AWC 掲示板(BBS)最高傑作集31


        
#2983/3137 空中分解2
★タイトル (KCF     )  93/ 3/13  14:58  (192)
掲示板(BBS)最高傑作集31
★内容

 みなさん、こんにちわ。掲示板(BBS)最高傑作集1〜30をご覧になっ
ていただけたでしょうか。今回はその続きとなります。以下の作品は私が1月
30日と2月6日に掲示板に登録したものです。2番目の作品「チューリッヒ
での体験」は長いので、「掲示板(BBS)最高傑作集32、33」へと続き
ます。


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便器を甘くみている方へ  [1/30]
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 みなさんは、便器を甘くみているのではないでしょうか。
 便器をなめてみたことがある人は分かると思いますが、決して甘くはありませ
ん。どちらかというとしょっぱいです。
 では、どうして便器はしょっぱいのでしょうか。
 答えは簡単です。
 毎日あなたのお母さんが便器に塩を振りかけているからなのです。
 では、どうしてあなたのお母さんは毎日便器に塩を振りかけているのでしょう
か。

 今回は、この謎を順を追って解明してみようと思います。

 このような難問はストレートに考えてもそう簡単には解くことができません。
そこで、逆を考えてみましょう。つまり、便器に砂糖を振りかけた場合のことを
考えてみるのです。
 もし、あなたのお母さんが毎日便器に砂糖を振りかけていたならどうなるでし
ょうか。
 そうです。
 あなたは便器を隅から隅までしゃぶりつくしてしまいますね。こうしてくれる
と、便器は常にピカピカの状態になっているので、便所を掃除する必要がなくな
り、お母さんは非常に助かります。
 しかし、きれいな便器だったら問題はないのですが、粘着力に富んだ用を足さ
れる方が家族にいらっしゃった場合、あなたは病気になってしまいます。
 お母さんは常にあなたの健康のことを考えてくれているのです。

 もうわかりましたね。どうして便器がしょっぱいのかが。


○コメント
うちの便器は「辛い」だの「苦い」だの「とろけるように甘酸っぱい」だの、様
々なメールをいただきました。また、「うちの便器はくさい。」とちょっと勘違
いなさった方もいらっしゃいました。


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チューリッヒでの体験 [2/6]
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  それはスイス最大の都市、チューリッヒでの出来事でした。
 私は長いことヨーロッパを旅行していたのですが、日本への帰国便の出発日が
とうとう翌日になってしまったため、しかたなくドイツから列車でチューリッヒ
に来ていたのです。
 本来なら、春を迎えて暖かくなりつつあるパリのセーヌ川のほとりで、ワイン
を片手に金髪のパリジェンヌと歓談しながら「ヨーロッパ最後の夜」を過ごした
かったのですが、大韓航空の東京−パリ往復が東京−チューリッヒ往復より5千
円ほど高かったため、3月でも異常な寒さが続くチューリッヒで、名前も知らな
い凍りついたどぶ川の上に犬のフンを見つけ、「飼い主の野郎、始末しないで行
きやがったな!」と独り言を言おうとした瞬間、すぐその横に、用を足した後に
使ったと思われるティッシュペーパーも一緒に落ちていることに気付き、「何だ、
人間のか。」とつぶやいたという情けない夜を私はたった一人で過ごしていたの
です。
 私はこんな思い出だけでヨーロッパ最後の夜を過ごしたくなかったため、チェ
ックインしたユースホステルから市電に乗り、街へ出かけました。しかし、チュ
ーリッヒも他のヨーロッパの大都市と同じく、夕方の6時ではほとんどの店がす
でに閉まっており、高級そうなレストランしか開いていません。そのうえ人もほ
とんど歩いていないので、私は少しばかし恐くなり、しかたなくすぐにまたチュ
ーリッヒ・ユースホステルに戻りました。

 翌日に大韓航空ソウル行きがチューリッヒ国際空港から出るため、そのユース
ホステルは日本人ばかりでした。
 私はヨーロッパを旅行している間、ずーと日本人を避けていたのですが、その
晩ばかりはどうしようもありませんでした。
 いままで言葉が通じなくて情けない思いをしてきたと思われる日本人旅行客は、
このユースホステルに来て周りが日本人だらけなもんだから、他の外国人宿泊者
の迷惑を顧みず大声ではしゃぎ回っていました。
「日本人は一人でいる時はおとなしいのに、日本人同士が集まると何であんなに
うるさいんだ!」と、他の外国人宿泊客はあきれ返っていました。
 このような嘆かわしい光景を目のあたりにして、同国人として「恥ずかしくて
情けない!」と感じ、両手で顔を覆いたくなった日本人宿泊客は私一人ではなか
ったでしょうが、ロビーにいたドイツ人のかわいい女の子を口説いていた日本人
宿泊客は私一人だけでした。

 いつものように、口説き中にあまりにくだらないことばかり言ってしまったた
め、そのドイツ人の女の子からすぐに私は見放されてしまいました。振られてし
まった私は、非常にばつが悪かったので、しばらくはうるさい日本人宿泊客を前
にして、両手で顔を覆ってました。

 やがて、オーストリアから来た50才くらいのおじさんが、わいわい騒いでい
た日本人達に「チェスをしよう。」と呼びかけました。
 ところが日本人達はみんな「アイ キャント プレイ チェス」と言い、誰も
相手になってあげません。
 何という失礼。
 ついさっきまで日本人同士でチェスをやっていたのを見て、そのオーストリア
のおじさんが今度は私とやろうと言い出したのに。
 そのおじさんは顔面を真っ赤にし、怒りのため全身をわなわなと震えさせてい
ました。
 このままでは日本とオーストリアの外交関係にひびが入ってしまうとの危機感
を抱いた私は、そのオーストリアおじさんの挑戦を受けて立つことにしました。

 ここのユースホステルのチェスは大変しゃれていました。床のタイルをチェス
盤として使い、高さ60センチもある大きさの駒をその盤(タイル)上で動かす
のです。
 チェスはこれほど大きいので、ひとたび私たちがチェスを始めると、ロビーに
いた宿泊客全員に注目されてしまいました。
 私自身、チェスはあまりやったことがありませんでした。従って、すぐに負け
るのが分かっていたため、非常に恥ずかしい思いをしながら駒を動かしました。
しかし、日本のチェスである将棋には自信があったので、そのオーストリアおじ
さんを相手に、なんとか接戦に持ち込むことができました。
 ところが、勝負の重大な局面を迎えたところで、そのオーストリアおじさんは
自分の駒を違法に動かしたのです。
 私が、「え! それはずるいよー!」と大声で文句を言うと、周りで見ていた
日本人達も「このおっさん、頭がいかれてるんじゃねーの!」と私の味方になっ
てくれました。
 しかし、私がいくら抗議してもオーストリアおじさんは、「なぜ日本人は怒っ
ているのだ?」という顔をして、むしろ彼の方が驚いていたのです。
 私は完全に頭にきて、今度は自分の駒を違法に動かしてやりました。
 するとオーストリアおじさんはおろか、周りにいた外人も、
「そんなの反則だ!」と抗議してきたのです。そして、周りで見ていた外人の一
人が私の駒を元に戻してしまったのです。
 後でわかったことですが、チェスにはヨーロッパルール、あるいはドイツ語圏
ルールがあるらしいのです。
 しかしながら、日本と外国ではチェスのルールに違いがあることなど、そこに
いた日本人も外人も誰一人として知らなかったので、そのユースホステルのロビ
ーは一瞬のうちに日本人対外人の一触即発の険悪なムードになってしまいました。
 その時私の頭をよぎったのは、1914年、オーストリア皇太子夫妻がボスニ
アの首都サラエボでセルビアの1青年により暗殺されたのがきっかけとなって第
1次世界大戦が勃発したという歴史上の事実です。
 スイスのチューリッヒにおいてオーストリアのおじさんが日本人の1青年とチ
ェスをしているときに喧嘩となり、これがもとで第3次世界大戦が始まってしま
ったら大変です。

 その時、ロビーのソファーに座っていた1家族が私の目にとまりました。
 お母さんは赤ちゃんを腕で抱え、ミルクを与えてました。その向かいに座って
いたお父さんは、自分の膝の上に3才くらいの男の子を乗せ、楽しそうに何かを
話していました。
 見るからに幸せそうな家族でした。
 彼らを見て私は冷静に考え始めました。
「もし、私がオーストリアのおじさんと喧嘩を始め、第3次世界大戦が勃発して
しまったら、どうなるのだろう。」
今度の世界大戦は核戦争となるのは確実です。このような戦争では多くの人命が
奪われ、へたをすると人類滅亡という最悪の事態にまで発展しかねません。
 そうなると当然、チューリッヒ・ユースホステルのロビーにいるあの家族の幸
せは一瞬にしてこっぱみじんに吹き飛んでしまいます。
 私はお母さんに抱かれた赤ちゃんの無邪気な表情を見て自然と涙がこぼれてき
ました。
「喧嘩はやめておこう!」
あの赤ちゃんには責任はないのです。

 戦争回避を決断した瞬間、気のせいかもしれませんが、あの赤ちゃんが私に向
かって微笑んだのです。
「赤ちゃんはわかってくれて、『私たちの幸せを守ってくれてどうもありがとう。』
と、私に合図してくれたんだ。」
私はそう信じ、外人の主張するチェスのルールを素直に受け入れることにしまし
た。

 そして、自分のクイーンを一つ前に出そうとしたのですが、
「将来の歴史の教科書に自分の名前が載るのも悪くないな。」
と私は急転直下思い直し、「チェックメイト(王手)!」と叫びながら相手のキ
ングに飛び蹴りを食らわせました。
 相手のキングは不意をつかれたのか、もんどり打って倒れ、かわいそうなこと
にテーブルの角に後頭部をしこたまぶつけしまいました。
 その後キングは静止したまま、うんともすんとも言いません。
 キングがかぶっていた王冠は、テーブルにぶつかったときの衝撃で一部が欠け
てしまいました。
 「これは大変なことをしてしまった!」と、恐る恐るオーストリアおじさんや
他の外人の方に目をやると、彼らは一様に、「こいつはいったい何なんだ!」と
唖然とした表情を浮かべていました。
 私は「これはいかん!」と思い、その時のユースホステルで絶対多数を占める
同胞の日本人達に向かって、「外人は負けそうになるとルール違反をするからず
るいよねー。」と言い、援護射撃をしてくれるようお願いしました。
 でも、日本人は誰一人として私を支援してくれず、なぜかみんな私から逃げる
のです。
 孤立無援となってしまった私は、非常にばつが悪いので、ここはひとつ何かを
しなくていけません。そこで私は王冠の欠けたキングの頭をさすりながら、「痛
いの痛いの、飛んでけー! 痛いの痛いの、飛んでけー!」と大声を張り上げて
みました。
 しかし、日本人は全員「こんな奴とはつき合いたくない!」という表情をして
逃げてしまいました。
 ロビーに残っていたのは外人だけだったので、これが日本の伝統的応急処置
(ファーストエイド)であって、私がこれをギャグでやっているとわかってもら
えるわけがありません。そんなわけで、外人もまた気味が悪くなったのか逃げて
しまいました。


 チェスの王冠を欠いたことを、ユースホステルの職員に知られたらやばいので、
見つかる前に接着剤で直してしまおうと私は考えました。そこで、私はすべての
部屋を回り、宿泊客に接着剤を貸してくれるよう頼み歩きました。しかし、旅行
者が接着剤など持っているわけがなく、結局は手に入れることはできませんでし
た。

 (すぐ次の「掲示板(BBS)最高傑作集32」へ続く)




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