込むかな」
「爬虫類だから大丈夫だ。この後娘は指輪を失ったことから縁談が壊れてしまった
のだ。ヤモリはいつも夜に成るとしくしく涙を流して泣いている娘が気の毒になり、
涙を前足で拭ったり脇のしたや足の裏を嘗めたりして慰めたのだとさ」
「それで娘は、お嫁に行けなく成ってしまったの?」
「娘は嫁に行くのを諦めて婿を貰うことにしたんだ。娘はヤモリの腹が指輪で大き
く膨らんで仕舞ったのに責任を感じて毎日必ず牛乳とハムを枕元に置いて寝床に入
ったんだ。指輪を飲み込んで重くて動き難くなって仕舞ったヤモリは、夜になると
キッキッキッキロキロキロと泣いて、腹が痛いよう腸が破れそうだよう、とテレパ
シを送って娘を悩ませたんだとさ」
「それでさ、仏壇の横にヤモリの剥製とヤモリの掛軸が有るでしょ。あの剥製の腹
の中に指輪が有るの?。でも腹は膨れていなかったよ」
「ヤモリは家の守り神様だから壊してはいけないよ。ダイヤモンドは中に有る筈だ。
それに秘密だから誰にも話してはいけないよ」
「もう寝るよ、話し面白かった、明日も話してくんね」
−−−−− 完 −−−−−
誤字などが見つかった為に書き込み直しました。ご迷惑をお詫びします。