AWC 児童文学探訪「へちまのたね」(3)  浮雲


        
#2950/3137 空中分解2
★タイトル (AVJ     )  93/ 3/ 4   6:16  (127)
児童文学探訪「へちまのたね」(3)  浮雲
★内容
 夏になると、本屋さんの店先が、金色のシールが貼られた本、いわゆる「課題
図書」であふれんばかりになるのを、誰でも目にしたことがあるはずです。いま
10−20代の人なら、たいていはその何冊かを読んだ(読まされた?)覚えが
あるのではないでしょうか。
 「課題図書」といえば、かつてはその功罪を巡って物議をかもしたものでした
が、いまでは、子どもたちや親、そして教師に児童図書を選ぶ機会を提供し、そ
の普及に貢献しているとして、認知されているようです。
 もっとも、選考をめぐっては、その過程が外部から見えないとの批判もあり、
選ばれた作品そのものの文学的評価について、見解が一様ではないのも事実です。
 ところで、「課題図書」は正式には、「第**回青少年読書感想文全国コンク
−ル 課題図書」といいます。(主催「毎日新聞・全国学校図書館協会」、協賛
「サントリ−」)。
 この名称からも分かるとうり、夏休みを利用して本の一冊も読みなさい、つい
でに感想文も書きなさい、それを全国規模のコンクールとして教育的立場からす
ぐれているかどうかを審査してあげます、というものです。
 で、主催者側としては、審査しやすいように「これこれの本に限る」、と限定
し、それが「課題図書」と呼び慣らされてきたのです。したがって、「課題図書
」とは、いわゆる児童文学として「すぐれた本」であるかどうかとは、まったく
無縁です。もっとも、主催者側は「すぐれたもの」を選んだというでしょうが。
 「課題図書」とは、実にうまいネ−ミングです。このコンク−ルに応募するつ
もりのない者にはまったく関係がないにもかかわらず、読むならこの「課題図書
」に指定されたものでなければならない、そんな気にさせてしまいます。(もっ
とも、そのワナにはまりやすいのは「買い手」である大人たちのなのですが)

 それでは、昨年(第38回)の「課題図書」にはどんな図書が選ばれているか

 小学校低学年
  ぼくは一ねんせいだぞ     ふくだいわお  童心社    1300円
  となりのせきのますだくん   武田 美保    ポプラ社   1100
  夕やけ色のトンネルで     北原 宗責   岩崎書店     980
  あめんぼがとんだ       高家 博成   新日本出版社   1100

 小学校高学年
  コロッケ天使         上条さなえ   学習研究社   910
  ひとりぼっちのロビンフッド  飯田栄彦    理論社    1200
  峠をこえたふたりの夏     三輪裕子       あかね書房  1100
  北の森にヒグマを追って    青井俊樹    大日本図書  1240

 中学校
  きんいろの木         大谷美和子   講談社    1150
  ひとりだけのコンサ−ト      ペ-タ-・ヘルトリンク  偕成社    1200
  南の島へ行こうよ       内田 修    筑摩書房   1100

   注)高校生部門もあるが、省略した。
 「きんいろの木」は、障害を持った兄の光るを見つめる妹の多感な目を通して
、家族の結びつきとはなにか、そして人間の可能性について問いかけています。
 また、全編を貫く明るさは、これからの「高齢化社会」での様々な問題に対し
てどうアプローチしていくかにもつながる重要なキイ・ポイントであると思いま
す。障害をもった「光」を、たとえば痴呆症の老人と置き換えることも可能です。
 いわゆる「社会的弱者」ということばがありますが、たとえカッコ付きであっ
ても、われわれはこのことばと決別すべきだと思うのです。そういう意味では、
この「きんいろの木」は、示唆に富んでおり、同時に「老人問題」にいかに向か
うべきかを教えてくれてもいます。
 「峠をこえたふたりの夏」は、母親を亡くしたばかりの双子の兄妹と父親との
交流を描いた作品です。世間から「父子家庭」というお定まりの色めがねで見ら
れ、その負いを自らに課して落ち込む父親と、それを不当なことだとしてはねの
けながら、自分たちの生き方を見つけていく子どもたちの成長を、台風の中での
テント生活を中心に描いています。台風は、世間の常識との戦いをシンボル化し
たものでしょう。文学としては底が浅い感じは否めないし、子どもの健気な振舞
いによって大人が目覚めていくというパタ−ンも、決して新しいものではありま
せんが、全編を貫く明るさだけは、拾い上げておきたいものです。
 「ひとりぼっちのロビンフッド」は、どうしたってタイトルの付け方にミスが
あるとしか思われないのですが、それを補って余りあるだけの内容を持っている
と思います。これを読んだ大人たちは、人間が犬の体の中に入り込んでしまうと
いうおもしろさにだけ子どもたちが目を奪われて、その奥にあるテ−マを見落と
してしまうのではないか、と心配するかも知れませんが、まずはおもしろいと思
って読んでもらう、それでいいのだと思うのです。読み飛ばしているように見え
ても、肝心なところは、案外、ちゃんとこころのどこかに仕舞こまれるものなの
だから。もっとも、そこで作者の力量が問われるのですが。
 「夕やけ色のトンネルで」は、過疎の山村と゛キツネ村゛とを重ね合わせるこ
とで「豊かさの一極集中」の矛盾と弊害を語りかけています。作者は、人間の考
え方ひとつで解決可能なのだ、結局、人間の生き方に戻っていくのだ、というこ
とを伝えようとしているようです。しかし、説明になっていて、読者の感情をゆ
り動かすところまで高まっていません。文学としての浅さはそこにあると思いま
す。また、ペンダントを置き忘れてしまったことは、実は、作者(人間)が、つ
いに回答を見つけ出すことができなかったことを暗示しているのにほかなりませ
ん。問題は、「クマ」へと引き継がれたのです。
 「となりのせきのますだくん」は、小学校低学年向けの絵本ですが、人間関係
の疎外感といったものが見事に描かれています。この作品の底流にあるのは、時
代に対する「不安」です。それは、敏感な子どもにとっては「恐怖」として認識
されるはずです。ますだくんが、怪獣の格好をして登場するのは、そのシンボル
化に他ならないのです。(この、ますだくんの姿に、大人たちは「ええっ、」と
驚くに違いありませんが、子どもたちは、それをなんの抵抗もなく受け入れてし
まうでしょう)
 この絵本のおもしろさは、生半可なやさしさの安売りをきっぱりと拒否し、最
後まで「不安」が解消されないままにおいたところにあります。現代の世相を見
事に撃っている、というべきでしょう。

 では、これら選ばれた図書が、一昨年(91年)に出版された児童図書のすべ
てを代表しているのかというと、そうは言い切れません(注.その年の「課題図
書」は、前年に出版されたものから選ばれます)。その大きな理由は、「課題図
書」自身の制約によるものです。つまり、感想文を書くことを前提にする以上あ
る程度の長さのものに限定しなければならないからです。ここに文学的価値云々
の問題が横たわっているわけなのです。たとえどんなに優れたものと審査員自身
が認めたとしても、感想文を書くのに適当な分量という判断が優先されるからで
す。特に低学年を対象にしたものほどその傾向が強いのは言うまでもありません。
おそらく、中学生以上のものだけでしょう、その制約に縛られないのは。
 そこで、「課題図書」から外され、本屋さんの店先に並べられなかった本の中
から、これは、と思うものの一部を紹介したいと思います。
  「一ねん二くみキンギョにへんしん」和田 登    草炎社こども文庫
  「『うそじゃないよ』と谷川くんはいった」岩瀬成子 PHP研究所
  「オオカミ少年の夜」三田村信行          国土社
  「おたすけやさん やーい」泉 啓子        草土文化
    「おれたちの明日」生田きよみ           大日本図書
 とりわけ、「『うそじゃないよ』と谷川くんはいった」は、時代を代表する作
品としてその名をとどめることになるのではないかと思われます。書き出しの部
分を掲げますので、推測してみてください。
 『るいは、横断歩道を渡り終えた。
  そのまま正面にあるコーヒーショップの前に立つと、コーヒーショップのガ
 ラス窓に映っている、渡り終えたばかりの横断歩道を見つめた。
  横断歩道には灰田くんの姿はなかった。もう追ってくるのはやめたんだとる
 いは思った。
  窓ガラスには青い空と、ちぎれた雲が映っていた。ビルのいちばん上に書か
 れた「タケモトローン」の赤い文字が波うって見えた。何本もの電線が空をく
 ぎり、その中を一羽の小さな鳥が鉄砲の弾のように飛んでいった。』

 選考にあたった大人たちが、この作品を選ばなかったのには、おそらく二つの
理由からだろうと思うのです。
 第一に、大人たちの「あるべき子ども像」とのギャップによるもの。そして、
もうひとつは、大人たちが、子どもたちはこの本から明確なテーマを読み取れな
いだろう、と判断したからに他ならないのです。
 しかし、感想が書きにくい児童文学、これほどいまの時代を映しているものは
ないでしょう。(逆説的ではあるのですが)
 機会があれば、ぜひ一読して欲しいと思います。
                          −つづく−
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