#2936/3137 空中分解2
★タイトル (RJM ) 93/ 2/28 23:21 (158)
『ぶら下がった眼球』 第十三章 スティール
★内容
第十三章 『神の顔 そして 悪魔の顔』
胸の痛みが収まらず、私は、大佐との打ち合わせを、手短かに打ち切った。
私は、与えられた個室で、ベッドに転がって、混乱していた頭の中を整理しよう
と試みた。大佐との話し合いで、ADAMの、あの発言の原因を私が究明すること
には、開発者としての立場もあり、合意した。量産化と遺伝子の問題については、
とくに依頼はなかったが、できうる限りの資料は提供してくれると、大佐は約束し
てくれた。それから・・・。頭の中を整理しているうちに、私は、眠りに落ちてし
まっていたようだ。
というよりも、眠りと覚醒の間を、何度も、さまよっていたようだ。心地好さと
不快感は、交互に繰り返しやってきて、私を包んだ。私は、体が汗だくになってゆ
くのを感じた。無意識の中で、突然、何かが閃いた。
『そうだ! きっと、そうに違いない!』
私は、ベッドから跳び起きて、そう叫んでいた。私は、大急ぎで、部屋の隅にあっ
た小さな電話端末を壁から外し、私は、その配線をDOGに直結させた。私は、D
OGから、ADAMの脳の設計図を呼び出した。ADAMの脳に、ある種の改良を
加えていたことを、私は思い出したのだ。ADAM型の製作の時点で、人間の脳神
経の結びつきの中で、弱いといわれている部分を補強しておいた。単純に補強して、
流れを良くしただけなので、いままで、そのことを、すっかり忘れていた。その改
良が、『あれ』との交信を可能にしたに違いない。
私は、ADAMの脳の設計図の中の改良部分を赤く点滅させてみた。それから、
傍らにあった、太い銀色のペンを拾って、それで、赤い点滅部分を経由する神経を
何本か、辿った。
(やはり、そうか)
すぐに、大佐に電話して、ADAM型の脳の改良部分を元に戻すように、私は提
案した。それと、体調が良くないので、ノア6号に戻ることにしたとも、彼に告げ
た。大佐は、せめて、ADAMに面会してからにしたらどうかと言ったが、私は、
その申し出を断った。さっきの閃きが正しいことを証明するためには、ノアの設備
がどうしても必要だったのだ。私は、ADAMの廃棄処分を、大佐に勧めた。もち
ろん、私の改良の提案で、問題が解決すればの話だが。それに、この研究所では、
ADAMの記憶の解析は、不可能だろう。ということは、私が記憶を解析すること
も消去することも、どっちみち、ここでは、無理なのだ。ADAMを、ノア6号に
連れてゆけば、彼の記憶の抹消はできるが、私はそんなことはしたくなかった。ノ
アには、EVEがいるのだから。あと、私ができることは、ADAMが、この世か
ら抹殺されるのを期待するくらいのことしか、ないだろう。
私は、大佐に、別れを告げ、ノア6号に向かった。もう、ADAMの診療をする
必要はないと、私は思っていた。それ以外の理由では、ADAMには、もう、会い
たくなかった。それよりも、いまの私は、EVEの笑顔を、何よりも、必要として
いたのだ。
数時間後、ノアに着いた私は、EVEが寝ているベッドの横に立っていた。人工
睡眠装置のゲージによると、あと三十分ほどで、EVEは覚醒するという予定になっ
ていた。目覚めても、元通りに回復するのに、軽く、二、三時間は、かかるだろう。
いますぐ、覚醒させても、させなくても、大差ない。私は、EVEを、いますぐ、
覚醒させないことにした。
EVEとの甘い時間に浸る前に、私には、やらなければならない仕事があった。
私は、DOGから、もう一度、回線を引き出して、コンピューターに接続した。そ
して、ADAMの脳の改良部分の画像を、また、呼び出した。モデル上で補強させ
た神経を利用して、私は、『あれ』と交信するつもりであった。私の予想では、お
そらく『あれ』のモデルでも、充分、交信可能なはずだった。
私の体調は不調で、順調に悪化していた。DOGにとって、この作業は未知の領
域かもしれないということに気付いた私は、自分でキーを叩き、DOGをサブに廻
すことにした。心なしか、手が震えていた。たぶん、これは、体調の悪化と、緊張
からくる震えだろう。
手近に、自分のものしか『あれ』がないので、私は、自分のあれを、モデル化す
ることにした。私は、自分の体全体の全神経を、3Dビジョンに映し出した。その、
脳の部分をさらに拡大し、改良部分を赤く点滅させた。それから、私が一番怪しい
と目星をつけていた、神経経路をたどってみた。
数値のデータだけではなく、立体画像も、神経経路をたどり、神経の流れをさか
のぼっていた。例のごとく、一本の神経が胴体くらいの太さになっていた。グロテ
スクな光景に脅える暇も惜しんで、私は、わき目もふらず、先へと急いだ。進めば、
進むほど、私の体は、震えてきた。だが、体調の悪化も、結局、好奇心には勝てな
かった。最終地点には、たぶん、『あれ』が居るはすだ。いや、きっと、居る。私
の勘は、いつの間にか、確信へと、変わっていた。
(わははははははははははははははははは!) 私は、心の中で、豪快に笑ってい
た。体調はかなり悪化していたが、私の精神は、高揚していた。これまで、誰にも
見つけられなかった万物の創造主である神を、私は、とうとう、見つけたのだ。
映像が、たどり着いた終点には、格子状の『あれ』があった。私が言う『あれ』
とは、遺伝子のことであった。
私は、これから、遺伝子と交信するつもりだった。そう、遺伝子こそが、実は、
神だったのだ。
性に悦びを与え、人を繁殖させた。死なせないために、死に苦痛を与えた。羞恥
心や支配欲、その以外のいろいろな感情も、すべて、遺伝子の設計図に基づくもの
だ。私も、自分で、線を引いて、同じような設計図を描いていたのだから、私が、
そのことを、一番よく理解していた。
聖書の言葉。
『私は、常に、あなたとともにいる』
『私は、始まりであり、そして、終わりでもある』
『私は、どこにでもいて、そして、どこにもいない』
少なくとも、人間の遺伝子は、人間の神だ。
そうだ、いままで、神と接触したというのは、遺伝子と接触していたのに違いな
い。
私は、神の、虚飾の仮面を剥ぎ取ることに成功したのだ。
そのとき、私は、モニターの異変に気付いた。遺伝子から、パルスのような、何
らかの信号が出ているようだ。私は、今度は、声を上げて、豪快に笑いながら、遺
伝子との交信を試みた。キーを押す指は、ちぎれそうなくらい震え、手足が抜け落
ちそうなくらい、痺れていた。体の調子とは対照的に、私の精神は躍り上がり、心
は感動で満ちていた。
私は、神経を通して、その、遺伝子の声を聞こうとした。データ変換は、コンピュ
ーターを介して、瞬時に行われた。私は、遺伝子のメッセージを、3Dビジョンに
は金色に輝く、格調高い字体の文字、それと、スピーカーからは、腹に響くような
重低音で、音を出させた。そして、文字と音は、荘厳さを伴って、同時に出た。
【 我は、我が姿知りし者を決して許さず 】
思わず、私は絶叫していた。この、指の震え、この、手足の痺れは・・・。私の
体調の悪化は・・・。
突然、体がよじれ、神経がずたずたに切断されるような痛みが、体中を走った。
恐怖や不安といった感情が、私の心を支配し、それが、私を襲った。瞬時のうちに、
私は、発狂した。狂った私は、身体の苦痛や、心の苦しみからくる感情で、目の前
の機械を、メチャクチャにするために、力任せに、床に叩きつけた。それは、私が
自分でも信じられないくらい激しく叩きつけたので、大きな花火を散らして、部屋
中に、四散した。花火の閃光が、私を、さらに、刺激した。私は、両の腕を折り曲
げ、これ以上は無いというような恐ろしい声で、咆哮した。私は、生きたまま、地
獄に落ちたような苦痛を味わいながら、遺伝子が秘密を護るために、こうやって、
自分の正体を知ったものを始末してきたことを悟った。この恐ろしい悪魔の仕組み
は、最初から、人間の体に、生まれながらにして、仕込まれていたのだ。
私の姿は、まさに、怪物そのものだった。どうやら、私は、次の破壊物を求めて、
キッチンに向かっているようだった。キッチンへと向かうドアを破壊しようと、私
は、絶叫しながら、何度も、ドアに体当たりをしていた。私の力は、何十倍にも膨
れ上がり、私の体は、何十倍にも強くなって、ひたすら、死のみに向かって、突き
進んでいた。
ノブを廻してドアを開けることすら無視して、ドアを破壊した瞬間、フラッシュ
バックがあった。そう、バベル博士の死にざま。そうだ、これと同じように、博士
の研究室は、メチャメチャになっていた。その中で、博士は、事切れていたのだっ
た。博士の死は、不可解な謎に包まれていたのだが・・・。
私はよろめきながら、キッチンの上に置かれていた硝子の食器を、両手で払って、
壁に叩きつけて割った。ちょうど、私の目の前に、鏡があった。その中には、私の
苦しんだ狂った顔が映っていた。その一瞬の光景を、私は、とても長く感じた。きっ
と、その光景が、長く、瞼に焼き付いていたからだろう。
私は、ふとした拍子で、EVEのことを思い出し、『EVE! EVE!』と、
まるで、悪魔のように、叫んだ。私は、食器入れを、幾つか、叩き壊しながら、E
VEの名前と、そして、『死にたくない! 死にたくない!』という言葉を、何度
も、絶叫していた。
私の頭は、潰れるほどの痛みを感じ、指や手足は、もう、ちぎれてしまっている
ように、痛んでいた。私は、『痛てぇよぉ! 痛てぇよぉ!』という言葉を、何度
も、何度も、中くらいの声で、叫んでいた。すでに、私の、心と体と内蔵は、ぐちゃ
ぐちゃに、なってしまっているようだ。
私は、あまりの苦しみに堪えかねて、脇の包丁差しから、先の尖った包丁を、な
んとか、抜いた。しかし、私は、自分の喉をかき切るという行為すらも出来ずに、
さらに苦しんだ。私は、激しく咳き込み、もう、声すら出なくなっていた。
魂が飛び出たように、私の眼には、私の上半身が映った。悪魔の断末魔のときの
ような顔を、私はしていた。私の眼は、様々な原色の色を出して、光っていた。私
の持っていた包丁は、少しずつ、着実に伸びて、刀になった。私は、その刀を、自
分の首に押し当てて、思い切り轢いた。私は、最後の力を振り絞って、EVEの名
前を叫んだが、それは、呻き声にしかならなかった。