AWC ルーペの向こう側 1    永山


        
#2959/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  93/ 3/10   8:31  (171)
ルーペの向こう側 1    永山
★内容
 あたしが読んでいた記事は、次のようなことが書いてあったの。
<秘書として雇っていた女性が死亡した件で、警察の取調べを受けていた推理
作家の山元博史は、四月四日、晴れて自由の身となった。アリバイが成立した
ことと、現場にあった遺書が女性本人の筆跡と確認されたためである。ただ、
現場近くで目撃された女の謎は、未だに解けていない……>
 もちろん、これは新聞記事じゃないわ。ある月刊小説雑誌に掲載された物で、
推理作家の山元がある事件に巻き込まれたことを、面白おかしく報じていた。
推理作家だけにアリバイは偽造でないかと疑われたこともあったそうだけど、
結局は別荘に友人と一緒だったことが認められたらしい。
 何故、こんな記事に興味を持ったのか? 単に推理小説好きってことだけじ
ゃなく、奥原部長から、「この山元博史という作家は、我が推理研の名誉顧問
をしている」と聞かされたからだ。
 はっきり言って、あたし達三回生以下は、誰もそんなことを知らなかった。
聞いてみると、今は四回生の奥原さんが入学したてのとき、一緒に入った東海
麟太郎さんと露桐金造さんとで、推理小説研究会を創立したらしいの。そのと
き、会に箔を着けるためとかで、中学のときから懇意にしてもらっていた山元
博史先生にお願いして、名誉顧問になってもらったようね。先輩三人が創作し
たのを、見てもらってもいたみたい。
 その後、山元先生が売れ出したため、会とのつながりは薄くなってはいたが、
完全に切れてしまった訳でもなかった。会の再建のきっかけになってもらおう
と、今度、訪問の約束を取り付けたのよね。
 さっき、会の再建って言ったけど、少し、説明しなくちゃね。本当は思い出
したくないんだけど、今年の二月、冬合宿で、あたし達推理研はとんでもない
目に遭ってしまった。ある連続殺人事件だったんだけど、これに巻き込まれた
ために、あたし達は解散の危機に追い込まれそうになったのよ。
 新たに部長になった、奥原丈巳先輩の尽力で、何とか解散はまぬがれたけれ
ど、サークル扱いに格下げされてしまった。さらに厳しいことに、この一年は
新入部員を採ってはならないという横暴なことまで命じられてしまったのよ。
 その上、事件のせいで減っていた部員数が、ごたごたでまた減ってしまった。
牧村香代と桜井仁君がやめると言い出したのだ。何とか引き留めようとしたん
だけど、人間関係にうんざりしちゃったのかしら、香代がまずやめちゃって、
そうなると自然に、桜井君もやめてしまった。
 凄く残念だったけど、とにかく残ったメンバー六人で、新生・推理研をスタ
ートさせようということになって、まず着手したのが会誌の発行だった訳。
 今度の山元先生訪問は、会の再建についての意見なり協力なりを求めるのと、
これから製作にかかる会誌についての感想をいただきたいという目的がある。
とにかく、何とか読める物をと頑張っているのだ。
 え、あたし? あたしも頑張ってるのよ。雑誌を読んで遊んでた訳じゃない
わ。これは、名誉顧問について少しでも知っておこうと読み始めたものなの。

「お久しぶりです、山元先生」
 そんな挨拶で始まった、推理作家訪問。奥原部長が言っていたことは本当み
たいで、だいぶ打ち解けた話し方だわ。おかげで、部長からあたし達を紹介し
てもらってすぐに、気軽に話ができるようになっちゃった。
「これが部誌と言うか、会誌です」
 話が進んで、会誌のことになった。
「おお、これか」
 作家の手に取られた会誌の名前は「ルーペ」。コピー誌だけど、これは大学
から予算が降りないので、仕方がない。ある程度の発行部数を確保できたら、
オフセットにするつもり。
「今は時間があるから、じっくりと読ませてもらうよ」
 山元名誉顧問は、快活そうに笑いながら、会誌をテーブルの端に置いた。


ルーペ ’92 七月号  −−目次−−

 犯人当て・問題編 「時森邸の殺人」        香田利磨
 エッセイ 「たかが本格されど……」        玉置三枝子
 最後の密室? 「カーターディクスンを読んだ男」  本山永矢
 今月のベストミステリー              奥原丈巳
 怪奇ショート 「奇妙な料理」           玉置三枝子
 マジック種明し 「舞台裏からマジシャンを」    剣持絹夫
 特別ゲスト短編 「殺人者は光より速い」      匿名作家

 執筆者の言葉&編集後記
 表紙・本文イラスト/木原真子


犯人当て 時森邸の殺人   香田利磨
*登場人物
吉林達也(よしばやしたつや)    朝日田耕作(あさひだこうさく)
永室想介(ながむろそうすけ)    鳥丸ひろみ(とりまるひろみ)
井沢純子(いざわじゅんこ)     荒木聡美(あらきさとみ)
時森譲(ときもりゆずる)      時森夏子(ときもりなつこ)
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 某吉村達也作品のキャラクター達に酷似した名前の人物らが登場しますが、
気にせずに読み進んで下さい。
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「こうして集まってもらうようになって、三年目だが」
 時森家の主、時森譲が言った。齢を重ねた人間らしい、いかめしい声だ。大
きなテーブルには彼を含め、八人が座っている。
 資産家の時森家は、交際範囲が広い。その中でも特に親しい付き合いの人達
を呼び、夏の休暇を時森邸と称する別荘で過ごすのが慣習となっていた。
 時森邸は瀬戸内海のある島に建てられた、平屋ながら大きな屋敷だった。当
然、本土との行き来には船を使う。時森家所有の大型ボートを動かせるのは、
時森譲と時森夏子の二人だけである。また、時森邸の形状は、上空から眺める
と「口」の字に見える。中庭を囲む形で、部屋が四角形の各辺を成しているの
だ。
 妻を早くに病気で失った譲は、一人娘の夏子にその愛情を注いでいた。その
夏子も十四年前に嫁いでいったのだが、結婚一年目にして夫が交通事故死し、
事故直前に授かった娘・荒木聡美を連れて時森家に戻った。これは、死んだ夫
が身寄りのない者だったせいもある。以来、時森家は三人だけで暮らしてきた。
 招かれるのは銀行員の吉林達也、推理作家の朝日田耕作、医者の永室想介の
若者三人と、聡美の家庭教師の井沢純子、ある事件で譲を助けたことで親しく
なった若き刑事の鳥丸ひろみの計五人。
 三人の若者は、それなりに時森譲ともつながりはあるのだが、本来の目的は
夏子を射止めることだと、自他ともに認めるところだ。
「そろそろ、夏子の相手を決めようと思う」
 譲が続けると、吉林、朝日田、永室の三人だけでなく、招かれた者全員と聡
美が時森譲と時森夏子の方を向いた。
「前々から言っとるように、夏子の夫となるべき男はわしが選ぶ。以前、夏子
の気持ちだけを尊重しとったら、案の定、早死にしよった。これ以上、娘を悲
しいめに遭わしたくないからな、わしは」
 傲慢な言い方であったが、男達も夏子も充分承知しているらしく、文句一つ
言わない。
「では、すぐにでも発表して下さい。すっきりとした気持ちで、休暇を過ごし
たいですからね」
 そう言って煙草をもみ消したのは、推理作家の朝日田だ。アウトドア派の作
家らしく、日焼けした肌がたくましい。
「慌てるな、朝日田君。わしの心ん中では、ほぼ決まっとる。それは念のため、
文書の形でしたためてある。しかし、完全に決定した訳でもない。この休暇の
内に最終的な判断を下そうと思っているのだ。だから、今までの己の行動に自
信のない者は、びしっと決めてみよ。はははは」
 ひとしきり笑うと、譲は少しせき込みながら、また喋り始めた。
「で、このことは夏子も承知しておる。逆に、君達に確認しておきたいんじゃ
が、時森の人間となることには、何の障害もないんだろうな?」
「ありませんとも」
 三人の声が重なった。
 少し間があって、医者の永室が口を開いた。こちらは朝日田とは対照的に、
色の白い、誠実そうな顔立ちである。
「私の場合、以前からお話していますように、私が医者を続けることを認めて
下されば、という条件付きですが」
「ああ、構わんとも。病院への援助もできる限り、協力しようぞ」
「譲さん、夏子さん。自分は、何の条件もありません」
 短く、きっぱりと言ったのは、銀行員の吉林。やや面長の顔に眼鏡をし、髪
をきっちりと整えている。いかにも銀行マンっぽい。
 それをちらっと見るそぶりから、朝日田が言った。
「僕は自由業みたいなもんですから、どうにでも都合はつきますね。まあ、気
分はすっきりしないが、せいぜい休暇を楽しみますよ」
「そうしてくれ。今年は夏子が働かなくてよいよう、食事は四日分全て、取り
寄せておる。じゃから、夏子とも仲良くする時間はたっぷりとあるぞ」
 どこか皮肉っぽく、譲は言った。間髪いれず、吉林。
「それでしたら、夏子さん。何かしましょう」
 負けてなるものかとばかり、永室が言った。
「やるんでしたら、ビリヤードがいいですよ」
「僕はブリッジでもしようかと思うんですが、夏子さんはどう?」
 朝日田も黙ってはいない。
 夏子は首を傾げ、少し困った顔をしていたが、
「そうですわね。お食事前だし、少し身体を動かすのもいいでしょうから、ビ
リヤードでいかがかしら?」
 と提案した。
「しょうがありませんね。お付き合いしましょう」
「同じく」
 作家と銀行員は、得意顔の医者を無視するかのようなそぶりで、遊戯室に向
かった。
 四人がいなくなって、初めて井沢純子が口を開いた。
「女王様気分が味わえて、夏子さんは気持ちいいでしょうね。いえ、別に皮肉
じゃありませんわ、時森さん」
 ずれた眼鏡を直しながら言った井沢は、先にも記した通り、聡美の家庭教師
役だ。元々は大手予備校の有名講師だったのを、孫思いの時森譲が引き抜いた
のである。その点を、少し鼻にかけているとこがある物言いであった。
「あ、食事の時間が来ましたら、手伝いますわ」
「私も準備、手伝わせてもらいます」
 そう言ったのは、鳥丸ひろみ。しなやかな手、肩まで伸ばした黒髪、整った
容姿と、とても刑事には見えない。
「そうしてくれるとありがたいですな。刑事さんや先生にやってもらうのは気
が引けるが」
「ねえ、先生。早く、今日の分、やっちゃおうよ」
 大人達の会話にいらいらしたのか、とんがった口調なのは荒木聡美。割と大
人びた、きれいな顔だが、口調と同じように唇をとんがらせていて、今の顔は
男の子には見せたくないだろう。
 早くから父親が事故死したことを知らされた聡美は、見たことのない父親へ
の思いが強いのか、名前を時森とすることをなかなか承知しない。
「そうね。聡美ちゃんは集中してやるタイプだから」
 そう言うと、井沢は立ち上がり、聡美と共に勉強部屋に足を向けた。
「さて、鳥丸さん。昼間っから何じゃが、しばらくの間、年寄りの酒の相手と
話の相手を願えますかな」
「ええ、いいですとも。こう見えても私、お酒は強い方なんですから」
 時森譲の申し出に、力強く答える鳥丸だった。

−続く




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